自走式掃除機能付きゴミ箱と私の異世界転生
私はただ、自信作を抱えて説明会を行う会議室へ向かっていただけだ。
商品部の未来を賭けた自走式掃除機能付きゴミ箱という革命的プロダクトが、静かに私の手の中で滑らかな曲線を描いている。美しい銀の光沢は、社長のスーツと同じくらい気品がある。こんな美しいフォルム、こんな滑らかな動き、誰が「ゴミ箱」と呼べるだろうか?もはや、これはアートだ。いや、生活の救世主だ。
ところが。
いつも通りのエレベーター、いつも通りの廊下、いつも通りの会議室の扉を前にして、私は「その瞬間」を迎えた。いや、正確に言えば、気づいたら迎えていた。眼前の扉が突然歪み、視界の端にあったはずの蛍光灯の光が消え、代わりに木漏れ日が差し込んでいた。
私はまず靴の感覚が変わったことに気づく。コンクリートの硬さが土の柔らかさに取って代わられている。それだけじゃない。足元からふわりと立ち上る香り――湿った土、草の青さ、そして、まるで森そのものが呼吸しているような空気の清涼感。
「は?」
声が漏れる。いや、出さずにはいられなかった。会議室の前にいたはずだ。それが今、私の目の前に広がるのは森だ。天井が緑の葉に変わり、壁はどこにも見当たらない。耳をすませば、木々がざわざわと揺れる音に混じって、小鳥のさえずりまで聞こえてくる。
「嘘でしょ」
私は自分の手元を見た。そこには変わらず、自信作の自走式掃除機能付きゴミ箱――長いから自走式ゴミ箱でいいや――がある。
夢でも見ているのだろうか?いや、そんなはずはない。このゴミ箱を自分の手で掴んでいるのだから。目下、これが唯一の「私の現実」の証明のように思える。大丈夫、ゴミ箱はまだある。ゴミ箱がある限り、私はまだ――いや、どこにいるんだ?
「ここ、どこ?」
自問自答するが、答えは返ってこない。森はただ、私を無視するかのように静かにざわざわしているだけだ。
とりあえず、自走式ゴミ箱を地面に置いてみる。すると、私の仕様書通り滑らかに動き出した。ゴミを探しているのだろうか。いや、ゴミなんてここには――そう思った矢先、ゴミ箱は枯れ葉を一枚吸い込んだ。
私は思わず拍手をした。
異世界だろうと、ゴミ箱はその使命を全うしている!素晴らしい!こんな状況でもゴミ箱が役に立つなんて!これを見せれば、部長も認めざるを得ないだろう――って、違う! 部長どころか、会社どころか、私がどこにいるのかもわからないじゃない!
「ああもう、どうするのよ!」
思わず頭を抱えた私の前で、自走式ゴミ箱はまた枯れ葉を吸い込んでいる。いや、どれだけ働き者なのよ。異世界に飛ばされた私より、あんたのほうが環境適応力が高いじゃない。
それにしても、どうやらここは本物の異世界らしい。目の前の木々も土の匂いも鳥の声も、すべてが「異世界っぽい設定」ではなく、私に迫りくる現実そのものだった。
深呼吸を一つ。とにかく落ち着こう。この森でどう生き延びるかは、まず後で考えよう。今はこの自走式ゴミ箱と一緒に、新しい生活を――
「いや、ちょっと待って。これ、ゴミ箱でどうやって生き延びるの?」
そう呟いた瞬間、自走式ゴミ箱が私の足元に近づいてきた。まるで「大丈夫、僕がいるよ」とでも言いたげな動きだった。
――いや、本当に大丈夫なの?