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今の時代はチェーホフの頃と比べて、テレビ、映画、本、オンラインなどを通して、情報は格段に多いです。恋のエキスパートでなくても、男女が別れた後で「突然に恋心が燃え上がる」なんていうことは知ってはいます。そんな、歌がありましたし、週刊誌にもよく載っています。


しかし、チェーホフのこの小説はそういうスキャンダラスな話とは一線を画します。

昨日書いた部分では、グーロフは心のない男でしたが、この小説のすぐれているのは、最後の部分です。

訳してみましょう。(ロシア語は読めないので、英文から)


       

             ☆  ☆  ☆


アンナ・セルゲーヴナと彼は隣人のように、親類のように、妻と夫のように、親友のようにいたわりあった。

ふたりはそもそも一緒になる運命だったはずなのに、今、なぜ彼には妻がいて、なぜ彼女には夫がいるのか、理解できないのだった。それはまるで、一対の渡り鳥が捕まって、別々の籠にいれられたようなものだった。

以前の彼は分が悪くなると、ありったけりの理屈で自分を正当化したものけれど、今はそんなことはどうでもよかった。今は自分のことではなくて、相手の気持ちを思いやり、誠実で、優しくありたいと思うのだった。

「もう泣かないで」と彼は言った。「もう充分泣いただろう。さあ、これからのことを相談しよう。何か計画を立てよう」

そして、ふたりは長い間、一緒に、あれこれ考えた。ふたりの仲を内密にしなくてすむ解決法はないか。他人に嘘をつかなくてよい方法はないのか。別々の土地に住んでいて、なかなか会えないことの解決法はないのか。この苦しい拘束状態から、どうすれば自由になれるのだろうか。

「どうすれば?どうすれば?」、彼は頭を掻きながら言った、「どうすればいいのだろう?」

すると、もう少しでその答えが見つかり、すばらしい新生活が始まるような気がするのだった。

でも、ふたりとも、よく知っている。その前にはまだまだ長い道のりがあり、もっとも複雑で、難しい旅が始まったばかりだということを。

 

           

           ☆   ☆   ☆



〇ここでこの短編は終わります。

名文ですが、

「もう少しでその答えが見つかり、すばらしい新生活が始まるような気がするのだった」、

この一行により、この小説は清々しい珠玉の作品になったのではないかと思います。


もちろん、グーロフも、われわれ読者も、そんな解決法があるはずがないことは知っています。でも、そんなことは問題ではありません。


恋する心情を描いたこの瞬間は、チェーホフの発見であり、オリジナル、創造。

このために、この小説が書かれたのはないかと私は思いますし、これがあるから、この小説は名作なのだと思うのですが、いかがでしょうか。


チェーホフはいつも新しいことを試みる作家でした。代表作の戯曲「かもめ」も、登場人物が全員主役という設定です。あ、そのうちに、「かもめ」を取り上げてみようかな。


 私は前に、モネがルノワールと川に遊びに行って、「水の描き方」を発見した時のことを書いたことがありますが、その様子が思い浮かびました。

グールフが水だとしたら、アンナは光でしょうか。

その輝く瞬間をチェーホフがとらえて描いた、ということなのではないでしようか。


では、アンナって、そんなにすごい魅力の人なのでしょうか。それが、そんなふうには描かれてはいません。

グーロフはアンナとの出会いにより、冷たい人間から、心ある人間に変わりましたが、アンナは美人ではないし、話し方がどうとかいうわけではないし、性格だって、ごく普通の人なのです。

それなのに、女性経験豊富なはずの彼が、どうして、突然、恋してしまったのでしょうか。


それはチェーホフは説明していません。

それは誰にも、説明できることではないのでしょう。

ギリシャ神話ではキューピッドが矢を射ったから。日本では「前世の縁」、英語では「Fall in Love」と言いますから、愛という穴に落ちたということでしょうか。




              了



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