4-13 第三皇子ヴァレリー
クロードが演説する裏でのこと。
ヴァレリー・チェルネコフは、もう帰国するための船に乗り込むところだった。
「ゲームオーバーだ。この国も案外、つまらなかったな……」
皮肉げにそう言い残し、コンラート王国を立ち去ろうとしたその時である。
「逃げられるとでも思ったのか?」
――――ぞくり。
彼は突然『出現した』殺気に、その強さに、震え上がった。その殺気の形をした何かは、ひたりと自分の首に剣を当て、静かに告げた。
「ヴァレリー・チェルネコフ。我が国の法律と国際法に則りお前を捕縛する」
混乱状態のヴァレリーの手には、手錠がガシャリと掛けられた。
恐怖心を抑え込みながら、何とか振り向くと――――そこにはユリウス・ローゼンシュタインが立っていた。
意味がわからない。
今、何が起こっているのかわからない。
だって。
「貴様…………何故、俺の位置がわかった……!?俺の魔法は物音も、気配も、自分の魔力の痕跡すら!全て消すものだというのに……!!」
だからヴァレリーは、今までどんな場所からだって、逃げることだけは一番得意だったはずなのに。
「からくりは後で聞け」
馬でやってきたらしい他の騎士たちが集まってきて、ヴァレリーはあっという間に取り押さえられてしまった。
♦︎♢♦︎
牢屋で頑丈な手錠に繋がれ、呆然とするヴァレリーに声を掛ける者がいた。
「無事に捕まったみたいね?」
鈴を転がすような声。闇の中でもきらめくプラチナブロンド。先ほどダンスを共にしたばかりの彼女に向けて、ヴァレリーは憎々しげに叫んだ。
「アーデルハイト・ローゼンシュタイン……!貴様の仕業か!!一体、どんな魔法を使った……!?」
アデルは呆れたように一つため息をつき、胸元からあるモノを出した。透明な液体の入った、ガラス瓶のようだ。
「魔法じゃないわ。私が使ったのは……これよ」
「……?それは、一体何だ……?」
意味が分からなすぎて、怪訝な顔で尋ねる。アデルはせせら笑いながら言った。
「あなたの国のものなのに、もう忘れたの?うちの国の大舞踏会で描いた、透明化の大魔法陣……」
「そ、それは……!」
「ここにあるのはあの大魔法陣で使われた、『魔力を込められる透明な絵の具』よ」
「!?」
透明な液体の入ったガラス瓶を、アデルが揺らす。とぷんと中の液体も揺れた。
「この絵の具に私の魔力を込めて、私の手にべったりと付けておいた。あなたから私に、必ず何らかの接触を図ってくると、踏んでいたから…………その時に、べたっと付けてやるつもりだった。ダンスを直接申し込んできたものだから、拍子抜けしちゃったけどね」
「何だって…!?」
「あとは私の魔力を追跡しただけよ。あなたは、自分の気配や魔力を消せたかもしれないけど……私の魔力までは、消せなかったみたいね。残念だったわね?」
それでもヴァレリーは、まだ意味が分からなくて、首を振りながら言った。
「は……!?だ、だが……!その絵の具の技術は、まだどこにも、漏洩していないはず……!!何故、貴様がそれを持っている……!?」
「そんなの簡単よ。『分析』して『合成』すれば良いんだもの」
「……?」
首を傾げる。言葉の意味が理解できないからだ。
「分析するのはそりゃあ大変だったけど、この世界には便利な魔法がたくさんあるから、何とかなったわ。『化学構造』さえ分かれば、あとは『調合』持ちの私には簡単だった」
「は……?え……?わけが……わからない……」
なおも首を振るヴァレリーに対し、アデルは呆れたように言った。
「理解できない?あなたは転生者じゃないの?」
「…………転生者だよ!お前と同じ!!せっかく『シナリオ』を知って生まれてきた!よりによって、違う国に……!!」
ダン、と大きく床に手をつく。ヴァレリーは怒っていた。
「……!」
「だからどうにか、その知識を使って!この国をぶっ潰して!!成り上がってやろうと思ったのに……!!何で邪魔するんだよ!」
怒りのままに大きく吠え続ける。
「何故、お前ばかりが恵まれている!?『シナリオ』の起こる国に生まれて!公爵夫人になって!!何故……呑気にケーキなんて作っている!?」
ヴァレリーの目はもはや血走り、その白い髪を振り乱していた。
「俺は……先行きの暗い国で!!皇位継承権も低くて!!何で何で!何で俺ばっかり……!!」
「私は『シナリオ』を悪用したことなんて一度もないわ。その違いじゃないかしら」
アデルがピシャリと言い放ち、ヴァレリーは黙った。
「あなたは人を不幸にすることで成り上がろうとした。だからバチが当たったんだわ。違う?」
「……!この、クソ女……!!!」
「ユリウス、これで良いかしら?」
アデルはもう用はないと言わんばかりに会話を打ち切り、部屋の向こうにむかって話しかけた。すぐにユリウスが姿を現し、彼女に答える。
「ああ、この肉声も魔法で記録している。十分な証拠になる」
ヴァレリーは目を見開き、またダンと手を打ちつけた。
「貴様……!!また嵌めたな!!」
「そんなこと言っても、もう遅いわよ。あなたの国があなたを助けてくれるかどうかなんて、私は知らないけど……もう会わないことを願うわ」
アデルはくるりと後ろを向く。冷え切った声で、最後の挨拶を告げた。
「さようなら」




