4-9 二人の王子
その日、アデルたちはひっそりと移動した。
ファビアン・コルネリウスが仲介をし、クロードとニコラの面談が実現したのである。現王妃には秘密裏でことを進め、王子二人が顔を合わせる機会。これは異例のことだ。
クロードの護衛としてユリウスとアレックス。『シナリオ』を知る人物としてアデルが同席することになった。場所はコルネリウス公爵邸の隠し部屋だ。
第一王子派閥が全員揃い、緊張して待っていたところ、ファビアンに導かれてニコラがやって来た。連れている護衛は一人だけ。ニコラは白い顔をして、大変緊張した様子であった。
ニコラがクロードの正面に座る。ニコラは、遠慮がちに話し出した。
「言われた通り、母様……王妃には内密で参りました」
「それなら良い。苦労をかけた。こちらも、どんな話をしても問題ない人物しかいないので、安心して欲しい。ファビアン、この場を設けてくれて感謝する」
「いいえ、礼には及びません」
ファビアンが綺麗な臣下の礼を取って、下がった。今日この面談が実現したのは、正直なところ彼の功績が大きい。
クロードはニコラの方に向き直り、会話を再開させた。
「……今日の議題は、分かっているか?」
「はい…………建国記念パーティーの、ことですよね?」
クロードは真面目に一つ頷く。それから厳しい眼差しをして、ニコラへ問うた。
「派閥の争いで、いま国が窮地に陥っていることはわかっているか?」
「はい……」
「建国記念パーティーでの計画…………ニコラ、お前はどこまで知っている?」
ニコラは顔を蒼白にさせたまま、落ち着きなく両手を組みながら答えた。
「僕は、具体的なことはほとんど何も……。派閥は今や完全に僕の手を離れて……母様……王妃の、言いなりです。僕は、王になる器でない……。もう、争いを起こしたくない…………。どうしたら良いのでしょう、兄上」
どうやらニコラは、王位継承争いを望んでいないようだ。クロードはここで、最も重要なカードを切った。
「お前の耳に入れておきたい情報がある。マリア・コストナー…………彼女はストイッタ帝国の間諜だ」
「…………!?そんな…………!!」
ニコラは明らかに血相を変えた。小さくカタカタと震え始める。
「……それでは、もしかして。今度の、クーデターにも等しい計画は、帝国の…………」
「ああ。帝国により巧みに誘発されたものだと、考えている」
「そんな。ああ…………マリア。どうすれば…………」
ニコラは落ち着きなくキョロキョロと視線を彷徨わせた後、一度大きく深呼吸をした。
それからすっと姿勢を正し、クロードを見据える。そこには、滲み出る王族の威厳があった。先ほどまでとは、まるで別人のようだ。
「兄様。どうしたら、彼女を……マリアを、助けられますか。そのためなら僕は、何でもします。王位継承権を手放すことも、躊躇いません。どうか、お願いします…………」
クロードは、ニコラの変化に驚いたようだ。目を丸くしながらも、姿勢を正して答えた。
「こちらに従ってくれれば、彼女の命は助けると約束しよう」
「ありがとうございます……!全て、兄上に従います」
「ことを起こすのは、件の建国記念パーティーだ。ニコラ、お前にも証言をお願いしたい。第二王子派閥がクーデターを計画していたことを」
「はい」
「お前には王位継承権を放棄してもらうことになるが、良いか」
「わかりました。……僕も、それを望んでいます」
ニコラは全面的に、こちらに従う構えだ。本来は他国の間諜など、すぐに殺されても文句は言えない立場。しかしニコラは、マリアを助けるためとあれば、本当に何でもする気でいるらしい。
――ニコラ様は、本気でマリアのことを愛しているんだわ……。
アデルは、胸が強く痛むのを感じた。愛した人に裏切られてもなお、ニコラは自分の愛を貫こうとしているのだ。
それからクロードとニコラは必要なことを打ち合わせた。アデルたちも参加し、当日の動きが細かく決定された。
「この分断された国を、僕がまとめてみせる。無血で解決するため、どうか皆の力を貸して欲しい」
クロードが言い、その場にいる全員が頷いた。
♦︎♢♦︎
「クロード様から伝言だ。パーティー当日のことについて、現王の了解が取れたと。こちらの言う通りで良いらしい」
次の日の夜、帰宅したユリウスがアデルにこう言った。
「現王は本当に、何も関与するつもりがないのね」
「そうだな。下手に首を突っ込まれるよりは、好都合ではある」
「それもそうね……」
パーティーまで一週間を切っている。アデルはユリウスの手を取り、思案げに呟いた。
「どうか無理をしないで」
「ああ。必ずアデルのもとに帰ってくるよ」
「ええ。信じてる。私も…………できる限りのことをするわ」
触れ合えるのがこれで最後のような気がして、本当は毎日が不安だ。二人は惜しむようにお互いを求め、静かに睦み合った。




