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4-7 建国祭始まる

 とうとう建国祭が始まった。

 

 建国祭は、建国パーティーの行われる十月十八日の二週間前、十月四日から始まるお祭りである。二週間の間、街はこのコンラート王国の国旗の色――――鮮やかな赤と青の、二色の旗で埋め尽くされる。人々は最終日の建国記念日に向けて、日に日に盛り上がっていくのだ。大通りには露店が沢山立ち並び、道ゆく人々が羽根付きのお面や、民族衣装で着飾っている。アデルは毎年、皆が楽しそうにするこの季節が大好きだった。

 

 パティスリーアデルも、今年は建国記念メニューのアップルパイを限定発売した。リンゴはこの国の神話にも出てくる、象徴的な果物なのだ。

 特製のパイの中の具には、ゴロゴロした大きな角切りリンゴの食感を残し、たっぷりと詰め込んだ。パイ生地も『調合』でバターをたたみ込み、完璧な温度管理で作っているので、サックサクだ。

 テイクアウトで食べ歩きできるように、紙で包んで売り出した。そうでなければ、リンゴを使ったタルト・タタンなどでも良かったのだが。食べやすさを重視してパイにし、お祭りということでお手頃価格に設定したのだ。お陰様で貴族から平民まで大変好評となり、嬉しい限りである。皆が歩きながら、思い切りパイに齧り付く姿は、見ていて爽快で楽しかった。


 ユリウスが休みを取れた日、アデルは彼と二人で街歩きを楽しむことにした。心配事は色々あるが、恐れから引き籠もったりしたくはなかった。


「私、あのお面つけたことないのよ」

「一緒に買おう」

 

 そう言って赤と青に染められたお面を揃いで買い、お互いの頭につけた。お面には、鮮やかな赤で染められた羽根飾りがたっぷりと付いていて、蠱惑的だった。中性的で美しいユリウスの相貌に、とても似合っていた。

 

 二人は手を繋いであちこちの露店を冷やかしながら、肉がタレにつけられた串や、バゲットサンドを沢山買った。それを公園まで持っていき、冬の日向ぼっこをしながら芝生で食べたのだ。公園内は、お祭りを楽しむ人々でいっぱいだった。

 

 腹ごしらえを終えた二人は公園の広場に行き、人々の演奏や踊りを楽しんだ。アコーディオンや民族楽器の音に合わせて、衣装で着飾った若い男女が楽しく踊っていた。このお祭りは平民にとって、貴重な出会いの場でもあるのだ。

 アデルが音楽に合わせて手を叩きながら笑っていると、ユリウスに引っ張られてお祭りの輪の中に巻き込まれた。仕方がないので微笑みながら手を取り合い、二人で陽気なダンスを踊った。ユリウスとアデルの容姿は大変な衆目を集め、拍手喝采だった。貴族のお忍び歩きなのに、少々目立ちすぎてしまったかもしれない。

 

 そうして疲れた二人は露店巡りに戻り、レモン水を買って喉を潤した。それからデザートに、串に小さいリンゴが三つ刺さったものを買った。三つ連なる小さいリンゴは飴がけされていて、間に団子のようなものが挟まれていた。なんだか、前世のリンゴ飴を彷彿とさせる食べ物だ。

 ちょっと行儀が悪いが、アデルは歩きながら、道端でそれに齧り付いた。今はお祭りだから無礼講で良いだろう。

 そうしてふと、アデルは思案げな顔になって、呟いた。

 

「もうすぐ……建国記念パーティーね」

「……心配?」


 同じようにリンゴに齧り付きながら、無表情でユリウスが問う。アデルはコクンと頷いた。

 

「そりゃあね。私の旦那様は騎士だもの……あまりにも最前線だわ」

「大丈夫だよ。()()()()をアデルが作ってくれたし。それに向こうの動きは、もうほとんど押さえている。あちら側は、ほぼチェックメイトに等しい状態だ」


 ユリウスは無表情で、ことも無げに言う。アデルはため息を吐いた。


「私はユリウスみたいに、泰然と構えられないわ……」

「俺は平気。それより、アデルの方が心配だよ。俺と居ない時は、くれぐれも気をつけること。敵を撤退させるまで、例のパティスリーエルサにも行っちゃダメだよ?」

「ええ、よくわかってるわ」

 

 祭りの喧騒に紛れて、二人は会話を交わした。ふと、目と目があって、街中でちゅっとキスを交わす。


「甘い……」

「ふふふ、飴の味ね!」


 二人は何度か、甘い甘いキスを交わして、そのまま祭りの騒ぎに戻っていった。


 

 ♦︎♢♦︎


 

 数日後、クロードの呼び出しがあり、アデルは王宮に赴いた。

 執務室にはクロードに加え、既にユリウスとアレックスが待機していた。いつものメンバーだ。遮音を起動してから、本題に入る。

 

「影から情報があった。来国したヴァレリーに対し、『ヒロイン』のマリアが接触するのを確認したとのことだ。ニコラを追い詰めて神輿にすると、マリアの肉声が取れた」

「帝国の間諜、ということですか……」

「そう。救国の聖女は帝国のスパイで確定だ。しかし取れた証拠は、マリアの肉声のみだった。彼女を捕縛するのには、こと足りるが……ヴァレリーを追い詰めるには、まだ材料が足りない。だから、もう少し泳がせる。アデル、君の出番だ」


 アデルは頷いた。事前にした打ち合わせの通りである。

 

「明日、ニコラに直接接触する。『シナリオ』を知る君にも同席して欲しい」

「分かりました」

「明日、上手くいけば楽なのですが……どちらにしろ、決着がつくのはパーティー当日になりますね」


 ユリウスが言い、アレックスも頷いた。

 

「俺は当日、手筈通りに動くよ」

「そっちは任せた。俺は、他の騎士の動きをもう一度確認する」

「やっと終わりが見えてきたね。必ず成功させよう」


 クロードが微笑んだ。(くだん)のパーティーまで、もうあと一週間を切っている。

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