4-5 今後のための密談
八月の下旬のことである。アデルとユリウスはクロードに呼ばれ、密談をしていた。事情を全て知るアレックスも同席している。
いつものように遮音の魔道具を作動してから、クロードは全員を見回して言った。
「マリアの出方を伺っていたが、僕は怪しいと感じている。あまりにもシナリオ通りだからだ。クロだと見ていいと思う」
アデルは息を呑んだ。隣にいるユリウスと、アレックスも同意の声を上げた。
「俺もそう思います。既に『シナリオ』を既に知っている俺たちを相手にするならば、マリアの行動は『シナリオ』から逸れたものになっていくはずだ……」
「そうだよな。でも、彼女が起こすイベントは『シナリオ』に忠実だ。俺たちが既婚だったり、婚約者がいるのにの関わらず、まるで忠実になぞっているみたいにイベントを起こしている……。俺も、怪しいと思う」
「僕が出した結論では、彼女自身が『シナリオ』を知っている可能性が限りなく高い……そう考えている」
クロードがそうまとめたので、アデルはその意味を考えた。そして答える。
「彼女が転生者…………または、内通者、ということですね?」
「その通りだよ。さすがアデル、話が早いね」
クロードが頷く。そして続けた。
「要するに…………考えられる一つ目の可能性は、彼女自身がたまたま転生してきて、『シナリオ』を知る存在だったという線。二つ目の可能性は、『シナリオ』を知る誰かと内通しているという線だ」
全員が黙り込んだ。恐れているのは二つ目の線だ。マリアが、他国――――ストイッタ帝国にいる誰かと、裏で繋がっている可能性である。
「マリアにはもう一つ、不自然な点がある。イベントが沢山起こって、いわゆる『恋の段階』が進んでも、彼女の魔法が発展する様子が見られないんだ」
「それは……!」
「攻略対象の中でも、特にニコラは、恐らく本気で彼女に恋をしている。それにも関わらず、だ。僕の推察では――――彼女自身が本気で恋をしていないから、だと考えている」
「シナリオをなぞっているだけで、彼女の心は動いていない……つまり、彼女は演技をしているということになりますね」
ユリウスが答える。そうなると一気に、二つ目の線が濃厚になってくる。
「やはり、彼女が帝国と繋がっている可能性があるということですね……」
アデルが言うと、クロードが重々しく頷いた。それから力強く言う。
「そうだよ。だからやはり、ここで仕掛けようと思う。建国記念パーティーまで、あと二ヶ月を切っている。しかも今回は、建国百二十周年を祝う大々的なものだ。そこにストイッタ帝国の第三王子ヴァレリーを招待し、罠に嵌めようと思う」
「!」
「アデル。実は他にも怪しい動きがあってね」
言葉を失っているアデルに、ユリウスが話しかけた。
「第二王子派閥が、ニコラ様の立太子を一方的に宣言しようとしているようなんだ」
「ゲームと、同じね……マリアが第二王子派閥についた場合の、『シナリオ』で起こるイベントだわ……」
「向こうの派閥は、武力でこちらを鎮圧するつもりで動いているようだ。ファビアンからの証拠も挙がっている」
「それは、実質クーデターに等しいのでは……?」
アデルはぶるりと震えた。ゲームでは、ただの通過イベントに過ぎなかった。しかし現実で起こるとなれば、血が流れる可能性があるのだ。
クロードは腕を組み、トントンと人差し指を動かしながら、思案げに言った。
「その通りだよ。だがこちらとしては、無血で解決したい。今そのために、可能な限り向こうの動きを探っているところだ。ユリウスとアレックスには苦労をかけている」
「ご心配には及びません」
「我々はクロード様の剣ですので」
ユリウスとアレックスは頷いてみせた。きっと、危ない橋を沢山渡っていることだろう。アデルは自分の夫と友人を心配した。
と、そこでユリウスがアデルの方を向き、一枚の紙を手渡して来た。
「それで、俺が考えたことなんだけど。黒幕を確実に罠に嵌めるために、アデルに合成して欲しいものがあるんだ。君が以前作っていた、ペイント弾の応用でもある。これなんだけど……」
アデルは紙をまじまじと見て、少し思案した。それから皆を見て、大きく頷いた。
「分かったわ。不可能じゃないと思う……!私、挑戦してみるわ!!」
「よし。じゃあそっちは頼んだよ、アデル」
「これが実現すれば、敵を追い詰める算段が整うと言っても過言ではない。どうか頼むよ」
クロードが恐れ知らずの微笑みを浮かべ、三人を見回して言った。
「全て、決着をつけるよ……建国記念パーティーで!」
三人は、同時に頷いた。今は八月。パーティーは、来る十月十八日の夜である。




