4-2 クロードの暗躍(※クロードサイド)
聖女マリア・コストナーは、宝石のスピネルのような美しいピンクの瞳を潤ませ、クロードを見つめていた。顔のパーツは完璧なバランスで配置され、可愛らしさと綺麗さが共存している。肩まで伸ばされた髪は、鮮やかなオレンジブロンド。その下にはたわわな胸に、折れそうなほど細い腰。男の庇護欲を限界まで掻き立てる容姿だ。
彼女は小鳥がさえずるような声で、甘い言葉を紡いだ。
「クロード様はすごいです。クロード様が愛しているから、この国はこんなに豊かなのね……」
クロードは苦笑した。あまりにも巧妙に、こちらの心の隙をついてくる言葉だったからだ。
「いや、僕の力なんて大したものじゃないんだ。まだまだだよ」
「そんなことない。あなたは、とても立派な人だわ。王族だからって、誰しもが立派なわけじゃない。あなたの努力は、素晴らしいものだわ」
彼女は王族相手にも臆さない、凛とした雰囲気を見せた。それからふと目を伏せて、物憂げになる。
「私も、少しでもクロード様のお力になれたら良いのに……」
これはすごいな、と思う。クロードも、もしも何も知らなかったならば、彼女に心惹かれていたかもしれない。
ただ、クロードには既に愛する婚約者がいる。その上、事前にアデルから『シナリオ』を聞いているので、何だか全てが茶番に思えてしまうのだが。
「ありがとう。そう思ってくれる気持ちが、嬉しいよ。……すまない、僕は公務に戻らなければ……。本当はもっと、君と一緒に居られれば良いんだけど……」
「いいえ、良いんです。少しでもお話できて、とても嬉しかったわ」
にっこりと、満点の微笑みを浮かべる彼女と別れた。しばらく廊下を進んで距離を取った後、小さく溜息を吐く。彼女に籠絡された演技をするのは、正直かなり神経を使うのだ。何だか疲れてしまう。
彼女は攻略対象全員と、満遍なく、順調に交流しているようだ。
既婚者であるユリウスにも、しょっちゅうボディータッチをしている。ただ、触れられている時のユリウスの表情があまりにも能面なので、クロードは笑いそうになる時もある。
彼女曰く、男爵に養子に取られた元平民だから、貴族男性との距離感がわからない、とのこと。高位貴族はそういう女性と関わる機会が少ないから、大胆で無邪気な彼女は魅力的に見えやすいだろうと思う。
クロードは執務室に戻った。後ろに付いていたユリウスに話しかける。
「どう思う?」
「できすぎだな、と」
「僕も同意見だ」
クロードはもう本物の恋を知っている。だから彼女には違和感を覚えている。――――あまりにも的確だからだ。そして、『シナリオ』に忠実すぎる。
クロードは執務室の窓から、薔薇園のベンチを覗き見た。ちょうど第二王子ニコラと、聖女マリアが寄り添っているところが見えた。ユリウスに手招きして、彼にも同じ景色を見せる。この執務室には多くの窓が付いており、あらゆる場所が見えるような造りになっているのだ
マリアはニコラと一緒に、小鳥へ餌をやりながら、仲睦まじく話し込んでいた。餌を渡すため、手を包み込むように触れられて、ニコラは頬を赤く染めながら狼狽えている。
「ニコラは……本気だな」
「厄介ですね……」
ニコラは明らかに本気で、マリアに恋をしているようだ。このイベントもシナリオ通りである。
クロードにとって意外だったのは、ファビアンの動きだ。彼はアデルの専属メイドであるリナ・ロイエンタールに本気で求婚しており、派閥間の争いをなくそうと動き始めている。
先日クロードにも直接、ファビアンから接触があった。ニコラへの仲介役になる、と言った時の、彼の目は本気だった。これは上手く利用するしかないだろう。
「僕はクリスに手紙を書くよ」
「はい」
クロードは机についた。ユリウスもその後ろに控える。クロードは自分の机の引き出しから、何度も読んだ手紙と上質な便箋を取り出し、美しい筆跡で手紙を書き始めた。
現在、クロードはマリアに惹かれている演技をしている。貴族の間では、「クリスティーネ王女との婚約を取りやめる気なのでは」という噂まで立っている。そんなわけあるか、と思う。全く根も葉もない話だ。
クロードの心の真ん中にはもう、クリスティーネが座っている。他に席はない。
クロードは、クリスティーネと隠し暗号を使いながら文通していた。一見すると、少々熱烈な恋文にしか見えないだろう。こちらの状況など、重要な情報を混ぜ込みながら文章を綴っていく。
隣に置いた、クリスティーネからの手紙を見返して、クロードは小さく笑った。彼女はマリアのことを気にしないと書きながらも、少しいじけているのが文面から伝わってくる。相変わらず、いじらしくて可愛い人だ。早く再会したいと思う。でも、彼女を安心して迎えるためには、国内情勢を落ち着かせなければならない。
ユリウスやアレックスも、聖女マリアのアプローチを受けているが、全く心変わりしていない様子だ。しかし、当のマリアはめげる様子がない。
『シナリオ』の強制力でそうなっているのか、または『シナリオ』を知った上でそれに合わせて動いているのか――――それがわからない。慎重に見極めなければならない点だ。
「クロード様」
天井から声が響いた。クロードはすっと手を上げて応える。マリアを探らせている、クロードの影のひとりだ。
「マリア様とニコラ様の接触が終わりました」
「相違なかったか」
「会話内容に相違は見られませんでした。マリア様は癒しの儀式に入られました。引き続き見張ります」
「よろしく頼むよ」
先ほどのニコラとのイベントは、シナリオ通りだったらしい。このまま順調にいけば、来月か再来月にはマリアの『恋の段階』が一つ進むはず。それで本当に彼女の能力が開花するのかどうか、今後注意を払っていかなければならない。
「はあ。疲れるね……クリスに会いたいよ」
「心中お察しします」
「聖女との交流で時間が取られるから、公務が山積みだな……」
結局、クリスティーネからの手紙に何度も励まされながら、クロードはその日の公務をこなしたのであった。




