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3-5 クロードの婚約者(※クロードサイド)

 クロード・サン・シュトラウスは、コンラート王国の第一王子として生を受けた。


 母である前王妃カタリーナは立派な人物だった。夫である王との仲はそこまで良好ではなかったものの、母はクロードを愛し、よく躾けて育てた。

 母はいつも言った。王たる人物は、自分に厳しくあらねばならないと。母は自らが大変良いお手本となって、クロードを導いてくれた。民が困っているとあればすぐに城を出て、現地を見に行った。そして自ら汗水流して、民を助けてみせた。何が必要なのかをその場で判断し、素早く王に上申した。

 クロードは母を、心から尊敬していた。サバサバとして聡明な母は、国民からも親しまれ、大層人気があった。クロードは母のような人物になりたいと、そう思いながら育った。母の愛するこの国を、守って行きたかった。


 クロードは賢い子どもであったから、父である国王が愚鈍なことを見抜いていた。父は母にも冷たく、側室を沢山取っていた。

 中でも、母と同じく公爵家出身のオリビア妃は野心家で有名だった。同じ公爵家出身なのに何故自分が正妃でないのかと、不満を持っているのが明白で、母によく嫌がらせをしてきた。いつも派手でけばけばしく、自分の母と全く異なるタイプのオリビア妃のことが、クロードはとても苦手だった。


 クロードが十四の時、母が流行病で亡くなった。流行病に罹った国民たちを視察に行って、そこで感染したのだ。クロードはあまりの悲しみで、自分の胸にぽっかり穴が空いたように感じた。

 母の葬式でも、父はやはり涙を流さなかった。そして迷いなく、あのオリビア妃を正妃にした。クロードが予見した通り、貴族の派閥は真っ二つに割れ、国は荒れ始めた。

 クロードは父の政務を、早くから手伝うようになった。この国が豊かなまま維持できているのは、彼が縁の下で支えている影響が大きいと言える。ただしそんな彼にも、二つに分かれた派閥をまとめ上げることは不可能だった。


 クロードは、自分は結婚で失敗を犯すまいと思った。父のような愚を犯すまいと。この歳まで――二十歳まで婚約者を決めず、妃選びに慎重を期したのには、こういう理由があったのである。それに、現王妃の妨害工作もあったし、貴族間に余計な緊張を与えられないというのもあった。

 そして何より――――自分を飾り立ててしなを作るご令嬢たちのことを、クロードは好意的に見られなかった。

 彼は恋を知ることなく、女性とは表面的な付き合いしかしないまま、ここまで成長してしまったのである。



 ♦︎♢♦︎



「お初にお目に掛かります。クロード・サン・シュトラウスと申します」

「クリスティーネ・フランソワと申しますわ。この度は貴国にお招きいただき、ありがたく存じます」

「クリスティーネ王女、ようこそ我が国においで下さいました」


 とうとう隣国ファレールから、クロードの婚約者となる王女が来国した。水面下で慎重にことを進めていたので、実際に会うのはこれが初めてである。


 クリスティーネ王女の第一印象は、なんというか、こう……ツンツンとしていた。

 ウェーブのかかったミルクティー色の髪を、王女はばっさりと切り、ボブスタイルにしていた。隣国ファレーヌらしい、先鋭的な髪型である。どうにも勝気に見える、吊りがちの目はすみれ色。その小さな顔には、とてもお上品にパーツが並んでいて、整っていた。身長は高く、百七十センチ近くありそうだ。

 彼女は十六歳で、クロードよりも四つ歳下であった。


「あとで、城内を案内させてください。それから良ければ、薔薇園でお茶でもいかがですか?」


 クロードは柔和な笑みを心掛けながら、クリスティーネを誘った。しかしクリスティーネは、その勝ち気な瞳をすいと逸らし、つんと上を向いて言ってのけた。

 

「失礼。(わたくし)、長旅で疲れておりますの。しばらく休ませていただいても?」

「……それは。気が回らず、大変失礼を申しました」

「いいえ。気にされずとも良いですわ」

 

 ――これは……。参ったな。一番苦手なタイプだ。

 

 クロードは困りきった。クリスティーネ王女は、どうやら相当気位の高いタイプのようだ。しかし逼迫した国内情勢を鑑みるに、この結婚は嫌でも推し進めないとならない。

 自らの行く末を案じて、クロードは大きな溜息を吐きたいのを必死に堪えていた。



 ♦︎♢♦︎



 二人のファーストコンタクトの、少し後のことである。


「クロード殿下」


 誰もいない空間から声がして、クロードはすっと手を上げた。

 自分についている、影のうちの一人の声だ。今は、王女の動向を探らせている最中だったはず。


「王女に何か動きでも?」

「それが…………」


 天井裏にいる影からは、何とも形容し難い、困ったような空気を感じた。



 クロードは慌てて、王宮の広大な庭の隅に向かった。奥まっているそこには草木が生い茂っており、位の高い人物は普通入らないような場所だった。

 しかし、ここで王女が一人泣いていると、影から連絡があったのだ。


 クロードが生い茂った植え込みの影からそっと覗き込むと、確かに王女はそこにいた。しゃがみ込んで、そのすみれ色の瞳からぽろぽろと涙を零している。

 しかも何故か、王女の周りには沢山の動物が群がっていた。肩や頭には小鳥が乗っているし、その手には小さなリスやネズミが擦り寄っているではないか。クロードはその光景に、目を疑った。

 そのまま様子を伺っていると、王女は独り言とは思えない言葉を話し始めた。


「ごめんね。皆、心配してくれるのね。ありがとう」


 ピィピィ、ピチチチ、と小鳥が鳴く。すると王女はまた、言葉を発した。


「そうよね。私、かなり嫌な女に見えたわよね……。ただ、一人にして欲しかっただけなのよ。はあ……。だって、あんなきらきらしい美貌の持ち主だなんて聞いてないもの!すっかり気後れしちゃったわ……」


 ピィピィ、と小鳥がまた鳴く。リスは横からキューキューと鳴いた。すると王女は、泣きながらくしゃりと笑った。


「慰めてくれてありがとう。皆優しいのね……。クロード様、がっかりなさってたわ。きっと私の姿を見たからよね……」


 どうやら先程から王女は、自分のことを話しているようだ。クロードは盗み見してしまったことを気まずく感じながらも、思い切って姿を現してみた。


「…………失礼、クリスティーネ様」

「クロード様!?」


 クリスティーネはぎょっとして、勢いよく後ずさった。動物たちがワッと駆け出し、その場から居なくなる。

 クロードはこの際、本音で話し合おうと思い、疑問に思ったことを率直に聞いてみた。

 

「どうして、泣いているの?それに……君は、動物と話せるのか?」

「こ、これは…………!」


 クリスティーネはおろおろとしてしばらく辺りを見回していたが、逃げるのを諦めたのか、そっと肩を落とした。そうして、再びしゃがんで小声で話し始めた。


「そ、そうです……。私の固有魔法は、『読心』だから……触れさえすれば、動物も、人も、何を考えているのか分かります」

「成程……。それは、すごい魔法だな」

「だ、だから……っ!クロード様に触れれば、クロード様が私の姿に失望なさったのもわかります。がっかりなさったのなら、はっきり、そう言ってくださいませ……!」


 思ってもみないことを言われ、クロードは大きく首を傾げた。

 クリスティーネの『姿』……?何一つおかしな所はないし、どちらかと言えば異性に好かれそうな外見に見える。

 

「何を言っているんだ?君の姿……?何も、おかしなところは無いと思うけど」

「と、とぼけずとも良いのです……!わ、私は日に焼けやすく!このように、化粧でも隠しきれないほどのそばかすがありますの!!さぞ醜い女に当たってしまったと、落胆されたでしょう!?」


 王女の目からは、大粒の涙がぽろぽろと溢れた。それにぎょっとする。

 確かに王女の顔には、多数のそばかすがあった。だが、別に不美人とも思わない。クロードはそっと王女の横に腰を下ろした。


「この国では君は、特に醜いとされない。だから、君が何を心配しているのか、僕には全然分からない。詳しく事情を、聞かせてくれないか?」

 

 クロードが真剣にそう言うと、王女はかなり戸惑いながらも、ぽつぽつと心のうちを話していった。


 美意識の高いファレールでは、とりわけ肌の美しさが美の基準にされていること。日に焼けやすく、そばかすがあり、化粧でも隠しきれないクリスティーネは、相当な不美人とされてきたこと。国内の貴族男性にまるで相手にされず、長い間、嘲笑されてきたこと。だから、国外に嫁入りするしかなかったこと。

 それに――――『読心』のできる自分のことを、周囲がずっと、気味悪がっていたということ。心が読めるから、そういうことが全部、分かってしまったのだと言うことも。

 

 人の心が読めるクリスティーネは、貴族男性たちの心の中を読み取り、すっかり人間不信に陥っていたのだ。

 

「ええと……それじゃあ、さっきやたらとつんけんしていたのは?」

「あっ、あれは緊張して……!そ、それにファレーヌが舐められたらいけないと、そう思って!……ごめんなさい……。私、ただ、一人になりたくて……。落ち込んだ時はいつも、動物たちに話を聞いてもらっているから……」

 

 クリスティーネは、しょんぼりと肩を落としている。クロードは、疑問に思ったことを更に尋ねた。

 

「しかし……僕が事前に調べていた情報だと、あなたは自分の国を愛し、随分貢献してきたのでは?あなたは慈善活動に力を入れ、国の公衆衛生のレベルを上げるのにも尽力してきたはず。それなのに貴族男性たちに、そこまで軽んじられてきたというのか?」


 その言葉に、クリスティーネは力無く首を振った。


「私の、そういうところが……『まるで男のようだ』とも言われ、男性には疎んじられてきました……。私は、私の国を愛していただけなのに……。結果として、国に居場所がなくなって、追い出された……っ!」


 クリスティーネの大きな目からは、またボロボロと涙が溢れ始め、彼女は次第に泣きじゃくり始めてしまった。

 クロードは大変慌てた。女性が泣きじゃくるのを見るのなんて、生まれて初めてだ。クロードの前ではご令嬢たちは皆、澄まし顔しかしない。

 クロードはしばらく困り果てた後、自分の胸元からハンカチを取り出し、クリスティーネに差し出した。何とかその涙を止めたいと思い、一生懸命自分の言葉を尽くす。


「僕は、君のやってきたことを見て……君がとても立派な人だと思ったから、結婚したいと思ったんだよ。君の成し遂げてきた政策を見て、素晴らしいと思った。学ぶべきところが多かった。とても賢くて行動力のある女性だと思った。だから……」


 一旦言葉を区切る。自分の思いを率直に語ることの難しさを、クロードはいま思い知っていた。これまで他人と、表面的な付き合いしかしてこなかったことが悔やまれる。

 それでもクロードは、クリスティーネの濡れた瞳を真摯に見つめて、懸命に伝えた。


「すぐにこの国を愛することは、難しいかもしれないけど……この国を知って。僕のことを知って。できればお互い、尊敬し合えるようになって……。そうして僕と一緒に、歩んで欲しいと思っているんだ」


 そしてクロードは、その目元を赤くしながら、もう一つ大切なことを伝えた。

 

「それに、そばかすは……僕の国では、特に醜いとされない。君は、その…………とても、可愛いよ」

 

 クロードは、クリスティーネに手を差し出した。信じてもらうには、これが一番良いと思ったのだ。

 

「僕に触れて、僕の心を読み取ってもらって構わない。勿論、僕も王族だし、そこまで綺麗な人間でもない。打算も沢山あるのはバレるだろう……それでも、良いよ」


 クリスティーネは、その大きな目を零れ落ちそうなほど大きく見開いた。そして恐るおそる、クロードの手に触れてくる。クリスティーネの小さな手が重ねられると、何だか妙に照れ臭くなったが、クロードは微動だにせず、必死に堪えた。

 クリスティーネの頬は、次第に赤くなっていった。そうして耳まで真っ赤にしてから、彼女は涙を浮かべたまま、くしゃりと笑って言った。


「あなたが嘘をついてないって、わかったわ。自分から心を読ませるなんて、変な人……」


 それは――――あまりにも純粋で、可愛い笑顔だった。


「ありがとう…………クロード様」


 クロードは、自分の心臓がドクンと大きく跳ねたのを、まるで他人事のように感じていた。



 ♦︎♢♦︎



 クロードはその晩、自分の執務室にユリウスとアレックスを読んだ。

 彼らは気軽に話のできる、クロードの数少ない友人だ。特に親しいのはユリウスだが、今日の相談内容を話すには、ユリウスだけでは大変心許(こころもと)なかった。だからアレックスも呼んだのだ。

 

「突然どうしたんですか、クロード様」

「何か緊急の案件ですか?もしやファレールの王女に何か問題でも?」


 ユリウスとアレックスは深刻な表情をしている。最悪の事態も視野に入れているのだろう。

 しかし今のクロードは混乱状態で、それどころではなかった。


「そのことなんだが」

「はい?」

「クリスティーネ王女は…………もしかしたら、ものすごく可愛い人なのかもしれない」

「……………………はい?」

 

 ユリウスとアレックスは、目を点にした。いつも冷静沈着な王子が、突然妙なことを口走ったからだ。


「僕、女性を心から可愛いと思ったの……初めて、なんだ」

「はあ……」

「そうですか……」

「ど…………どうしたら良い!?」


 クロードは、がばりと立ち上がってアレックスに縋りついた。一応ユリウスも呼んでおきながら、全く当てにしていない。大変失礼である。


「なあ、女性に好きになってもらうには、一体どうしたら良いんだ!?教えてくれ……!アレックス!!」

「そっ、そんなこと俺に言われても!俺だって今、どうしたらエリーゼに好きでいてもらえるのか全くわからなくて、困っているところですし!!」

「ユリウスは当てにならない!お前だけが頼りなんだ……!!」

「クロード様、じゃあ何故俺を呼んだんですか……」


 そう。クロードは初めての恋に落ちたばかりで、大変な混乱状態に陥っていたのだ。

 

 

 散々揉めた挙句、クロードは結局、アデルを頼ることにした。

 その日のうちに、手紙をしたためてユリウスに手渡した。クリスティーネの事情をなるべく丁寧にアデルに説明し、彼女の良き相談相手となってもらうよう、改めて頼んだのである。ついでに自分の恋の相談にも乗ってもらえるよう、お願いした。

 聡明な彼女なら、きっと色々と汲み取って動いてくれるだろう。負担を増やしてしまって大変申し訳ないが、頼れる者があまりにも少なすぎるのだ。


 クロードは今一度、アデルのケーキ屋への支援をしっかり増やそうと、心に決めたのであった。

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