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3-2 新たな従業員たち

 さて、水面下では貴族の派閥争いが繰り広げられているものの、街はいたって平和である。ケーキが大好きなご婦人方や善良な市民たちにとっては、派閥争いなど知ったこっちゃないのだ。というわけで、アデルはケーキ屋の運営を頑張っていた。


 おかげさまでお店は順調。庶民の間でも、特別な日に食べる高級菓子として定着してきた。

 店の見た目やケーキの装飾を真似する競合店も出てきたが、『調合』スキルを使って繊細な仕込みをしているアデルの菓子に、味は遠く及ばない。多少の売上変動はあったものの、今のところお店は問題なく稼働していた。


 アデルは店の黒字分を公爵家の援助に足し、思い切って裏のデッキを改装した。傷んでいる部分を補修し、真っ白に塗り直してもらったのだ。

 ついに、イートインスペースのオープンが迫っているのである。いつかここが、デートスポットとして人気になったりしたらといいなと思う。

 

 それに伴い、売り子さん兼ホール担当を二名、面接で取った。今回も身分は問わずに募集したが、身辺調査は公爵家にきっちりやってもらった。


「よろしくお願いします!」

「憧れのケーキ屋さんで働けるなんて夢みたいです!」


 入ってきたのは、イルマとファニーという女の子。イルマは商家出身で、ファニーは男爵家の次女だ。今回のことに合わせて制服も導入し、いま試着してもらっている。ティファニーブルーのタートルネックワンピースに、白いエプロンの組み合わせ。白いエプロンにはたっぷりとフリルを付けて、可愛らしさを出した。


「二人ともとっても似合ってるわ!勿論、モニカにもぴったり!」

「イメージ通りにできていて嬉しいです!!」


 制服のデザインは、もともと働いているモニカと一緒になって、楽しくあれこれ考えた。公爵家御用達のデザイナーであるマダムも、ノリノリでデザインしてくれたのだ。

 

 さて、イートインには勿論、飲み物のメニューが不可欠である。紅茶は、公爵家が贔屓にしている仕入れ先から良いものが入るので、問題なかった。しかしコーヒー豆に関しては、こだわって別ルートにした。

 リナと二人で、視察という名のカフェ巡りを重ね、目星を付けたのは隣町で人気のカフェ・ステッラ。ここはコーヒー豆を自家焙煎しており、アデルの前世基準からしても、コーヒーが非常に美味しかったのである。

 そこで交渉してみると、なんとオーナーのトマスという男性は、イタリアからの転生者だったではないか。彼はコーヒーの美味しさをこの世界で広めたくて、カフェを運営しているのだという。

 アデルとトマスはすっかり意気投合し、コーヒー豆を入荷させてもらう契約を取り付けた。その代わり、カフェ・ステッラにもアデルのケーキを卸すのだ。パティスリーアデルとカフェ・ステッラはかなり距離が離れているし、客も競合しない。まさにウィンウィンの関係である。

 

 ケーキ搬送のための冷蔵機能付き馬車は、公爵家に頼んで手配してもらった。動力は魔力である。馬車自体は何度か試運転してみて、ケーキの搬送には問題ないことが確認できた。

 しかし、このようにして公爵家に対する借金は嵩むばかり。いつになったら恩返しできるのか、甚だ不安だ。

 ユリウスは「もう契約の夫婦でもないのに、何を言ってるんだ。というかアデルは、宝石とかの貴金属類を全くねだらないんだから、馬車くらいうちに買わせるように」と言っていたが、気になるものは気になる。公爵夫人になっても、前世の庶民気質がなかなか抜けないアデルであった。



 ♦︎♢♦︎

 

 

 外にも卸すことになってケーキの生産量がぐっと増えるため、仕込みの人員も補充した。お茶会でした約束の通り、クロードが信頼できる人材を紹介してくれたのである。


「リュカと言います〜。もともと、卵の気泡力保持が主な研究テーマでしたので〜、お役に立てるかと思います〜」


 入ってきたのはリュカ・ハイルマンという熟練の錬金術師だ。彼は子爵家の四男で、もともと『調合』の料理への応用を研究していた、変わり者なのである。面白い研究テーマであるからと、クロードが個人的に支援していたらしい。

 おっとりと話すリュカは、明るい金髪に水色の目を持つ、二十歳の男性だ。実際に調合を見せてもらったのだが、その技術は限りなく、こう……変態的に、極められていた。ケーキの仕込みという面では、アデルに少し劣る部分もあるが、まさしく即戦力である。


「リュカを紹介してくれたクロード様はさすがだわ。この練度……信じられない。ここで存分に、スポンジ生地と卵の気泡力の関係について、研究して頂戴」

「スポンジ沢山作れるなんて、夢みたいです〜。仕込みはもちろんですけど、試作も頑張らせてもらいますので〜」

「心強いぜ。俺もだいぶ『調合』が操作できるようになってきたからなあ。リュカが入ってくれたら、もし奥様が留守になっても、なんとかできそうだ」


 頼もしくそう言ってくれたのはエミールだ。特訓によってかなり練度が上がってきたので、タルト生地の仕込みは現在彼に任せている。リュカには主に、スポンジ生地の仕込みやカスタードを炊く作業を手伝ってもらって、分業すれば良いだろう。

 

 ちなみにこの職場においてのローカルルールとして、『この場では身分に貴賎なし』を掲げることにした。相手が貴族だろうが基本的に様付けせず、フランクに話すというルールにしたのだ。それを良しとする者しか、雇い入れない予定である。身分の違いに臆さず、意見を気軽に出し合える、風通しの良い職場にしたい。

 まあ、エミールやローザの『奥様』呼びは、今更直せそうもないのだが。


「エミール、また奥様呼びに戻ってるわよ……。でも確かに、この体制なら私が抜けても安心ね。って言っても、私も長期間出かける予定なんて無いんだけどね?」

「あれ?社交シーズン終わったのに、旦那様と出かけたりしないんですか?」

「旦那様と、旅行とか……行かないんですか…………?」


 旅行。

 アデルは、目をぱちくりさせた。考えたこともなかった。


「うちの旦那様は騎士だからね。年中忙しいから、そんなの無理よ」

「そうなんですね。奥様、寂しくないんです?」

「労働で忙しいから平気よ。ほらほら、春はイチゴの季節なんだから、ケーキ屋は繁忙期よ。今日もたっぷり仕込んでいきましょう!」


 アデルは皆を仕事に戻らせた。パティスリーアデルはいま、イチゴフェア真っ盛りなのである。

 ちなみに春の季節限定ケーキは、イチゴのフレジエ。柔らかなスポンジの上にぎっしりイチゴを並べ、たっぷりのバタークリームをサンドした贅沢なケーキである。上面は濃厚なイチゴソースが塗られていて艶々しており、見た目も華やかなので大人気だ。遊んでいる暇なんてない。


「そういえば、さっき不思議なことがあったんですよ!!」


 作業を横で眺めていたモニカが、元気に声をかけてきた。


「不思議なこと?」

「私って、魔法を使ってる人が色付いて見えるじゃないですか〜」

「モニカの固有魔法は『魔力視』だもんね」


 私は頷いた。魔法を使っている人の魔力が色付いて見えると言う魔法だ。色によって、使っている魔法の種類がわかったりもするらしい。


「普通、人に色がついて見えるんですけど。さっきお店の裏の、何もないところに色がついて見えて〜」

「何もないところ……?」

「そうなんですよ!!で、見間違いかなあと思って目を擦ってみたら、消えちゃったんですよね〜」


 アデルはじっと思案した。それからモニカに尋ねる。


「ちなみに、どんな魔法の色だったの?」

「盗み聞きとか、そういう種類のです。だから人だったら、とっちめてたんですけどね!!」

「お化けですかね〜?」

「モニカ、疲れ目じゃない…………?」

「最近制服のデザイン、頑張ってたからなあ。ちょっと休め?」


 エミールはモニカのそばに行って、その頭をポンポンと撫でた。するとモニカのほっぺたがあっという間に赤くなる。おやおやとアデルは思った。二人は五つくらい歳の差があるが、どうやらモニカはエミールに片思いしているようなのだ。


「疲れ目じゃないです!!本当に色がついて見えたんだもん!!」

「はいはい」

「モニカ」


 アデルは真剣な調子で、モニカに声をかけた。これは警戒した方が良いと判断したのだ。


「はい!」

「……人が透明になってる可能性もあるわ。私はつい最近、そういうのを見たことがあるのよ」

「ええ!?」


 皆はわっと驚いた。大舞踏会のあの事件は、高位貴族の間では有名だ。けれど一応緘口令が敷かれたため、外部にはそこまで広まっていない。


「それって、すごい高度な魔法なんじゃ…………!?」

「そうよ。だからまたそういうのを見かけたら、すぐに教えてくれる?皆も、何か怪しいものを見かけたらすぐに教えて頂戴」

「はい!!」


 アデルはため息をついた。もしも本当なら、多分狙われているのは自分だろう。見間違いで済むと良いのだが。



 その夜すぐにユリウスにことの次第を話すと、彼も厳しい顔をしていた。


「アデル、必ずリナから離れないようにしてくれ」

「ええ」

「お店に見張りの騎士を付けられないか、上に掛け合ってみるよ」

「ありがとう……」


 ユリウスはアデルの頬をするりと撫でてから、言った。


「必ず守るから、大丈夫」

「うん……」


 アデルはその晩も、ユリウスにしっかり抱き締めてもらって寝た。そうすれば何もかもから守られているような気がして、安心できるのだった。

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