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2-12 シナリオへの対抗

 大舞踏会の襲撃事件は大変なものだったが、結果として死者は出なかった。

 アレックスは一度即死したが、すぐに蘇生された。その場に居合わせたエリーゼが、『ラストヒール』の魔法を使ったからだ。これでエリーゼの寿命がどのくらい縮んだのか、アデルにはわからない。だが彼女に、迷いは一切なかった。

 一度死んだアレックスは体にかかった負担が大きかったらしく、蘇生した後すぐに気絶してしまい、三日ほどこんこんと眠り込んだ。けれどやっと昨日、目を覚ましたところらしい。

 貴族たちには怪我人も多数いたが、その多くが軽傷だった。騎士たちが身体を張って守ったお陰である。そして怪我のひどいものから順に、治癒系の魔法を使える者が治していった。


 犯人の魔法使い集団の中には、国立魔法研究所の研究員もいた。これが今、貴族の間では大問題になっている。派閥間の緊張は、最大限に高まっていると言えよう。

 それと。騎士団は、あの『透明化』の大魔法陣の出所を、必死に探っている様子だ。


 

 しかし。アデルにはそれよりも何よりも――――気に掛かっていることがあった。

 だって、今回の事件はあまりにも、『ゲーム』の『シナリオ』に酷似していたからだ。


 

 国立魔法研究所の研究員を中心とした、魔法使い数名による『第一王子襲撃事件』。これは、『ゲーム』のイベントなのである。

 

 このイベントでは、第一王子はユリウスに守られるが、人質を取られてアレックスが狙撃されるのだ。『ゲーム』では、ヒロインのパラメータが足りないとアレックスを蘇生できず、死亡させてしまう。


 アデルは、ぞくりとした悪寒を感じた。

 だって――――『シナリオ』が始まるには、まだ早すぎる。来年にヒロインがやって来て初めて、物語が始まるはずなのだ。

 来年起こるはずの出来事が、綺麗になぞられて、早まって起こった。

 つまり……誰か、アデルの他に、シナリオを知っている人物がいるということだ。しかもその人物が今、この国の運命を操ろうとしている。


 アデルは思った。

 自分は、ユリウスを守りたい。

 敵に、対抗する必要がある。そのためには、こちら側にもシナリオを知る人物が必要になる。――――すなわち、アデルが自分の秘密を公にする必要があるということだ。

 

 この秘密を告白してしまうのは、本当は怖い。ユリウスに打ち上げれば、まず第一王子クロードに話が上がるだろう。賢いが狡猾な面をも持つ彼に、一体どんな風に利用されるかわからない。

 

 でも、アデルはこれ以上、『ゲーム』のことを黙っていることはできないと思った。

 だって自分は――――ユリウスの、妻なのだから。



 ♦︎♢♦︎

 

 

「アデル、起きていたのか?寝ていて良いと言ったのに」


 アデルが玄関先まで出迎えに行くと、ユリウスは驚いた声を出した。今、時計の針は十二時を回っている。

 あのような大事件があった後なのだ。騎士団の面目は、今や丸潰れの状態。ユリウスは毎日事後処理に追われ、残業しているのである。


「ちょっと、話があって。遅くで悪いんだけど、聞いてくれる?」

「それは、勿論。先に軽く湯を浴びてくるから、寝室で待っていて」


 ユリウスは思案げにアデルの頬を撫で、湯浴みに行った。あの事件がトラウマになっているのではと、アデルの心の状態を案じているようだ。何かにつけ、気遣って接してくれていた。



「お待たせ」

「ごめんね、疲れているのに」

「それは構わない」


 アデルは寝室のテーブルにお茶の用意をさせて、ユリウスを待っていた。湯浴みを終えた彼が来たのを確認して、ティーポットからカップにお茶を注ぐ。ユリウスの好みは、角砂糖ひとつにミルクを少しだ。そんなことももう、すっかり覚えてしまっている。


「単刀直入に言うわ。話っていうのはね……私が稀人(まれびと)――転生者であることに関わる話なの」

「!」


 座ってカップを手に取ったユリウスは、その動きをピタリと停止させた。


「あのね。私は多分、転生者の中でも特別なの。信じられないかもしれないけど…………私は前世の時から、()()()()()()()()()()

「この、世界を?」

「ユリウスのことも、知っていたの」

「どうやって……?」


 アデルは順番に、説明していった。『ゲーム』という、動く絵物語の存在。その物語を通して、この世界を知っていたこと。ゲームの時間軸は来年からスタートし、救国の聖女と呼ばれる『ヒロイン』を中心に話が進んでいったということ。ヒロインの恋の相手として、王子達やユリウスが登場していたのだということも。


「ここに、証拠になるであろう私の知識を記しておいたわ。私が知るはずのない、ゲームの登場人物達の詳細情報。王子二人をはじめとする数人の、固有魔法の詳細まで」


 アデルはスッと、一枚の封筒を出した。上質な紙を選んで、あらかじめまとめておいた物である。

 

「こんなものなくても、俺は君の言うことを信じるよ」

「じゃあ、これは……第一王子、クロード殿下に証明するために使って頂戴。私の前世の知識が正しいことを、証明するために」

「殿下に?――――伝えて、良いのか?」

「伝えるしかないわ。ユリウス、あのね……」


 アデルは居住まいを正して、今一度ユリウスに向かい合った。


「ゲームの物語には、今回の事件もあったの。あまりにも似通っているわ」

「……どこまで、同じだったんだ?」

「国立魔法研究所の研究員を中心とした、魔法使い数名による『第一王子襲撃事件』というシナリオだったの。クロード殿下はユリウスに守られるけど、人質を取られてアレックスが狙撃されるのよ」

「……それは。確かに、酷似、しすぎている……」

「そうよ。おそらく敵方には――――私と同じように、『ゲーム』を知る人物がいる。今回の事件は、その人物によって誘発されたと私は考えている。その敵に対抗するには、私の知識が必要だと思ったの」

「それで……告白する決意を?」


 アデルはなるべく不敵に見えるように、微笑んでみせた。うまくできているだろうか。少し、手が震えている気がする。

 

「そうよ。私を利用して。ユリウス」


 ユリウスは溢れ出す何かを堪えるような、耐えるような表情をした後、アデルのことをぎゅっと抱き竦めた。彼の匂いに包まれて、アデルはホッと力が抜ける。


「君のことは守る。以前に約束した通り」

「ありがとう」


 アデルは、ユリウスの大きな背に震える手を伸ばした。


 

 ♦︎♢♦︎


 

 翌日、ユリウスは第一王子クロードにこのことを伝えていた。人払いをした後に遮音の魔道具を使用し、念には念を入れた。

 アデルが用意した、『ゲーム』の情報の綴られた紙を見て、クロードは驚きの声を上げた。


「秘匿としている僕の魔法の詳細だけでなく、ニコラや第二王子派閥の個人情報まで…………。しかも、正確極まりない…………。これは、信じざるを得ないな」

「信じていただけますか」

「ああ。それにね……『聖女』の力を持つとされる少女が、ちょうど発見されたばかりなんだよ……。彼女が、件の『ヒロイン』ということだろう?」

「……!」

「先の事件が何者かによって誘発されたという夫人の推察も、恐らく正しいだろう。黒幕の狙いは……『ヒロイン』不在の状況で、アレックスを殺すことだった。確実にこちらの戦力を削るために。そして死者を出すことで、派閥争いを激化させ、この国を真っ二つに割るために……。それにしても……君の奥方、アーデルハイトは、相当に頭がキレる人物のようだね」

「殿下の推察については、俺も同意見です。アデルの聡明さについても」


 それまで膝をついて頭を垂れていたユリウスだったが、不意に立ち上がった。そしてクロードを、その紅い双眸で射抜く。そこには、激情が込められていた。 

「殿下。もしもこの先、あなたがアデルを害することがあれば――――俺は、あなたから離れます」


 忠誠を誓っている相手に対し、これは背反の宣言に他ならない。ユリウスは、いかなる処罰も受ける心算(こころづもり)でいた。だがどうしても、これだけは譲れなかったのだ。


「……君は。僕に誓った忠誠を、違えると言うのか?」

「場合に、よっては」


 クロードは幼馴染としての軽い口調でユリウスに話しかけ、からりと笑った。この堅物がそうするというのであれば、本当にそうなのだろう。これはどうしようもないなとクロードは思い、ため息をついた。

 

「はあ……仕方がないね。ユリウス、乳兄弟のよしみで、今の言葉は不問にする。むしろ、僕に有益な情報をもたらしてくれるアーデルハイト夫人のことは、積極的に保護すると約束しよう。王子としての矜持を掛けても良いよ」

「……わかりました」


 しぶしぶ頷くユリウスの様子に、またクロードは苦笑した。クロードは自分でも狡猾な面があると自覚しているが、人情が全くないわけではない。数少ない友人のことは大切にするし、尊重もする。もう少しくらい、信じて欲しいものだ。

 

「大丈夫だよ。ね……だから、まだ僕に忠誠を誓っていてくれるかい、ユリウス?」

「はい」


 ユリウスはようやく納得したようで、膝をついて騎士の礼を取った。それからクロードは顎に手を当てて、思案する体勢を取る。

 

「しかし……事態は、緊急を要するね。死人がでなかったことは行幸だが……血が流れたお陰で、一気に派閥争いの緊張感が高まった」

「そうですね……次に何が起こるか、正直予測できません。第一王子派閥の中でも、不穏な動きがあります」

「そりゃあ人間は、やられたらやり返そうってなるよね。きっと僕が止めても、その流れは抑えられないだろう……。仕方がない。根本的解決に移ろうか」

「根本的解決……?」


 気楽な口調で言うクロード。ユリウスは解決策に全く心当たりがなく、首を傾げた。

 ――この難しい国内状況を、根本的に解決する?そんな方法が、あるのだろうか?


「国内はもう手詰まりだ。僕は、国外に後ろ盾を得ることに決めたよ」

「!それは…………しかし、そんなことが?」

「うん、国内の有力候補もあって迷っていたんだけれどね、もう決めた。……隣国ファレールの姫と、政略結婚をするよ」

「そんな話が、出ていたんですか!?」


 寝耳に水の話にユリウスが驚くと、クロードは悪戯っぽく片目を瞑って見せた。

 

「王妃にバレないよう、秘密裏に進めていたんだよ?そりゃあもう、大変だったんだから。まだまだ時間をかけるつもりだったけど、計画を無理やり早めるしかないだろう」

「そうですね……猶予はほぼないと言っていい」

「『シナリオ』通りに行けば、僕は『ヒロイン』への恋に、狂ってしまうらしいじゃないか。そうなる前に、姫と婚約を結んでしまおう。ここは一気に話を進めるよ」


 クロードは微笑んだ。すっかり元通り、いつもの完全無欠な笑みだ。まるで、彼の敵は何もいないみたいな――挑戦的な笑み。

 

 

「何、用意された筋書きがあるなら、こちらから壊してしまえば良いだけのこと。…………違うかい?』

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