2-10 大舞踏会襲撃事件
舞踏会も後半の時間となった。王と王妃、それから第二王子は、いつの間にか中座した様子で、姿が見えなかった。第一皇子クロードは、向こうで令嬢のダンスに付き合っている。
アデルは向こうからやって来る挨拶には応えながら、ひたすら待機場所を守り、ずっと義両親と一緒にいた。だって自分には、これしかできないのだ。
次々と舞い込むダンスの誘いを、「夫が酷く嫉妬するので」の一点張りで断り続けた。ユリウスに申し訳ない。こんなことになるのであれば、昔のように目立たない格好で居た方が楽だったかもしれない。
会場では、エリーゼも会いに来てくれた。彼女はアデルが以前着ていたみたいな、ノンスリーブドレスを身に纏っていた。薄紫なのだが、角度によっては水色に見える生地だった。彼女は「アデルのお陰で流行ってるのよ、この偏光生地」と言っていた。
公爵家の影響力ってすごいね、いやアデルが綺麗だったからよ、いやいや、などと会話して過ごした。
――なんだか。別に何も、起こらない。
このまま何事もなく、終わるのかも。
そう思った矢先に、突然ことは起こった。
「キャーーーーッ!!」
「何事だ!?」
目深にローブを羽織った数名の魔法使いが、特大ホールの数箇所に、突如姿を表したのだ。全員杖を構えている。
理解がまるで追いつかない。こんな。こんな魔法は知らない。集団を透明化させた?――わからない。
足元が光っている。慌てて下を見る。舞踏会場の床全体に、透明なインクで魔法陣が描かれていたらしい。後から浮かび上がったのだ。見たこともない、大規模な魔法陣だ。
バン!バン!!ガシャン!!!
魔法使いの集団は爆発を連発した。目眩ししながら、一気に第一王子クロードに接近する。
貴族らの甲高い悲鳴が次々に上がる。騎士たちが移動して『バリア』や『無効化』を使う。だが会場は大パニックだ。
ドン!ドン!!ドン!!!
狙撃のような魔法が数発放たれた。
しかし弾丸を、剣で叩き落とした者がいた。転移で王子クロードの前に出現した、ユリウスだ。
――――ユリウス!!
アデルがそう思った瞬間、魔法使い数名が突如向きを変えた。こちらに向かって来る。速い。恐怖で思わず目を瞑る。
でも。座標は絶対に移動しない――――それだけを守った。
ガキィン!
大きな音がした。目を開ける。目の前でユリウスが刃を受け止めていた。
次いで義父と義母が、犯人をあっという間に羽交い締めにする。
狙われたのは自分だったらしい。一気に肝が冷える。
「下衆が!殿下の次は公爵夫人を、人質に狙うと思っていた!」
ユリウスは叫んだ。
先ほどまでユリウスのいた位置を見る。第一王子クロードは無事に逃げたらしい。姿を消していた。
剣戟で生じた一瞬の隙に、魔法使いが次々と捕らえられていく。
ユリウスは数名を瞬く間に捩じ伏せたようだが、瞬時にアデルの元に戻って守りを固めていた。
あと残るは一人だけだ。
しかし最後の一人が、呪文を唱えた。
「【野獣化】」
瞬く間に巨大化し、獣になる。近くにいた令嬢の一人が、あっという間に人質に取られた。
「動くな!!」
犯人は叫んだ。
だが即座に接敵する者がいた。アレックスだ。
大きくジャンプして、剣の柄で渾身の一撃を放った。気絶した相手から令嬢を助け出す。
ドン!!!
また狙撃の音がした。
拘束の甘かった一人が魔法を使ったらしい。杖を高く掲げている。
慌てて辺りを見る。
「ああ……!!」
令嬢を庇ったアレックスの胸に、大きなガラス片が刺さっていた。心臓付近に刺さったそれからは、血が噴き出していた。
「アレックス!!」
ユリウスが叫ぶ。
「滅茶苦茶にしてやる!!」
がむしゃらになった魔法使いは四方八方に、ガラス片を滅多撃ちした。今度こそもうダメだ。ユリウスの影に隠れる。
カカカカンッ!!!
しかし。その狙撃は全て――――大きな丸い影に、阻まれた。
狙撃を阻んだ物の正体は。
浮いた……お盆、だった。
気づくと横に、リナが立っていたのだ。彼女が浮遊魔法を使ったらしい。
「リナ!」
「来ました!!」
リナはすぐさま、ガラス片を魔法使いの腕に打ち込んだ。
「ああああ゛あ゛!!!!」
魔法使いは杖を取り落とす。すぐに、近くにいた騎士に取り押さえられた。今度こそ完全に封じられたはずだ。
「アレックス……!」
「ユリウス!行って!!」
「だが!」
「私はもう大丈夫だから!!」
アデルが叫んで、ユリウスが消える。彼はきちんとアデルを守ってくれた。それに今、ここはリナが守ってくれている。
辺りを見回すと、皆騒然としていた。そこらじゅう怪我人だらけだ。
叫び続けている者。泣いている者。立ち竦む者。様々だった。
舞踏会は、もう、滅茶苦茶だった。




