1-1 契約の結婚式
――どうしてこうなった。
「新郎、ユリウス・ローゼンシュタイン。あなたはここにいるアーデルハイト・オットーを妻とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しい時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを、誓いますか?」
アーデルハイトことアデルの目の前に立つのは――新郎のユリウス・ローゼンシュタイン。まごうことなき――『私』の前世の『推しキャラ』である。
白いタキシードに身を包んだその姿は、まるで神が丹念に造り上げたのかと思うほど、完璧で美麗だ。ぬばたまの黒髪は襟足まで伸ばされ、長めの前髪がその眼差しに影を作っている。切長の瞳は、まるで本物の宝石のルビーのように、濡れて輝く紅い色。目元には泣きぼくろがあり、それがアクセントとなって壮絶な色気を醸し出している。その背はゆうに百八十センチ以上あって、しなやかな筋肉のついた騎士らしい体躯は、姿勢良くすらりと伸びていた。
この人が――今から私の夫となるのだ。
信じられない思いで、アデルは目の前のユリウスをまじまじと見つめる。
「はい、誓います」
静かに答えるその声まで、極上に良い。心地よく響く、涼やかなテノールの声。前世でもアデルは彼の声が大好きだったので、今まさに、その生の声を聞きながら、改めて震え上がってしまう。
「新婦、アーデルハイト・オットー」
そうこうしているうちに、アデルの番が来てしまった。しまった、公爵夫人になる人物として相応しくあるように、しっかりしなければ。
「あなたはここにいるユリウス・ローゼンシュタインを夫とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しい時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを、誓いますか?」
「…………はい、誓います」
震える声で何とか答える。
これで、結婚は成立してしまった……。
周囲はこの結婚を恋愛結婚と認識しているが、そこに微塵も愛はない。あるのは、ビジネスライクなお互いの利益だけなのである。
アデルは、洋菓子店を開くと言う自分の夢を叶えるため、そして、変態との望まない結婚を避けるため。
夫となるユリウスは、うんざりする沢山の見合い話や、群がってくる女性たちから逃れるため。
いわばこれは、ウィンウィンの関係だ。
そして、この嘘の結婚は最初から『白い結婚』にすると決めている。
いわゆる――『契約結婚』なのである。
麗しいユリウスの美しい瞳が、アデルをじっと見つめている。この結婚は嘘なのに――アデルの心臓は、嫌がおうにもドキドキと高鳴ってしまった。
もう一度、繰り返す。
――どうして、こうなった。