に〜ねこのけ〜ゃー
猫田猫丸というこれ以上ない猫っぽい名前の男が私の前に現れたのは彼が高1。私が大学4年の時であった。
「ヒロノブさん。お約束どおり転生してまいりました。ポテトです。やっとお会いできましたね」
彼は私が幼少期に飼っていた猫『ポテト』の生まれ変わりだと言った。
彼は私しか知らないポテトとの出会いから別れまで詳しく説明してきたので信じざる得なかった。
確かに私はポテトに「もしどこかで死んじゃったら人間に生まれ変わってお友達になってね」と言ったがまさか本当に転生してくるとは。
じゃがいもの色によく似た毛並みをしていたポテト。
じゃがいもみたいな髪色の猫田。
「では友達になりましょう」
私は猫田と友達になった。
猫田はあまり頭の良い男では無かったが、元は猫なので人からは抜群に好かれた。
私が実家の酒造を継いで田舎に戻ったら彼は実家の近くの農大に進学した。
多くの彼の友がそれを寂しがった。
「じゃがいもが好きなので新種のじゃがいもを作ります」
「ほほう」
彼は大学でもとても好かれた。
教授連中達はみんな彼の応援をしたらしい。
その甲斐があって彼はわずか4年で新種のじゃがいもを作り出し「ヒロノブ」と名付けた。
自分の名前にしろと周りにいくら言われても彼は譲らなかった。
その後、彼は大学を卒業して1年ほどポーランドに留学をした。
「ポーランドのじゃがいもを研究してきます」
と彼は言ったがポーランドはじゃがいもが有名なのだろうか?
よくわからぬ。
この頃の私は大手メーカーの大量生産の安酒に売り上げで負け、1日に何度も「悔しいな」と呟く毎日を送っていた。
名門の酒造ならともかく、家のような無名のくせにやたらこだわりが強く、平均よりお高い酒はあまり売れぬ。
ふるーくからの常連さん。いや。常連様が仕入れてれるので食べてはいけるが未来が心配だ。
失礼な話だが常連様が亡くなったら次の世代の人たちは家の酒を買ってくれるだろうかと考えると不安で震えた。
人手は足りないが金はないところに猫田がポーランドから帰ってきた。
「やあやあ。美味しいお酒を作りましょう」
猫田が仲間になった。
彼はやはりポーランドでも大人気でその道では中々有名になっていたのに安月給の家の酒造に杜氏として就職してくれた。
『彼の才能を潰すつもりか』と何やら肩書きの長い先生様がうちに来て長々怒られた事もあった。
「ヒロノブさんにはこっそり見せてあげましょう」
猫田が目の青い赤ん坊を連れてきた時は流石に少し驚いた。
そして落ち込んだ。
猫田は私と同じで子供などには無関心で一生独り身だと思い込んでいたからだ。
彼は猫がこっそり子猫を見せる様に私に赤ん坊をちらりと見せてそのまま帰宅した。
色々聞きたいことはあったが、彼も私も今は一心不乱に頑張るしかない。
「じゃがいもの焼酎を作りましょう」
彼がそう言うので「じゃがいも 焼酎」で検索したら一番上に「マズい」。
2番目に「臭い」と出てきたので私は反対したが彼は折れなかった。
試しに作った物は臭いというより「クッセェ」だった。
クッソクッセが強い。
これは売れんだろう。
「ここでヒロノブの出番ですよ」
私は麹かとツッコミたくなったが、このヒロノブはじゃがいもの方のヒロノブだ。
「おや?」
完成したものは臭くなかった。
ポップコーンのようなススキのようなスイカの皮のような不思議で懐かしい香り。
「やりましたね『ねこのけ』の完成です」
勝手に名付けられてしまった。
たしかにこの焼酎は幼い頃に嗅いだポテトの毛の匂い。
『猫の毛』に似ていなくはない。
みな様もご存知。スーパーでもコンビニでも売っている『じゃがいも焼酎ねこのけ』はここから産まれたのだ。
「彼女と娘をよろしくお願いします」
私と二人で静かに飲んでいる時に猫田はそう言い、次の日には行方不明になった。
初めて会う彼の彼女から彼はもう医者からも見放された治らない病気だと伝えられた。
「全身が痛かったろうにね」
猫田は私の前ではそんな素振りは見せなかった。
その時に私はポテトとの別れを思い出した。
ポテトもまた治らない病気だと医者に言われ、全身の痛みに耐えて私の前から消えた。
(痛さで暴れてヒロノブさんを引っ掻きたく無かったので消えたのです)
猫田と初めて会った時に教えてもらった話だ。
(猫は大好きな人に見られないように遠くで死ぬのですよ)
猫田はどこかで私の知らない場所で死ぬんだろうと確信した。
「おい。また生まれ変わったら友達になろうな」
娘の二十歳の誕生日。
私は特別な1本を空けた。
娘が成人したら一緒にこれを飲むと決めていた。
この日は妻も一緒に飲んでくれる。
嬉しいなぁ。
猫田の遺影の前にもぐい呑みを置いて酒を注いだ。
「二十歳おめでとう」
「おめでとう」
「お父さん。お母さんのおかげです。フフフッ」
私の娘だけあってコップ一杯の焼酎を二口でグィと飲みきった。
まさか未成年の時から飲んでたわけではないよな?
「これがねこのけ?」
「それはね。君のお父さんであり私の友人だ」
「はいぃ?」
「15年寝かせたねこのけを『ポテト』って呼ぶんだよ」
猫田がいなくなって最初に作ったじゃがいも焼酎だ。
初めてのポテトは今日空けると決めていた。
「……私のお父さんはポテトかぁ」
「そして今日からお前の友になる。酒は人生の友達だよ」
1杯目からもう来年、再来年のポテトが楽しみで仕方がなかった。