第92話 嬉し恥ずかし入学式
第92話 嬉し恥ずかし入学式
そして時は巡り入学式当日。
三浦たちは朝早くから音楽室に集まっていた。
「え~と、ビラ配りは南川先輩と沢木先輩と辻本先輩・・・なんですね・・・」
大倉の手には多数のビラがあった。勿論、そのビラは新入生たちに配るクラブ勧誘用のビラ。
誰が作ったかは不明であるが、『来たれ、吹奏楽部』と書かれたビラの絵には、何故か男女が空に向かって指を指している。どう見ても『自衛隊』の勧誘チラシにしか見えない。
そしてビラを配るのは、今高高校吹奏楽部が誇る『歩く摩天楼』の3人組である。平均身長185cmという新入生を威圧するこの取り合わせ・・・どう考えてもミスキャストなのであるが、彼らはやる気満々である。
「看板は?」
「ありません!」
「きぐるみは?」
「ありません!」
「せめて女装を・・・」
「「するな!!」」
「「「え~インパクトないやん!!」」」
「「インパクト与えてどうする!!」」
とまぁ、多少(?)すったもんだがあったが、普通の格好でビラを配るということで落ち着いた。
そして時間は9時となり、校門へ向けて彼らは移動するのであった。
「野郎共!楽器を運べ!!」
「サー・イェッサー!!」
新楽器部々長の鈴木の掛け声と共に男共が動き出す。平田・島岡の様な歴代の部長と比べるといささか迫力が無いが、中々良い指揮ぶりである。
「しかし、ええ天気やな~」
「まぁな~晴れてよかったで~」
三浦と小路の二人はベードラを運びながら呑気に言い合う。本当に今日は良い天気だ。もし、雨が降ったら彼らは狭い渡り廊下に並んで演奏しなければならないからだ。それだけはごめん被りたい。
そんな感じで楽器を運び終えると彼らは合奏の隊形となる。さすがにまだこの時期は新3年生の引退者はおらず、中々の人数だ。
しかし、ユーフォニウムの席には誰も居なかった。そう、チューバの寺嶋が卒業した為、急遽坂上がチューバを持っているのである。近藤も指揮を振る為に指揮台の上。一応、ユーフォニウムの譜面は中嶋が担当することになっている。この辺りの中低音不足は今後の課題かもしれない。
「ん~ありゃ新入生かな?」
地下鉄の駅方面を見張っていた沢木が南川に言う。ちなみに、私鉄の駅方面は辻本が見張っている。
「だな、胸の校章が1年やな。」
南川はそう言った。しかし、彼らからその生徒まで距離として100mも離れている。たいした視力である。
そして南川は近藤に対して手を降る。それを受け取った近藤は指揮棒を構え、演奏を始めたのである。
長いロングへアーを一つにまとめた少女が地下鉄の階段を上がっていく。鼻筋の通ったその整った容姿は『美少女』と言って差し支えない。彼女の名前は『田川 明子』。
そしてその横には田川より少し高い位の身長で、髪はポニーテールで纏めている少女が居た。その髪型のせいかちょっと活発な印象を与える。田川と対照的に幼く可愛らしい子だ。彼女の名は『黒松 小百合』。
二人ともこの春、今高高等学校に入学した新入生である。
「ねぇねぇ、明ちゃん。部活何にする~」
黒松は舌っ足らずであるが結構早い口調で田川に言った。
それに対して田川は落ち着いた口調で答えた。
「そうねぇ・・・やっぱり音楽系の部活かな?小百合はどうする?」
「へっへ~実は・・・」
「実は・・・?」
「まだ考えてなかったり・・・」
「・・・もう、先に自分で考えてから聞いてよね。」
「だって『隣の芝は青い』って言うじゃない?」
「言うけど・・・それ使い方間違ってるし・・・」
「そ、そうかな?」
「というか、よくそれで今高受かったわね・・・」
「そこはマジック使ったし。」
「マジック?まさか・・・」
「いやだ~不正じゃないよ~。定員割れだったじゃん。」
「あ~そういえばそうだったわよね。」
当時、今高高校は女子の定員割れが良く起こっていた。旧制中学時代は男子校だったのでその影響が今でも続いているのである。これより上位の天王寺や住吉では余り起こらないのであるが・・・ちなみに、女子の倍率が一番高い公立高校は阿倍野高校である。この学校も元々女子高だった事もあり、この様な倍率となっている。更に言うと、毎年のコンクールで唯一公立高校で地区予選代表となっている学校でもある。
「それで、音楽系って何部入るの?中学では何もしなかったじゃない。」
「そうね・・・軽音か吹奏楽かな?合唱もいいわね。」
「あ~そうか、明ちゃんピアノやってたもんね。」
「うん、せっかくだから高校生活くらい部活したいじゃない。小百合も一緒にしない?」
「う~ん・・・私、今まで楽器したことないし・・・大丈夫かな?」
「大丈夫よ。誰でも始めは初心者だし。」
「う~ん、そうなるとカッコイイ楽器したいな~ギターとかドラムとか。」
「それだと軽音になるわね。私はキーボードかな?」
二人はそう言いながら校門に近づく。すると校門から勇ましいマーチの曲が聞こえた。
「あっ、早速吹奏楽部が演奏してるわね。」
「ほんとだ~この曲知ってる・・・けど、曲名が分からない・・・」
「『ワシントン・ポスト』ね、これ。」
「へ~明ちゃん詳しいんだ。」
「まぁ、ちょっとはね。」
そして二人は更に校門へ近づく。そこには数多くの生徒たちが居た。学生服や剣道着、柔道着の生徒もいる。
「これ・・・全員、クラブ勧誘の人?」
「そ・・・そうみたいね。」
二人は唖然として見ていると、次々に各クラブの部員たちがビラを渡してくる。ほとんど強制的にだ。一気に二人の手元にはクラブ勧誘のビラの束が出来る。
するとそこへ背の高い人物が綺麗なステップを踏み踊りながら現れた。
「吹奏楽部で~す。よろしく~」
その人物は爽やかな笑顔を二人に撒き散らしながらビラを彼女らに渡すと、他の新入生に対しても次々と同じようにビラを配っていった。
その様子に二人は・・・
「で、でかかったわね、今の人・・・」
「でも・・・カッコイイ!!明きちゃん、私吹奏楽部に入るわ!!」
「決めるの早っ!!というより、クラブ見学してから決めましょうよ。」
「え~めんどく~さ~い~」
二人はそんな事を言いながら校門をくぐる。そこには吹奏楽部が隊形を組んで演奏していた。それに目をつけた田川は黒松に言った。
「と、とりあえず、演奏聴いてみない?それからでも・・・」
しかし黒松は・・・
「あっ、トランペットカッコイイ!!あれは・・・サックスかな?キラキラしてて綺麗~何あれ、管が前後しておもしろ~い」
「もう、小百合ったら・・・」
田川はちょっと笑いながら、ひたすらはしゃぐ小百合を横目で見てその演奏を聴いていた。
(吹奏楽部もいいかもね・・・あっ、これ・・・いい和音。)
田川はそう思いながらリズム打ちでありながら綺麗な和音のする楽器へ目が向いた。そこには、三浦たちが吹いているホルンがあった。
(あれは確か・・・ホルンだったわよね。へ~こんな音色なんだ・・・)
田川はそんなことを思いつつ、暫く吹奏楽が奏でるマーチを聞いていたのであった。
新たな新入生の登場です。そして『SAKURA WINDS』から先斗のお母さん小百合の登場でもあります。
さてさて、彼女たちは彼女たちなりに吹奏楽部に興味を持ちましたが、どうなることやら・・・