第90話 また、会う日まで・・・
第90話 また、会う日まで・・・
『追い出し会』。それは今高高校のクラブの中でもこの吹奏楽部のみある行事である。3年生はこの会を通して本当に引退する。そして、2年生は1年間続いた役職を解かれ、1年生たちに引き継ぐ・・・ぶっちゃけ、最後に騒ぎたいだけなのであるが・・・
「三浦~ほれ、これ。」
小路が色紙を持って三浦に渡す。3年生たちに渡す寄せ書きなのであるが、何枚書いたか分からない。しかし、どうやらこれが最後のようである。
そこには中央に『島岡先輩へ』と書かれている。
(ほんま、こんなん見たら実感沸くな・・・)
三浦はそう思うとみんながどんな言葉を書いているか見てみた。
『向こうでも頑張れ!!』『目指せ、プロ。』等、励ましの言葉が目立つ。
しかし、三浦は違う言葉を書いた。
『またみんなで演奏しましょう。』
ただこれだけである。
「では、これより『追い出し会』を始めます。」
朝倉の言葉で始まった。
実は、『合同』が終わった時点で、2年生たちから1年生へ役職が移っているのだ。勿論、この『追い出し会』の運営も彼ら1年生だけでやっている。
音楽室には全学年の部員たちで溢れている。一人を除いて・・・そう、島岡だけはまだ来ていないのだ。
(もう、こんな大事な日にあの人は何やってるんや・・・)
三浦は心の中でそう毒づくと、それに答えてか階段からスリッパの『ぺッタンぺッタン』という音が聞こえる。
「すまんすまん、遅れてもうて。」
島岡である。
「遅い~」
「あほか~」
「かえれ~」
ここぞとばかりに罵声が飛ぶ。だが、皆は笑っていた。こんな罵声など挨拶代わりである。
しかし、三浦はふと気付いた。島岡の後ろに人が居ることを・・・
「まぁ、あれや。遅れた代わりに・・・俺からプレゼントや、受け取ってくれ。Hey!Come On!」
島岡は後ろを向いて言うと彼の後ろから4人の男たちが現れた。
「が、外人や~」
柏原は思わず大声で叫ぶ。皆も驚いたのであろう。周りはガヤガヤと騒然となる。
しかし、彼らは手に楽器を持っていた。トランペット・トロンボーン・チューバと・・・
そして、島岡はひょろりと背の高い男からホルンを受け取ると、5人は音楽室の入り口でアンサンブルの体勢を取る。金管五重奏である。
そして彼らは奏でた。そう、あの有名なモーツァルトの『ホルン協奏曲第1番』を・・・
島岡を除く4人が前奏を吹く。そのレベルはプロ級である。三浦は今まで聞いたことが無い素晴らしいハーモニーを聞いて、その前奏だけで鳥肌が立つ。
そして、島岡がソロを奏でる。その深くかつ澄み切った音は今まで以上に美しかった。まさに100%全快の島岡の演奏だ。伴奏により、さらにその美しさが際立つ。皆はその演奏をうっとりと聴き惚れ、しばし時間が止まったのであった・・・
「え~と、こいつが『ローレンツ』。向こうで一緒の部屋に住むルームメイトや。」
島岡は先ほどの背が高い男を紹介する。
「ハジメマシテ、ミナサン。『ローレンツ・ブラントミュラー』トイイマス。ユウ!コイツイワナイデクダサイ。」
「「日本語上手!!」」
ちょっと硬さがあるが、会話にはまったく問題の無い日本語でブラントミュラーが自己紹介をすると、皆は目を丸くして驚く。
「あ~ローレンツは俺のドイツ語の先生やねん。英語も教えてもらったんや。ちゅか、こいつ大概の言語しゃべれるで。」
島岡の言葉に三浦はふとあることを思い出した。そう、夏休みの『宿題テスト』の英語の成績だ。(第46話 さぁ新学期参照)そして、島岡の必要に迫られたら発揮するもの凄い集中力。思わず納得する。
「あとは、もう一人のラッパが『フィリップ』、ボーンが『ユベール』、そしてチューバが『アンゼルム』や。」
島岡は残る3人を紹介する。どうも3人は日本語がしゃべれないらしく、軽く会釈するだけだが、顔は満面の笑みだ。
その様子に朝倉は一つの提案をする。
「もしよかったら、一緒に合奏しませんか?つたない演奏ですが・・・」
その朝倉の言葉をブラントミュラーが3人に通訳する。そして・・・
「イイデスヨ。ゼヒシマショウ。」
ブラントミュラーが笑顔でそう言うと朝倉は「良かった・・・」と呟いた。本来ならもっと後での演奏予定だったのだが、繰り上げた。一気に皆が動き、合奏の隊形になる。3年生から1年生、そして4人の新たな仲間が椅子に座る。そして用意された曲は・・・『風紋』である。※1
指揮台には野田が立つ。久しぶりの指揮台であるが、このことは毎年のことである。自信に溢れた表情で指揮棒を構えた。
「三浦~」
島岡はホルンを構えながら三浦に言った。
「なんです?」
三浦も横目で見ながら返事をする。
「ええ選曲や。誰が考えた?」
すると、三浦はちょっと照れくさそうに答えた。
「僕です。」
「そうか~ありがとな、俺が初めて演奏した曲にしてくれて・・・」
島岡がそう言うと同時に野田の指揮が始まる。野田にとってもこの曲は、2年の時に散々指揮をした曲だ。慣れた手つきで指揮棒を振り始めたのであった・・・
その演奏は、身内の為だけの演奏なのだが、本当に素晴らしい演奏であった・・・
3月末日、大阪国際空港の出発ロビーに島岡の姿があった。勿論、そこには吹奏楽部の面々の姿もある。島岡の後ろには一緒に日本を経つブラントミュラーたちの姿がある。
「これで暫くお別れですね。」
三浦は精一杯の笑顔で言った。
「まぁな・・・せや、コンクール頑張れよ。聞きに戻ってくるからな。」
「え?本当ですか。でも、その頃は入学準備で忙しいじゃぁ・・・」
「ん~大丈夫やろ。何とかするわ。せやからええ演奏聴かせてくれよ。」
「は、はい!」
三浦は嬉しさの余り涙声になりながらも、元気な声で答えた。
そして島岡はもう一人の人物に声を掛けた。
「大倉~ちょっとこっちこい。」
「え?・・・な、何?」
島岡の呼び出しに大倉は驚く。二人はあの打ち上げの晩に色々話し合ったのであるが、結局喧嘩別れで終わっているのだ。大倉がここに居るのも義理でしかない。
少し離れたところで二人は話をする。
そして・・・大きな音が出発ロビーに響き渡った。大倉が島岡に思いっきりビンタをしたのだ。
皆は目を丸くして二人の様子を見る。
「もう、勝手なことばかり言って!!こうなったらあんたのところまで駆け上がってやるんだから!!そしたら・・・そしたら・・・もう一度あんたに恋してやるんだから!!」
大倉はそう宣言すると、走ってその場を離れる。目に涙を浮べて・・・
島岡は叩かれた頬を軽くさすると暫く大倉の走った方向を暫く見みる。そして、三浦たちの方に体を向けた。
「じゃぁそろそろ行くわ~、また、演奏しよや~」
島岡は大声でそういうと、彼らに背を向けて歩く。ローレンツたちも慌てて島岡を追う。
「デハミナサン、オゲンキデ。マタ、アイマショウ。」
ローレンツがそう言うと三浦たちは大声で島岡に伝えた。
「「また、一緒に演奏しようぜ!!」」
その声を聴いた島岡はそのまま右手にピースサインを作り、高々と上げたのであった。
そう、彼らには『さよなら』はない。『また、逢いましょう』だ。
三浦は島岡の姿が見えなくなるまでその姿を追ったのである。
そして思う。
今まで島岡が残してきた教えを実践し、そしてまだ見ぬ後輩たちに教えることを・・・
彼らの青春のページは、また一つ閉じられた。ちょっと切ない別れだが、明日からは新たなページの幕が開ける・・・
※1 『風紋』。1987年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲。作曲、保科洋。
島岡が日本を立ちました。しかし、明日からはまた新たな日々が始まります。
ここで、第4部『合同定期演奏会・・・そしてその先に・・・』の閉幕です。
次回からは、第5部『風雲!たけし・・・』じゃなくて、『風雲を告げるコンクール』編の始まりです。お楽しみに~




