第89話 合同定期演奏会・・・そしてその先に・・・
第89話 合同定期演奏会・・・そしてその先に・・・
割れんばかりの大きな拍手がホールを揺り動かす。多くの物がスタンディングオベーションをしている。
立石も、東も、三田嶋も、神崎も席を立っている。神埼に至っては感動しすぎで涙を流している位だ。
馬島が観客に向いてお辞儀をすると、さらに拍手は大きくなる。そして次第にその拍手は『アンコール』への拍手に変わる。
馬島がもう一度お辞儀をし、奏者たちの方に向くとその拍手は次第に収まる。『アンコール』が始まるからだ。
ティンパニーの力強い激しいリズムが始まる。そして木管による息も付かせぬタンギング。
『剣の舞』だ。かなり早い・・・※1
ホルンも素早いパッセージを演奏する。トロンボーンのグリッサンドがアクセントを添える。
(驚いたな。さっきの『展覧会の絵』を吹いた後に、この曲をアンコールに持ってくるとは・・・)
立石も思わず唖然とした。
しかし、奏者は皆笑っている。まるでいたずらが成功したかのように・・・ほとんど暴走気味だ。この早いテンポをさらにアチェレしているようにも感じる。
だが、崩壊はしない。皆一丸となって演奏をする。それほど彼らはテンションが上がっているのだ。
もう、馬島は指揮を一つ振りで振っている。というか、もうコントロールしていない。苦笑いだ。奏者たちに合わしているのである。
そのスピードのまま木管パートのレガートのところへ。これもまた早い。上手さや華麗さは無いが、勢いの付いた若さ溢れる演奏をしている。
そして金管パートがさらに拍車を掛ける。
(ま、まだスピードを上げるのか・・・)
立石も苦笑いだ。しかし、ここまでスピードが上がってまだ演奏が崩壊していないのは奇跡に近い。
そして、最後にシロフォンとピッコロによって狂喜の幕が降ろされた。
再び、大きな拍手。さすがにアンコールなのでスタンディングオベーションこそ無いものの、その拍手は大きかったのであった。
「さ、さすがにしんどいなあれは・・・なんで、あんな速さに・・・」
楽屋に戻った彼らは帰る準備をしていた。更科が思わず愚痴を言った。
「でも、いけたからええですやん。」
島岡は笑ってそれに答える。というか、笑う余裕があるのが彼が彼たる由縁だが・・・
「って・・・僕もあれには参りましたよ。というか・・・ティンパニーが初めから早く無かったですか?」
三浦も更科同様へとへとだ。
実はあの演奏の速さは意図してやったものではない。ティンパニーの平峯が早いテンポで初め、『キエフの大門』ですっかりテンションの上がった皆が、どんどん加速させたのだ。その結果がこれである。
「とりあえず、現役の男どもはとっとと支度して楽器運搬するぞ~」
「「「お、おぅ・・・」」」
島岡以外の部員たちは元気の無い返事を返す。本当に精も魂も使い果たしたのであった・・・
「では、『合同』の無事成功を祝って。かんぱ~い!!。」
「「かんぱ~い!!」」
南川の号令の後、皆が揃って声を上げる。『カチャンカチャン』とガラスを当てる音がそこら中に聞こえる。
ここはいつもの打ち上げ会場の『七転び八起き』。ここに現役・ウィンドの面々が集まったのである。
「しかし、本当にここにいてもいいのか?」
立石である。彼もこの打ち上げに参加させられていたのだ。
「え~そんなこと言わないで下さいよ。2部の編曲していただいたのに・・・とっくに身内ですよ~」
横にいた島岡が立石にそう言って返す。
「せやせや、島岡の言うとおりや。あ、帰りは心配するな。今日はうちに泊めたるから。」
「は、はぁ・・・、ありがとうございます・・・」
河合の言葉に立石はちょっとため息を付きながらもお礼を述べる。本当に律儀な男だ。
そして、打ち上げと言えば・・・現役の性癖が顕著に現れる。
めんどくさいので書かないが・・・(第32話 祭りの後、いえ祭り中です・・・参照)
一同「「なんでやねん!!」」
そして、宴会もたけなわになった頃、河合が大声で言った。
「あ~ここで重大な発表がある。皆、心して聞くように!!」
その声で雑談していた者、罰ゲームを受けていた者、寝ていた者等々全員が一斉に河合に注目した。
「俺が言うのもなんやから、島岡本人から言って貰うわ。」
河合がそう言った後、島岡が席を立つ。その顔はいつもとは違い真剣だ。
その時、三浦はなんとも言えない悪い予感を覚えるのだった。本番一日前の島岡の台詞が蘇る。(第83話 最後の日常参照)
「あ~、俺は・・・3月末を持って、転校することになった・・・すまんな、最後のコンクールに付き合えなくなって・・・」
「「「・・・えーーーー!!」」」
その言葉に全員驚いた。いや、一部驚いていない顔をしている者がいる。現役では柏原、ウィンドでは更科を中心とした執行部の面々である。勿論、立石は驚かない。既に計画を聞いているからだ。
「おいおい、物事はもっと正確に言わんと・・・」
河合はそう言うと島岡の代わりにその続きを言った。
「えっとな、島岡は4月からヨーロッパに行くんや。9月にバーゼル音楽大学に入学する為にな・・・」
「う、うそ~」
「ほんまか、それ」
「すげえ~」
河合の話に皆は再び驚く。今度は非難の声ではなく、驚愕の声だ。そして・・・
「おめでとう~」
「お前ならそれくらいするやろな~」
「向こうでも頑張れよ!」
それは祝福の声に変わった。だが、一部は悲痛な顔をしている。三浦と大倉だ。
「そんな~もっと僕にホルン教えてくださいよ~」
「・・・」
三浦は島岡に詰め寄り、大倉はショックで顔を伏せていた。その様子に島岡は動く。
「三浦・・・ちょっと表出よか・・・」
島岡はそう言うと三浦を連れて表に出たのであった。
「すまんな、三浦。もっと早く言ったらよかったんやけど・・・『合同』に響くと思ってな。伏せてたんや。」
島岡は本当にすまなそうに三浦言う。三浦はこんな顔をする島岡を初めて見たのであった。そんな顔を見た三浦は先ほど激情は収まる。
「本当ですよ。もっと・・・もっと早く言ってくれれば・・・」
三浦は一瞬涙を出しそうになったが、空元気を総動員する。
「もっと笑顔で『いってらっしゃい』って言えたのに・・・」
三浦は泣きながら笑うという滑稽な表情で島岡に言った。
「そうやな・・・そうやったな・・・」
島岡は先ほどの表情から一変させ、笑顔で答えた。
「じゃぁ、改めて・・・いってらっしゃい。絶対、プロになって帰って来てくださいよ。」
三浦は涙をぬぐうと笑顔で言った。
「だから・・・先のことは判からへんと前に言ったやろうに、まったく・・・」
島岡は呆れたように言い返した。そして話を続ける。
「まぁ、これだけは判ってるわ。帰ってきたら、また皆と演奏する。俺は思うんや。音楽ちゅうんは気の合ったもので可笑しく楽しくするもんちゃうんかって。また、音楽を通じてそんな仲間が増えるもんやと。上手い下手なんて関係あらへん。確かに、やるからにはええ演奏したいけど、その前に大事な物があると思ってんねん。」
「なんです?それは?」
「気持ちや。お互いに気持ちが通じてなかったらどうしようもないやろ。」
「じゃぁ、別に留学する必要は・・・」
「ん~俺も始めそう思っててん。せやけど、やるからにはええ演奏したいって言ったやろ・・・だから、一度それを突き詰めてみようと思ってな。更科さんからの話受けてん。」
「それって、何時頃からですか?」
「ん~去年のコンクール前かな?ほら、楽器買ったやろ。あの頃や。」
「そ、そんな前から・・・」
「まぁ、そのときはコンクール後の9月からって話やったけどな、『合同』まで伸ばしてもらってん。」
「え?なんでですか?」
島岡の言葉に三浦は不思議そうな顔をする。そして、島岡はその答えを言う。
「お前や。」
「ぼ、僕ですか?」
「せや、せめてお前がいっぱしのホルン吹きになるまでと思ってな。約束したやろ。そうしたるって。」
「あ・・・なるほど。」
「で、見事にお前は俺の期待を答えたって訳や。大丈夫、お前やったら出来る。まぁ、俺の保障やからあれやけどな。」
島岡はそう笑って言う。三浦は苦笑いだ。でも、三浦は嬉しかったのだ。島岡に本当に認めてもらえる様になったことを・・・
「あ、そういえば・・・」
「な、なんや?」
今度は島岡が不思議そうな顔をする。
「ちゃんと、大倉に言ってくださいね、そのこと。このスケコマシ!」
「ちょ・・・まぁ、しゃ~ないな。惚れさせた手前仕方が無いわ・・・」
島岡は苦笑いをして答える。
「え?知っていたんですか?」
三浦は意外そうに言った。絶対、この朴念仁は判っていないと思っていたのだ。
「そりゃ、判るわ。明らかに迫ってきてたからな・・・まぁ、こうなるの知ってたから・・・付き合えるなんて言えんかった。分かった、今から言ってくるわ。戻るか。」
「はい!」
島岡はそう言うと、三浦を連れて『七転び八起き』へ戻ったのである。
※1 剣の舞。アラム・ハチャトゥリアンが作曲した、バレエ『ガイーヌ』の最終幕で使用された曲。かなり激しい。
とうとう明らかにされた計画の全貌。三浦は始めはショックを受けましたが、最後には受け入れるのでした。




