第86話 合同定期演奏会・・・我ら今高吹奏楽部!
第86話 合同定期演奏会・・・我ら今高吹奏楽部!
トロンボーンを中心とした中低音が重々しいリズムを刻む。それに呼応するようにパーカッションが答える。そしてその間隔が短くなり一つになった後、トランペット・木管の旋律が入る。トランペットはいつもの様な『キンキン』とした音ではない。かなりヤラシク吹いている。そして旋律の間に入る中低音の迫力のあるリズム打ち。旋律とリズムが相反する吹き方ではあるが、逆にメリハリが付き融合している。
そして中間部。前半部とは違い、雄大で大らかな・・・まるで穏やかな砂漠にいる様な・・・そう感じさせる演奏である。特にホルン・サックスによる対旋律が初めは小さく、そして徐々にクレッシェンドしていくことにより、遠くから段々近づいてくる、そういう錯覚を起こさせる。
(まいったな、これは・・・3年が入った事でさらに深みが増している・・・これ程とはな・・・)
立石は冷静に分析するも感歎する。
(これが万年地区予選止まりの学校だと?どう聞いても全国レベルじゃないか・・・)
立石の横に座っている東もこの演奏には驚いたのである。今まで聞いたことが無い学校・・・所詮は・・・そう思っていたからである。三田嶋・神埼も同様である。
そして曲も中間部での最大の盛り上がりのまま再現部へ。前半部よりも断然迫力がある。さらにトランペットはヤラシイ演奏ではなく、いつも通りのキンキン音だ。そしてそのまま終曲へ。力強い演奏で幕を下ろす。※1
曲が終わった後大きな拍手が巻き起こる。しかし、それはすぐさま収まった。『エル・カミーノ・レアル』が待っているからである。
重い。果てしなく重い一発の和音の後、トランペットの華やかなファンファーレが響く。フェルマーターも若干長い。一瞬時が止まっているかの様だ。そして、柏原の激しい前振りで硬直が終わる。解き放たれるトランペット。そして嵐の様な激しさでホルンが咆える。まるで初めからクライマックス。そんな感じだ。それを聞いた東は思わず身震いをする。しかし、一気にデクレッシェンドが始まる。最後は中低音の軽快なリズムだけが打ち込まれる。
そこに現れるホルンとサックスによる静かな旋律。だが軽快さを失っていない。所々に現れる木管が華を添える。最後はトラペットのミュート音が旋律をクラリネットに引き渡す。
クラリネットは先ほどのホルンと違い鋭い旋律を奏でる。裏ではトランペットが優雅にミュート音で色を付ける。どこか儚い。が、トランペットに休みは無い。素早くミュートを外すと旋律を吹く。しかし、その旋律は優しい。伸び伸びとした優しい旋律である。最後は盛り上げ木管に受け渡す。その木管は流れるような旋律である。ここから曲も激しくなってくる。間に入るトランペットはさっきと違いとても元気だ。いつもの様におかずを入れる。
そして・・・ホルンの対旋律が登場する。木管に負けず激しい動きで吹き上げる。そして一瞬のデクレッシェンドの後、ホルンが咆える。音を1音づつ吹いているだけなのであるが、その威圧感は圧巻ものである。
そして、前半部のクライマックスへ。トランペットが果てしない長い高音の吹き伸ばしを吹き、その中を木管を中心として激しく動く。止めはやはりホルン。難しい指回しを5本が綺麗に揃いあげる。和音もばっちりだ。まさにこの曲はホルンにとって茨の道である。だが、彼らはそれに答える。
木管とホルンが一体感となって激しい旋律吹く。最後は中低音がおどろおどろしく奏で一気に場面変換をする。フルートにより静かに前半部は締められたのである。
中間部、岩本のクラリネットソロが響き渡る。ここは本来ならオーボエソロなのであるが、今高高校吹奏楽部にはない。この為、クラリネットで吹くという訳だ。そんな岩本のソロに柏原が指揮を合わす。そして絶妙なタイミングで柏原が軽く合図を出す度に、他の楽器が音を出す。まるで手品の様に・・・
(高校生ながら大した指揮だ。あれほど振れる学生指揮はそうそういるまい。)
立石はもう一人の隠れた天才に感心する。
その間も曲は続く。ソロの後は木管によるアンサンブル。その演奏は寂しげながらどこか優雅さがあった。そして、ホルンの後打ちが始まると一転寂しさが消える。優雅な宮殿をイメージさせる。そう・・・そこに華やかな舞踏会があるような・・・それはトランペットで一層鮮明になる。そして再び暗転。
先ほどの寂しさを思い出させるような木管アンサンブル。しかし、再び優雅な舞踏会に戻る。色々な楽器によって旋律が移り変わる。本当にそこで踊りがなされているかのように・・・だが、そんな舞踏会も終焉を迎える。ユーフォニウムが最後の一声にと登場し、そして・・・島岡・三浦の二本による和音が寂しげに奏でられる。どこか名残惜しそうに・・・
パーカッションによる軽快な曲調が戻ってくる。まるで軽騎兵の様に・・・クラネットがそれに乗るように登場する。それに続くはフルート。間を余り置かずしてホルンも入る。傍から聞けば、バラバラに聞こえるが段々収束してくる。そしてそれが嵌ったとき勇ましいトランペットを中心に一気に花開く。ここぞとばかりにトランペットとトロンボーンによる旋律が始まる。まさに全快だ。
その後は木管による中間部の再現。軽快さの中、優雅な場をホールに届ける。さらに対旋律のホルンが入ると、さらにその雰囲気を高める。
そしてそのままホルンが旋律へ。まさにこの部分はホルンの為にあると言って良い。ある意味、ここで初めて島岡の本来の持ち味を発揮した。だが4人も負けていない。いや、負けないと言うより島岡を支えている。5本のホルンが1本の楽器となってホールを包む。
(これが、あの噂の正体なのか・・・)
立石は思わず息を呑んだ。
(凄いな・・・これは・・・)
東もこの演奏に引き込まれていた。
さらに横では三田嶋が例の笑みをしている。演奏するときしか見せない笑みであるが、演奏を聞いているうちに出てしまったようだ。
そして、ホルンの旋律が終わる・・・いや、まだ終わらない。最後に激しく咆え、再び曲全体に軽快さを取り戻す。
木管の短い旋律の後、各楽器が激しく鳴り響き、勇ましい和音で曲が締められた。
一時、ホールは静かになる。柏原も最後の一振りをしたあと、微動だにしない。三浦たちもだ。
しかし、動き出すのはそれほど時間はかからなかった。我に返った観客が割れんばかりの盛大な拍手をしたのだ。スタンディングオベーションをしている人もいる。いや、その人数の方が多いくらいだ。勿論、立石・東・三田嶋・神埼も席を立っている。
そんな中、柏原は指揮台の上から大きく礼をする。さらに拍手が強まった。
三浦は感無量であった。まさに全身全霊を尽くしたのだ。その結果がこの拍手である。まさに最良の一時であった。
※1 当時の譜面はM8版はありません。(リード編曲でもないです)そして、全て私の20年前の記憶を頼りに書きました。ですので、曲調が大分変わっていると思います・・・
半年間の練習の成果を出した三浦。その結果がこの拍手。でも、まだ第2部・第3部が残っています・・・私も忘れてました・・・