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第82話 不思議な卒業式

第82話 不思議な卒業式


普通、卒業式というと卒業生が喜びや寂しさで涙し、在校生はその卒業生を気持ちよく送り出す物であるが・・・彼らの場合は少々異なる。


「島岡先輩・・・何やっているんですか?」

三浦は卒業式の朝、卒業生を送る為に音楽室にきていた。特に卒業式に何か演奏するわけではないが、部の3年生の為に集まったのである。

そこには島岡が奇妙なことをしていた。小さな水筒に何かしらの液体を注いでいる。

「あ~これか?石村さんへの卒業記念品や。」

島岡がそう言った後、三浦はもう一度彼が水筒に入れているビンを良く見てみた。どう見ても『角瓶』である。そうウイスキーの・・・そしてその水筒も映画などで良く見かけるステンレス製の酒入れである。

なんてことは無い。彼は卒業式で送る品として酒を選んだのである。まぁ、祝い事には欠かせないが・・・

「それって・・・見つかったら問題ありません。」

三浦は呆れて一応確認した。

「問題?見つらんかったら問題すらならんやん・・・」

彼と三浦ではまず前提条件が違う。話が噛み合う訳はない。いつもの事だと諦めた三浦は朝倉たちの下へ向かう。

そこでは、女の子らしく花束を纏めていた。一つ一つはそれほど高価ではないが、こうやって纏めると綺麗なものである。さすが女の子器用なもの・・・

「大原さん!なにそれ~」

「え?まずかったですか?」

大原の手には何とも言い難いオブジェがあった。前衛的と言って良いものであろうか。皆同じ材料を使っているのにどうしてこういう物が出来るか不思議である。

(あっ、うねうね動いてる・・・)

三浦はその光景を見なかったことにした。

結局、三浦の手伝った仕事は紙吹雪の作成である。


「ご卒業、おめでとうございます」

「今までありがとうございました。」

「きゃー先輩、こっち向いて」

「アンナ様~カムバ~ク」

校舎の玄関から校門までわずか30m程であるが在校生の花道が出来ている。皆、自分に縁のある先輩に声を掛ける。勿論、大量の紙吹雪が舞う。中には目にうっすら涙を浮べる者もいる。卒業生・在校生問わずだ。

「そら~胴上げだ~」

体育会系のクラブであろうか。卒業生をどんどん胴上げしていく。

寂しさの中でも楽しいことを見つける。まさに今高魂である。

「あっ、浅井先輩だ~」

「あ~藤本先輩も一緒にいるな~」

三浦は浅井の姿を見つけると大原を連れその元に向かう。島岡・松島も一緒だ。

トランペットパートの5人も藤本の方へ向かった。

「「「「浅井先輩、ご卒業おめでとうございます。」」」」

4人全員で祝福の言葉を送る。一見大原と浅井とは余り面識がないと思われるが、勉強の息抜きにちょくちょく音楽室に来ていた浅井と大原はパート内で唯一の女同士ともあり、仲良なのである。

「ありがとう~」

浅井はそう返事すると、大原が花束を渡す。(勿論、他の人が作った物。)

そして島岡が小さな箱を渡した。浅井はその箱を開けるとホルンを(かたど)ったキーホルダーが入っていた。

浅井は一瞬涙を出しそうになるが、それは強制的に中断させられる。そう、島岡が浅井の手を取りその場から抜け出したからである。勿論、残りの3人もその後を追う。

その先には既に集まっている3年生たちがいた。勿論、全員吹奏楽部の部員である。

手には卒業証書と花束。そして各人が用意した記念品だ。

既に石村はそこにおり、島岡から貰った記念品を開けて飲んでいる。少し赤ら顔だが、元々酒に強いのであろう、まだ酔っている形跡はなかった。

しかし、そこには卒業式特有の涙は無かった。何故なら彼らはこの先に『合同』があるからだ。彼らは卒業式を迎えても、ある意味卒業ではない。本当の卒業はまだ少し先なのである。

さらに言うなら『合同』で終わりではない。実は今高高校吹奏楽部の伝統行事として、『合同』の後に『追い出し会』というのが控えており、それが真の卒業ということである。

しかし、卒業式には違いなく野郎共が石村を囲む。石村もそれを察しており、彼らの思うようにさせる。

「「「部長の胴上げだ~」」」

一斉に掛け声を上げると石村を一気に胴上げする・・・それも、逆でだ。顔が地面を向いている。※1

平田・寺嶋・野田も参加している。

これにはさすがに驚いた石村は「や、やめ~」と情けない声を上げる。

男たちは一通り堪能したのか石村を下ろす。さっきまで赤ら顔だったものが少し青い。

しかし、その様子を見た部員たちは爆笑だ。浅井までも一緒になって笑っている。

「さぁ、みんなで記念撮影や~」

一通り笑いが収まると島岡がそう言って皆を並べる。この頃になって顧問の小柳先生も駆けつける。3年の学年主任の為、来るのが遅れたのだ。逆にいいタイミングであるのであるが・・・

島岡は中々高そうな一眼レフに三脚を立て、皆に枠内に入るよう指示する。

「3連続で取るからな~瞬きするなよ~」

島岡はそう言うと一気に駆け寄る。セルフタイマーの『ジー・・・』という音が小さく聞こえた。

人数が人数なので島岡は一気に中央を走る。最後の体勢はスライディングだ。

その瞬間『カシャ・・・カシャ・・・カシャ・・・』と3回カメラから音がした。

その写真は、皆の笑顔が一杯詰まった写真であった。


※1 胴上げの逆ですね。これはかなり怖いです。地面が見えているわけですから・・・


とうとう卒業式です。しかし、吹奏楽部の面々にとっては騒ぐ為のイベントです。『おいだし会』で本当の卒業になる訳ですから・・・

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