第80話 戦力の再集結
第80話 戦力の再集結
時は2月下旬。そろそろ『合同』まで一ヶ月を残す頃であった。
「ねぇねぇ、陽子ちゃん。大学大丈夫そう?」
今は昼休み。お弁当で浅井と共にランチをとっている藤本は浅井に話しかけた。
「ん~共通一次は何とか・・・後は本試験ね。」※1
「そっか~じゃぁ『合同』は無理そうね・・・」
浅井の言葉に藤本は残念そうに言った。
「まぁ、今頑張らないと駄目だからね。良子ちゃんは出るの?」
「うん。出るよ~一部だけだけど・・・」
「あ~『エルカミ』だったわよね。いいなぁ~私も出たかったわ。」
浅井もちょっぴり残念そうに言う。
「いいじゃん、出ようよ。卒業式前くらいには受験終わるでしょ?」
藤本は目を輝かせて言う。中学から今まで連れ添った親友である。最後の『合同』に一緒に出たいのであろう。しかし・・・
「でも・・・島岡君たちに迷惑かかるじゃない。この前こっそり見に行ったけど、あれに付いて行く自信ないわ・・・」
「そっか~でも、島岡君は『一緒に出ましょうよ』って言ってたわよね~確か。」
「そうなのよね~あの人懐っこい笑顔で言われると、ほんと断れなくなるわ。」
浅井は一回溜息をついて言う。
「もう、甘えて出ればいいじゃん。陽子ちゃんならいけるって。」
「もう、人事だと思って・・・いいの、もう私は引退。大学に入ったらまた考えるわ。それに、私がいなくても新しく入った大原さんや3年から石井君も出るし・・・」
「あ~あの子かぁ。入って間もないのにめちゃめちゃ吹けてたわよね。楽器も買ったらしいし。」
「それも『アレク』よ。羨ましいたらありゃしない。」
「そうそう、そこでお姉さんから一言ガツンッと・・・」
「言わないわよ。もう、どうしても私を引っ張り出したいわけ?」
「だってだって、私の陽子ちゃんなんだもん・・・」
「それって・・・私そういう趣味ないわよ?」
と、このようにまだまだ受験で出れない3年生もいるが、進路の決まった人は随時練習をしていた。
「辻本く~ん、ここ~まだ出来てないわよ~?」
「辻本君、ここのアタックはもうちょっと強めで。」
「辻本~、のどが沸いたからジュース買って来て。」
そう、帰ってきたのだ。クラリネット3人娘が。前田・菊野・上田の3人だ。
さすがに元々上手い3人。あっという間に譜読みをして、辻本たちに追いついてた。
(まだ・・・まだ暫くこれが続くのか・・・)
相変わらずターゲットにされている辻本は、がっくりと首をうな垂れた。
(・・・辻本君・・・生贄頑張って・・・)
教室の扉の影から岩本がこっそり覗く。
この尊い犠牲で、クラリネットパートは一気に戦力が充実したと言ってよかった。
さらに、ユーフォニウムの平田、トロンボーンの本田、さらに去年の学生指揮者であった野田も練習をしている。
彼のパートはトロンボーン。中学からしている経験者で楽器の腕も確か。さらに頭も切れる。しかし・・・さすがにあの3人と渡り合える人物。その奇人ぶりも尋常ではない。そう・・・常にテンションが異常に高いのだ、彼は。
これで3年の男子、石村・寺嶋・平田・野田と全員揃ったことになり中低音も安定する。
勿論、パーカッションの平峯・武田コンビも嬉しい復帰である。
平峯の豪快なティンパニー、武田のテクニカルなスネアなどその腕は健在だ。
だが、人ばかり戦力が向上したわけではなかった。
そう、新たに今まで無かった楽器が合流するのである。
「なぁ、金沢~」
「なんや、島岡」
それは音楽室での出来事である。合奏もそろそろ始まる頃となり、ホルンパートはいち早く音楽室に戻っていた。
「これ・・・今まであったか?」
島岡は大きな金属のふたを縦にしたような楽器を指差す。銅鑼である。
「あ~これか・・・さっき届いたんや。」
「そうか~どっかの学校から借りてきたんか?まぁ、伊藤ちゃんが手配したんやろ。」
「いや?違うで?」
島岡の言葉を金沢は否定した。それを聞いた島岡は不思議そうな顔をする。
「ん~じゃぁどこから・・・まさか下の部屋からか?」
「んな訳ないやろ。あそこにあったらすぐ判るわ。」
これまた否定だ。島岡は首をひねる。
「じゃぁ、一体どこから・・・」
その答えを知っていたのは奥にいた伊藤だ。
「その銅鑼・・・大沢さんが買ってきてん。」
「・・・銅鑼をか?」
「そう、銅鑼を。」
「なんか、全然結びつけへんのは気のせいか?」
島岡は唖然として言う。勿論、伊藤もである。
「私も何がなんだか・・・」
さらにその謎の理由を知っている人物が現れた。柏原である。
「あ~それな~大沢さんが『銅鑼なかった困るやろ~』いうて、ポケットマネーで買ってんて。で、学校に寄付したみたいやで。」
「「「ポケットマネー?・・・寄付?!」」」
島岡・伊藤・金沢はハモッて言う。それはそうだ、大沢はトロンボーン奏者であって銅鑼とはまったく結びつかない人物である。その人が自腹で買い、さらに学校に寄付したのだ。驚かずにはいられない。
「まぁ、あの人医者やからなぁ・・・金はある言うてたわ。一緒に新しいトロンボーンも新調しとったし・・・」
「「「・・・」」」
あまりの豪快さに3人は声がでない。
しかし、この銅鑼も大きな戦力には違い無かったのであった。
※1 共通第1次。大学共通第1次学力試験のこと。この頃はまだセンター試験になっていません。
久しぶりの人も新しい人も出てきました。そして新しい銅鑼も・・・
この銅鑼、本当に大沢さんがぽ~んと自腹で買って寄付して戴きました。本当、金持ちの金銭感覚はどうなっているんでしょうね・・・