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第78話 最強のフルート使い

第78話 最強のフルート使い


2月に入ったある金曜日の夜、河合の部屋の電話が『プルルル・・』と鳴った。

「はい、河合です。」

『河合さんですか?立石です。例の編曲終わりましたよ。」

「お~立石か。えらい早かったな~」

『まぁ、曲が曲ですからね。そんなに時間はかかりませんよ。』

「そうか~じゃぁ、どうする?明日早速来るか。」

河合はニヤリとしながらそう言った。

『ええ、では明日、朝一の飛行機で大阪に行きますよ。』

「・・・そんなに急がんでも・・・」

その言葉に河合は愕然とする。あまりにも早すぎるからだ。

『え?そうですか?普通だと思ったんですが・・・』

しかし、立石の口調は至って普通だ。そう・・・立石は毎朝5時には起きている。彼の日常は、6時半から夜の10時半まで練習をしている。それは『ホルン馬鹿』の島岡を軽く超える練習量だ。

「そうか・・・ほな、飛行機の時間分かったら電話くれ。伊丹まで車で迎えに行くわ。」※1

『あっ、すいません。お手数かけます。』

「ええってええって、無理言って頼んだのはこっちや。それくらいは当然やろ。」

『では、明日朝に電話します。おやすみなさい。』

「ほな、明日よろしく。おやすみ~」

河合はそう言うと電話を切った。時計を見てみると10時を少し回ったところである。さすがに立石もそろそろ下校して寝るであろう。


翌朝、河合の姿は大阪国際空港で見かけられた。彼は到着ロビーで立石が来るのを待っているのだ。

「お~い、立石。こっちや~」

河合は立石を見つけたのであろう。手を振って大きな声で言う。立石もそれに気付いたのか、早歩きで河合の元へと来る。荷物はそれほど多くは無い。ボストンバックとフルートという手軽さだ。

「おはようございます。結構待ちましたか?」

立石はにこやかに挨拶をする。この前と違い機嫌が良いようである。人懐っこい笑顔を河合に向ける。

「いや、道も空いてたからな。時間丁度位や。ほれ、そっちの荷物持つわ。旅で疲れたやろ?」

「えっ、大丈夫ですよ。そんなに大荷物ではないですし・・・」

立石は河合の申し出を丁寧に断る。さすがに1年先輩に荷物を持たせるなど、彼にとってはありえないからだ。

「そうか~ほな、はよ車のところに行こか。」

河合はそう言うとさっそく車の方向に向かう。立石もその後に続く。


車の中では、『アルメニアンダンスパート2』が鳴り響いていた。二人は会話をしながらその曲を聞く。※2

「これ・・・リード指揮ですか?」

「よ~判ったな。演奏は佼成で指揮はリードやな。この前見つけたんや。」※3

「作曲者本人による指揮ですか・・・中々ある事じゃありませんね。」

「まぁ、リード自体ちょくちょく日本に来てるしな。このカップリングは良くあるわ。さてと・・・このテープ聞いてもらおうか。」

河合はニヤニヤと笑いながら言うと、一本のカセットテープをカーデッキに入れる。

「これは、あれですか?」

「せや、うちの今年度のコンクールの演奏や。まぁ、ちょっと聞いてみ。面白いから。」

河合がそう言ったと同時に演奏が始まる。『交響的舞曲』だ。冒頭のクラリネットのアンサンブルがスピーカーと通して聞こえる。

(なんだろ・・・眼を見張る程上手くないな、悪くは無いけど・・・良く聞くそこらの高校で聞く演奏だな。)

立石の素直な感想である。しかし、再現部に入るとその認識が吹き飛ぶ。ホルンを中心とした中間部の旋律が立石を身震いさせる。立石にとってもこの感覚は久しぶりのものだ。

そして次の『キャンディード序曲』。冒頭の金管によるファンファーレが始まる。この曲に関しては初めからホルンが前に出てくる。

(こ、これは・・・ホルンのハーモニーが際立っている。多少のトランペットのミスなんて消す位に・・・あれ、ここは・・・)

立石は大きな違和感を感じて河合に尋ねる。

「ここって、ソロではないはずですよね。」

その言葉を聞いた河合は人の悪い笑みで答える。

「そうや、本来はな。ここはあえてホルンソロにしてみた。」

あのホール全体を感動させたホルンソロが車の中で再現される。余り長くないソロであるが、人を魅了するには十分の時間である。そして曲は流れ、最後の和音と共に『キャンディード序曲』が終わった。

「・・・噂になるわけです、このホルンパートは。ソロだけじゃない、ハーモニーは勿論のこと、細かいアーティキュレーションまで全員綺麗に揃っている。私がこの場にいたらスタンデングオベーションしますよ。全部あなたの演出ですか?」

立石は最大の賛辞を言いながらも、呆れ顔で河合に聞く。もしホルンパートだけでなく、全てのパートがここまで引き上げれれば『全国金』間違いないからだ。

「んなわけないやろ。週1回しか見られへんのに。全部、パート長の島岡がやったんや。まぁ、ホルンソロは俺がやらせたが・・・」

「このホルンソロがその島岡君によるものなんですよね?」

立石の質問に河合は縦に振って答えたのであった。


「あ~、この人が俺の知り合いの立石や。今回の2部の編曲してもらった。お前らお礼言うとけよ~」

「え~~お礼言うんは河合さんやないか~職務怠慢や~」

河合の言葉に島岡が返す。

「うっ、痛いとこ突きよるな・・・」

河合の言葉に皆は大声で笑う。先輩を先輩として扱わない、相変わらず騒がしい連中だ。

「でも、してもらったんは事実や。皆お礼言うぞ。ありがとうございました~」

「「ありがとうございました」」

南川がそう言うと、全員起立し、立石に向かって深く頭を下げて大声でお礼を言った。

「どういたしまして。」

立石はその礼に対して丁寧に返す。こういうお礼は誠に気持ちいいものである。わざわざ大阪まで来てよかったと立石は思った。

「じゃぁ、フルートはパー練を立石に見てもらえ。立石の専門はフルートやからな。」

「「よろしくお願いします。」」

河合の声で、古峰・犬井・大倉は再び立石に頭を下げる。

「こちらこそ、よろしく。」

立石はそういうとフルートパートと共に教室に向かったのである。


(まぁ、下手ではないな。一人を除いて・・・)

立石の辛辣な感想である。

そもそもフルートという楽器は、ピアノ・バイオリンと同じく幼少の頃からしている人が多い。高校生にもなると10年以上吹いているという人もざらにいるのだ。その中のほんの一握りだけがプロになるのであるから、生半可な腕では話にならないわけである。

(さすがに河合さんが認めた大倉さんは、頭一つ抜き出ている。先が楽しみな子だな。)

立石は一通り聞き終えると、彼女ら3人に各自の欠点やこれからの練習方法を教え、最後は自らもフルートを持ち軽くアンサンブルを行ったのであった。


「ねぇ河合さん。」

「なんや、立石。」

二人は音楽室の入り口に座っていた。ひそひそと小さな声で会話をしている。今、部員たちは一部の合奏を行っているのである。

「今日は顧問の先生は見えられないのですか?」

立石は指揮台に立っている柏原を少し横目で見て言う。

「あ~、それか。いつもこうやで。言ってなかったっけ?」

「いつも・・・ですか?」

「ありゃ、言い忘れとったか。ここ顧問は居るけど運営から指揮まで全部学生でやってるで。だからコンクールで俺が指揮したし・・・」

「ぜ、全部ですか・・・」

河合の言葉を聞いて立石は愕然とする。しかし、納得もしていた。

(なるほど・・・彼の指揮が板に付いている訳だ。そして、自分たち一人一人で音楽を作っている感じが良く伝わってくる。学生指揮という枠内であれば、最高の演奏かもしれないな・・・それにしても・・・)

立石はホルンパートを見る。

(あそこだけは次元が違う。コンクールの時よりも更に凄みが増している。それに、手を抜いてるわけではないが、全力ではないだろう。この合奏に上手く合わせている。島岡君か・・・河合さんの計画を聞いたが、おそらく・・・あとで、河合さんに改めて紹介してもらうか。)

立石はそう思うと深く目を閉じ、未熟ではあるが心地の良い合奏を聞き入るのであった。


※1 伊丹空港。大阪国際空港のこと。関西国際空港ができる前からこの愛称で呼ばれています。

※2 吹奏楽関係者の車は必ずオーケストラや吹奏楽の曲が掛かっています・・・例外はありません(笑)

※3 東京佼成ウインドオーケストラ。日本屈指の吹奏楽のプロ楽団です。ちなみに、このCD。私も持っています。


立石さんの再登場です。独特な環境の今高高校吹奏楽部と島岡に、彼は強い関心を持ちました。しかし、ある計画とは・・・全貌は後ほど・・・


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