第77話 最後の仕上げ
第77話 最後の仕上げ
「さぁ、早速パー練するで~」
島岡はいつもの「2-4」の教室に着くなり言った。
とは言っても、いつも基礎練習が終わり教室に着くと直ぐパート練習をするので、この発言はわざわざ言う必要も無いのであるが・・・
しかし、今日は島岡の持ち物が少し多い。メトロノームに楽譜台に楽譜・・・さらにマイクロレコーダーまで持ってきている。三浦はこの光景を見るのは初めてであった。松島・大原・石村も同様であろう。石村自身も2年の時のパート練習に、マイクロレコーダーを持ち出したことは無い。
「じゃぁ『エルカミ』の中間部するぞ。」
「「「「はい!」」」」
4人は島岡の声に大きく返事をする。早速、『エル・カミーノ・レアル』の譜面を取り出し、指示されたページを開ける。
『エル・カミーノ・レアル』略して『エルカミ』である。この省略は良く耳にするが、他の言葉でもこの吹奏楽部では何でも省略する。
例えば、『ザマミテ』。これは『ざま~見さらせ』の略である。さらに、『キョジャタイ』、『虚弱体質』を略している。
その極みが『フクボン』である。これはかなり酷い省略である。なにせ『覆水、盆に帰らず』を略しているのだから・・・ここまで来ると既に原型が無いのであるが、何故か彼らの間で意味が通じているのが不思議である。
島岡はメトロノームを早めに設定する。『カチッ』一つが8分音符になるように・・・
こうしないと変拍子が上手く合わないのだ。
「後打ちのとこから」
「「「「はい」」」」
島岡はそう指示すると、こそっとマイクロレコーダーを録音状態にする。
『ンパパパンパンパパパンパ・・・』※1
mpの後打ちながらも綺麗なハーモニーだ。各音の音量・音程とまさに絶妙と言って良い。
三浦たちもここは散々やっているこ所なので、聞き合いながら余裕を持って吹いている。右手を使った微妙な音程の調整も、なかなか板に付いてきている。※2
その調子で演奏され、旋律が始まる前で島岡は演奏を止めた。
「さすがにええ感じやな。じゃぁ、お前らだけでやってみ。」
「え?」
島岡の言葉に三浦は一瞬戸惑う。本番でもここはホルン5本でするのだ。島岡が抜ける意味が無い。
「石村さん、トップいけますよね。お願いできますか。」
「・・・判った。」
石村も島岡が一体何をしようとしているのか理解できない。しかし、今のパート長は島岡である。石村はその指示に従い、島岡が座っていた位置に移る。
石村は島岡の譜面を見た。相変わらずカラフルだ。島岡は譜面に印を入れるときは、蛍光ペンを使って印を付けているのだ。勿論、どの色がどういう意味かは石村は知らない。まさに島岡だけのオリジナルである。
「ほな、いくで。いちにさんしいちに」
『ンパパパンパンパパパンパ・・・』
先ほどと同じように後打ちが始まる。彼らはいつもと同じように吹く。
(うん、和音も申し分ない・・・あれ?)
三浦はすぐさま異変に気付く。確かに和音は申し分なさそうに思えたのであるが、先ほどと微妙に違うのだ。さっきまでの一体感が若干・・・本当に若干であるのだが崩れている。
「はい、やめ~」
島岡がそう言うと皆は演奏を止める。
「ん~三浦と石村さんは気付いたかな?」
島岡はそうポツリと言った。その表情は少し嬉しそうな顔をしていた。
「じゃぁ次は俺がそこに4番で入る。それでやるで~。」
「「「「はい」」」」
島岡はそう言うとさっきまで石村が居た席に移動する。これで5本となったのであろうが、1番と4番が入れ替わったことになる。
「ほな、いくで。いちにさんし・・・」
島岡も入るので最後の『いちに』は省略する。5人は一斉に後打ちを始めた。
『ンパパパンパンパパパンパ・・・』
今度は初めに行った様にきっちりはまる。先ほどの若干の違和感は、綺麗に拭い去られていた。
(こ、これって・・・またきっちり合うようになった・・・なんで?)
三浦は不思議に思うが、いつもの様に吹く。
「はい、終わり~」
島岡がそう言うと皆は吹くのを止める。そして話始めた。
「三浦~お前は気付いたと思うけど、原因判るか~」
「2度目がおかしかったのは判ったんですが、原因がちょっと判りません。」
三浦は島岡の質問にそう答える。松島・大原はお互い首を傾げている。
「ん~じゃぁ、これ聞いたら判るかもな。」
島岡はそう言うと先ほどセットしていたマイクロレコーダーを再生にする。
一度目は綺麗な和音で後打ちがなされている。まるで一つの音に聞こえる位だ。
そして次は問題の2度目。確かに各音の音程は合っているが先ほどの一体感が無い。
(あっ・・・主音が弱い?)
そう、和音のキーとなる主音が若干弱いのである。本当に微妙なのであるが・・・
そして3度目。再び一体感のある綺麗な和音が奏でられる。
「三浦~わかったか?」
聞き終えた後、島岡は三浦に再び尋ねる。
「え~と、音量ですかね?」
「正解や。俺が抜けたことによって微妙に音量のバランスがおかしくなってるんや。じゃぁその対策は?」
「それは・・・僕が音量落としたらいいんですかね?」
「ぶぶー、残念。不正解や。」
三浦の答えに対して島岡は否定する。
「じゃぁ、どうするんですか?」
「全員にそのことを伝えてみんなで合わせる事や。」
「え?!」
島岡の答えに三浦は虚を突かれたようだ。ちょっと間抜けな声を出す。
「ホルンちゅ~楽器はな、合わせてなんぼや。いくら一人が上手くてもしゃ~ないからな。そんなんはソロとかソリとかユニゾンとかで発揮したらええ。ほれ、お前夏合宿の時に皆と一緒に、『あ~でもない。こ~でもない』ってやってたやろ。あれでええねん。そこを踏まえてもう一回やろか。」
「「「「はい」」」」
4人が声を合わせて返事をし、もう一度4人で行う。
勿論、その結果は島岡が満足するものであった。
※1 『ンパパパ・・』。吹奏楽経験者の方は分かっていると思いますが、『ン』は休符に当たります。前打ちと違って、後打ちは必ず正拍を感じなければいけませんから、こういう表現になります。特に変拍子では分解した場合に、正拍がどこに来るのか分からなければなりません。
※2 右手の使い方。いくらチューングを合わしていても各音により微妙な音程の狂いがあります。それは人それぞれなので特にこの音とは書けませんが、ホルンの場合は調節する為に右手を使い、少し手を入れたり(音程が下げる)開放にしたり(音程が上げる)します。これは各楽器によりやり方は異なります。
みんなで合わせる。この大事なことを三浦にもう一度教える島岡でした。
ちなみに、これは私の持論であって本来は違うかもしれません。賛否両論があると思いますが、そこは多めに見てやってください。(汗)