第76話 休み明けにて・・・
第76話 休み明けにて・・・
冬休みも終わり、新しく三学期が始まる。
いつもの様に始業式で演奏する為、彼らは朝早くから音楽室に集まっていた。
「うぉ~ア、アレクやないか~~~~~!!」
島岡の第一声である。相変わらず煩い位でかい声である。他の部員も思わず振り返る。
「ア、アレクですねぇ・・・」
三浦も少し呆然気味だ。
「新品・・・綺麗やな・・・」
松島到ってはどこかに飛んでいっているようだ。目の焦点が合っていない・・・
そう、大原は冬休みに買ったホルンを持ってきたのである。それも、アレキサンダー社製のフルダブルのフレンチホルンを・・・※1
「思わず買っちゃいました。」
大原は少し照れて答える。
「なんぼしたんや、それ。」
島岡は思わず値段を聞いてしまう。
「え~と、130万位かな?」
「「「「130万~~~~!!」」」」
軽く大原が言うのに対し、4人は大声でハモらせて言う。
「あれ、一人多い・・・?」
気付くな三浦!私も書いていて驚いている・・・気を取り直して。
ちなみに島岡のヤマハ製ホルンは68万である。それでも十分高価なのであるが・・・
「一回・・・一回だけ吹かせて・・・」
島岡は声を震わせながら言う。
「いいですよ~♪」
大原はニコニコしながら承諾する。
島岡は大原のホルンを手にし、自分のマウスピースを付け試奏する。
その音色は明るく華やかだ。軽く『エルカミ』の旋律を吹いてみると高音域になるほどその透明感が増す。
「イエローブラスの中細ベルか。仕上げはラッカー・・・いや、金メッキで仕上げてるな。音抜けもええし・・・大原にしてはええ選択やな。楽に吹けるやろ。」
興奮しながらも島岡は試奏すると冷静にそう評価した。
「ええ、すっごく吹き易いです。」
そういうと大原は島岡からホルンを返してもらい島岡と同じく『エルカミ』の旋律を吹く。音色は島岡に遠く及ばないが明るく音抜けの良い良い音を鳴らす。驚くところは、その旋律を間違えなく演奏し切ったところにあるだろう。これには三浦・松島は大きく驚く。ついこの間まで初心者だと思っていた大原が、ここまで吹けることに。楽器だけでなく彼女自身の努力が伺えれる。この冬休み中に確実に実力がランクアップしている。
「よっしゃ、ちょこっと基礎練して合奏に備えようか。」
「「「はい!」」」
4人はそういうと揃って音楽室を出て行くのであった。
(う~ん、どうしよう・・・)
今は始業式も掃除も終わり、最後のSHRを待つばかりである。教室内がガヤガヤと騒がしい中、三浦は一人悩んでいた。
(大原があそこまで上手くなっているとは思わんかった・・・)
彼は今年初めて皆と基礎練習をして、大原のロングトーンが入り・伸ばし・切りと非常に安定している事に舌を巻いたのであった。こればかりは楽器が良い悪いという問題ではない。
(このままやったら2年生になった頃には、大原は俺を抜いていくんやろな。音楽のことも良く知ってるやろうし・・・そんな中、俺がパート長やってていいもんなんか?それに東もかなりの音楽知識あったしな・・・)
そう、彼は演奏が上手くないのにパート長をして良いものかを悩んでいたのであった。大原が上手になるのは特に問題ではない。逆にホルンの戦力が増強されて喜ばしいくらいだ。
(ぐじぐじ悩んでも仕方が無いな・・・一回、島岡先輩に相談するか。)
三浦はそう締めくくると、SHRが終わるのを待ったのである。
「島岡先輩、ちょっといいですか?」
三浦はその後直ぐに行動に移す。音楽室でのほほんとしている島岡を見つけて、呼んだのである。
「ええぞ~なんや~」
島岡は席を立つと三浦に近づく。
「ちょっと相談したいことがあって・・・」
「そうか~なら飯食いながらでもええやろ。沢木~柏原来たら三浦と飯食いに行ったって伝えとって。」
「判った~」
島岡はさっきまで傍に座っていた沢木に声をかけると音楽室をでる。三浦もその後を追いかけた。
「で、相談ってなんや。」
島岡は向かいに座った三浦に言葉をかける。ここは今高生ご用達のそば屋である。主に体育会系の生徒が集まる。お勧めはとてつもない量の『かつ煮定食』(大盛)である。
「え~とですね、大原のことなんですけど。」
「あ~大原か。あいつ上手なったな~ありゃ、冬休み中毎日吹いていたんちゃうか?で、その大原がどうした。」
「このまま2年になって大原が僕より上手かっても、僕がパート長をしていいのかと思いまして。」
「なんや?そんなことか。」
島岡は三浦の悩みになんとも軽く答える。
「そんなことって・・・結構重要だと思いますが・・・」
島岡の態度に三浦は少しムッとする。少し言葉を荒げて話した。
「ん~お前が大原に抜かれないように努力・・・ってそんな話やないねんな・・・」
島岡は三浦がさらに睨んで来るのを感じ話を変える。
「まぁあれや。大原じゃぁパート長無理やろ。というか、お前が適任やな。」
「何でですの?」
三浦は不思議そうな顔をする。
「答えは簡単や。ほれ、お前、既に今ここでパートのこと考えてこうやって相談しに来てるやろ?」
「あっ、そ、そうですね。」
「じゃぁ、答えは見つかったな。パート長の役目は別に楽器の上手い下手やあらへん。まぁ、上手いことに越したことはないけど、『パートがどうやったらまとまるか』。これを考えれる奴やなかったらあかん。」
そういわれて三浦は今までの島岡の行動を思い出す。自分の練習時間を削り、パート一人一人を見て、パートとして音楽を纏めている。確かに、彼以外でこんな細かいところまで出来る人物はそう居ないと思えるが、彼の言いたいことを三浦は理解した。
「その顔を見ると、心配事が一つ減ったみたいやな。」
「は、はい」
三浦はそう言うと、ちょうど目の前に運ばれてきた『かつ煮定食』を美味しそうに食べ始めたのであった。
(ええ感じやな。そろそろ最後の仕上げせんといかんな・・・)
島岡はふとそう思うと、同じく運ばれてきた名物の『かつ煮定食』(大盛)を一気にかき込んだのであった。
※1 アレキサンダー製ホルン。これは当時のホルン奏者にとって、一つのステータスとも言える楽器でありました。現在では、ヤマハ製もアレキサンダー製に負けないくらい良いものが揃っているので、一概には言えないと思います。
冬休みが明けてから大きく成長していた大原。それに対しこのままパート長をしていいのか悩む三浦。でも、パート長の本来の役割を教えてもらい、次に繋ぐ三浦でした。