第75話 それぞれの冬休み(後編)
第75話 それぞれの冬休み(後編)
続きです・・・
<三浦の場合>
「ここもなんか久しぶりやな~」
「そうだな。もうかれこれ4年振りか?」
「さぁ、早くお父さんとお母さんの所に行きましょ。旅の疲れでくたくただわ。」
三浦は両親に連れられてここにいた。年末年始の休暇を利用しての母親の里帰りである。
場所は・・・神奈川県七海市。
三浦一家は大阪から遠く離れたこの街に着たので、少々旅疲れが見える。足早と母親の実家へと向かう。
しかし、それはある男の声によって遮られるのであった。
「あれ?お前三浦だろ?大阪に行っているんじゃなかったっけ?」
そろそろ実家に着く頃であろうか。三浦は不意に後ろから声を掛けられた。声の方に振り返るとそこには、三浦より少し背に低い高さの少年がいた。しかし、三浦に比べずっと大人びて見える。中々のイケメンだ。はにかんだ笑顔が眩しい。
「おっ、東やないか。久しぶりやな~・・・しかし、ずいぶん大きくなったな。昔は、こんなくらいやったのに・・・」
三浦はそういうと両手で30cm位の隙間を作る。
「それはないから。絶対、ありえないから・・・それでもまだお前に届いていないけどな。しかし・・・お前大阪行ってから性格変わったのと違うか?大阪弁もそうだけど・・・」
「うっ・・・それは・・・」
三浦にも覚えがあるのであろう。周りが周りである。大阪弁も移るし、性格も変えざるおえない。思わず東の突っ込みに言葉を詰まらせる。
「そ、それよりもここはあんまり変わってないな~」
三浦はそう言って話を逸らして誤魔化した。
「まぁな。まだ高々4年だからな。」
東はそういうとふと何かを思ったのであろうか。続けて話をする。
「そうそう、お前が大阪に行ってから中学で吹奏楽始めたんだけど、そっちは何かクラブやっているのか?相変わらずサッカーか?」
「いや~中学ではサッカーしてたけど、高校に入ってから吹奏楽やり始めたんや。東はパート何やってるんや?」
三浦は少し嬉しそうだ。幼馴染の東が自分と同じ吹奏楽をしていることに。
「俺はパーカッションをやっているけどな。そっちは?」
東も嬉しそうである。同じ部活をしているだけで、遠かった距離感が一気に縮むからだ。
「俺は、ホルンや。へ~パーカッションなんや。ドラムとかティンパニーとか叩いているんか?」
「そうだな、どっちかというとグロッケンやマリンバの鍵盤系が得意だな。勿論、ドラムも叩くけど稀だな。」
「そっか~そういえば、小学校の頃ピアノ習らっとったもんな。」
三浦は納得して言った。東も三浦がホルンと言うことで興味津々だ。
「でも、ホルン難しくないか?同じクラブの奴にもホルン居るけど、よく音外すぞ。」
「せやな、難しいわ。でも、慣れたら慣れたでそれもホルンの魅力やし・・・ちゅ~か、教えてもらっている先輩が鬼の様な人でな・・・」
「ふ~ん、そんな怖い先輩居るのか?」
「怖いちゅ~か、普段はぼけーとしている人なんやけど・・・ホルン持つと人変わるんや。」
「あ~いるいる。そういう奴。樹と同じだな。」
「樹って、三田嶋のことか?あいつも吹奏楽始めたんか?」
三浦はさらに懐かしい名前を聞いてほくそえむ。
「ああ、あいつが中学に入学したと同時に俺が誘った。」
それを聞いた三浦はその光景を想像する。
大人しい三田嶋が東に首根っこを掴まれて引きづられる姿を・・・
「三田嶋も災難やな・・・」
「・・・何を想像してるかは知らないが、絶対違うからな。」
「まぁ、そういうことにしとこ。」
東は苦笑いをし、三浦はニヤニヤしながら答えた。
「・・・まぁ、いいや。だけど、意外や意外、あいつ音楽の才能ずば抜けていてな。今では、この辺のサックス吹きでは太刀打ちできない位の腕になっているよ。だけど、サックス持たせたら人変わるぞ。特に目つきが危ない。でな、そのまま吹いているとどうなると思う?」
「どうなるんや?」
三浦はその言葉に身を乗り出す。そして東は話を続けた。
「段々と自分の世界に入っていって陶酔しだすんだよ・・・その表情から付いたあだ名は『スマイリー三田嶋』・・・」
三浦は東の説明を聞いて、三田嶋の演奏中の姿を思い浮かべてみる。
大人しそうな三田嶋が、ニヤニヤしながら黙々と演奏をするその不気味な姿を・・・実際は、全く違うのであるが。
「そりゃまた・・・ある意味凄いな・・・。あっ、お前も案外ドラム叩いたら人変わるかもな。『俺のドラムを聞け~~』って」
「そんな奴居るわけないだろ?そんな奴居たら一回お目にかかりたいぞ。」
「いや、おるんや。実際に・・・」
「マ、マジか?」
「マジマジ・・・」
このように二人が話し出してから中々止まらなかった。
久しぶりともあって、募る話もあるのであろう。三浦の両親も「先に行くぞ。」と言うと三浦も「先いっといて~」と返したのであった。東もここでは何だからと近くの児童公園へ移動し、ベンチに座った。
「しかし、お前すっかり大阪弁が板に付いているな。」※1
東がちょっと寂しそうに言った。何だか昔の三浦では無い様に思えたからだ。
「そ、そうか~でも、島岡先輩に比べたら・・・ほんまあの人バリバリの大阪弁やから・・・」
「それがさっき言っていた怖い先輩の名前なのか?」
「そうそう、でも、実力ある人やし・・・というか、あれは何ていったらいいか・・・」
「おいおい、言葉に詰まるほど凄いのか?その人は。」
「ん~一回聞いてみたら判るわ。言葉では言い表せれへんな。あれは・・・そや、今度・・・って言っても3月やけど定期演奏会あるねん。春休みやし大阪に遊びにおいでや。」
三浦の提案に東は興味を示す。
「あっ、それいいな。一度大阪へ遊びに行くのも面白そうだ。3月って春休みか?」
「そうや、だから気軽に来たらええで。」
「了解っ!三田嶋とか連れて行くよ。で、曲は何するんだ?」
「『エルカミ』と『展覧会』や。」
「『エルカミ』って『エル・カミーノ・レアル』か。まだ、俺らは演奏してないけど、難しいと聞いているな・・・『展覧会』は何するんだ?『プロムナード』?『バーバヤガ』?それとも『キエフの大門』?」
「・・・全部」
「全部って・・・『プロムナード』から『キエフの大門』までか!?珍しいなそれは。と言うか、随分大きい吹奏楽部なんだな。コンクールでも俺らのところみたいに『オーディション』あるのか?」
「いや・・・俺、この前のコンクールでたぞ。」
「初心者でか・・・前から器用だと思っていたがそれほどとは・・・・」
東は三浦の意外な才能に驚く。
「違うねん、うち全員合わせても50人いないから・・・定演もOBとの合同やしな。」
「なるほど。でも、何かそういうアットホームな雰囲気は良さそうだな。こっちは何かするごとにオーディションがあるから、普段仲の良い奴もライバルだもんな・・・」
「でも、その分レベル高いやろ。前に『バンドジャーナル』見たら全国大会に『七海高校』の名前載ってたで。」※2
・・・このように彼らは夜が更けるまで話をしていたのであった。
<河合の場合>
ところ代わって河合の部屋。
彼は第2部で集めた曲のフルスコアーを見て考えていた。
(編曲するって言ったものも、こうも忙しいとな・・・試験も近いから困ったもんやで・・・あっそういえば、あいつがおったやないか・・・)
河合はふと思い出したように席を立った。向かう先は電話台。そこには昔懐かしい黒電話があった。
彼は手帳を見て電話を掛ける。
「・・・あっ、もしもし、立石さんのお宅ですか?河合です。明けましておめでとうございます、どうもご無沙汰しておりまして・・・ええ、元気にしてますよ。実は今こっちに戻っていまして・・・ところで、和則君いますか?・・・ええ・・・ええ!大学ですか?分かりました、では失礼します。」
電話を切った河合は回りに散らばっているフルスコアーを綺麗に片付けると、リュックの中にいれ、ソフトケースに入ったユーフォニウムと共に部屋を出たのであった。
河合は愛車の軽自動車に乗り込むと一路、『常套大学』に向かう。
河合は元々はこの愛媛県松山市の出身で、大阪に出てきたのは高校になってから。両親は仕事の都合上愛媛県に戻っていたのであるが、彼はそのとき大阪芸術大学に在籍していた為、大阪に残っている。
だからこうやって盆と正月はこちらに戻っていたのである。
実は『ウィンド』の広沢も彼と同郷の好で楽団に在籍している。
しかし、この『常套大学』はでかい。一般大学の様に「経済学部」「法学部」などの文系学部、「理工学部」「情報処理学部」などの理系学部の他に、「特音科」のような芸術系の学部もあり、まさに巨大な総合大学である。河合が大阪に行かなければ、ここを受験したであろう。
河合は行き先の「特音科」の校舎に程近い駐車場に車を乗り入れた。
その校舎はまだ新しく、防音設備の整った多くのスタジオが入っている。受付で聞いたとおりに立石がいる『第三スタジオ』と書かれた部屋へと入る。
「立石、いるか~」
重い防音扉を開けて中の様子を見ると、その人物はいた。優しそうな顔つきをした人物だ。だが、河合の顔を見た瞬間嫌そうな顔をする。
「河合さん・・・何か用ですか?」
フルートを口元から離した立石はポツリと言った。その口調はどこか丁寧ながらも気難しいそんな雰囲気である。
「なんや~久しぶりに着てやったのにその口調は~」
「いや、誰も来て下さいと言った記憶は無いんですが?」
立石は敬語を使いながらも辛らつな台詞を吐く。しかし、河合は一向に気にしない。真面目な立石にとってこういうところが河合の気に入らないところなのであるが、何故か憎めない。それは根底にお互いの楽器の腕を認め合っているからであろう。知り合ってからも随分経つ。
「ほんま、相変わらずやな、お前は。ほれ、大阪みやげや、あとで皆と分けたらええ。」
河合が手に取ったお土産を立石が見る。そこには・・・東京名物の「ひよこ」があった。
「・・・河合さん、それ東京のお土産ですよ・・・」
立石は半ば呆れたように言う。いつもこんな調子なのだ。彼と相手をすると・・・
「しゃ~ないやん、これしかなかったんやから・・・あ、それでな本題なんやが、ちょっとええか。」
「いいですよ。いつも突然来る先輩には慣れてますから。」
立石がそういうと近くにある椅子へと河合を勧める。
「で、用件ってなんですか?」
「せやせや、この編曲頼みたいんやけど、ええか?」
河合がそういうと第2部で演奏する6曲のフルスコアーを取り出す。それを手に取った立石はぱらぱらとスコアーを速読する。
「結構、曲の感じが偏ってますね。メドレーみたいにするんですか?」
「相変わらず鋭いな。そうや、この6曲つなげてメドレーにするんや。大体20分から25分くらいに縮めてくれたらええ。こういうの得意やろ?」
河合は屈託の無い笑顔を立石に見せる。その立石もニコリと笑顔を見せる。河合がこのスタジオに入ってから初めてみせる笑顔だ。
「いいでしょう、やりましょう。いつまで位に仕上げたらいいですか?」
立石は乗り気だ。彼は演奏も好きだが、こういう編曲作業も好きである。というより、音楽を自分のイメージ通りに作り上げるということが好きなのだ。誠に指揮者向きの性格である。
「せやな~遅くても2月末やな。」
「2月頭で十分ですよ。出来ましたら大阪に送ったらいいですか?」
その立石の言葉を聞いた河合は、ふと何かを思いつく。
「ああ、そうやな~それよりも、一回大阪に来えへんか?ちょっとお前に会わしたい奴おるねん。」
「それはまぁ、構わないですけど、僕はそっちに移る気無いですよ?」
「それは判ってる。フルートにな、将来有望な奴おるねん。ちょっと見てもらいたいと思ってな。プロの目として。」
「プロじゃないですよ、僕は。一介の学生です。」
「十分プロ並みの演奏してるやん・・・まぁ、ええ。あっ、あとホルンにもな・・・やばい奴おるねん。こいつはもう、プロとかアマとかそういう次元の奴とちゃうねん。」
「河合さんにそこまで言わせる子なんですか?・・・もしかして、少し前に吹奏楽連盟で一部噂になっていたんですが、コンクールの大阪地区大会で異常に上手いホルンパートの話聞いたのですが・・・その子ですか?」
河合の話に立石は興味津々だ。思わず身を乗り上げる。
「へ~そんな話になっているんか?まぁ多分それ俺らの事やろ。どうや、気になってきたやろ?」
「もう、もったいぶって。気にならない訳ないじゃないですか。是非、行かせて貰います!」
「よっしゃ、商談成立や。そや、折角やから一緒に吹くか?今日みたいに一人やと暇やろ。」
河合はそういっておどけて言う。立石もその言葉を待っていたのであろう、早速席を立った。
「暇って失礼ですね。これでも、きっちり練習していたんですから。」
立石は笑ってそう答える。やっぱり楽器は合わせてナンボである。それも自分と対等に演奏を出来る河合が相手だ。楽しいに決まっている。
二人は適当に曲を見繕い、夜遅くまでデュエットを楽しんだのであった。
※1 大阪弁は移りやすいと言いますが、何故でしょうね・・・私も西日本全域を渡り歩きましたが、大阪弁が抜けません・・・
※2 バンドジャーナル。毎月発売されている吹奏楽関連の情報誌。当時は部で毎月購読していました。
『奏』『ブラ魂♪』『Harmony A Decade Ago』のトリプルコラボでした。立石先生と東先生は各々の作品では指導者の立場ですが、これからも彼らの若かりし頃をちょくちょくと書いてみたいと思います。なんせ『一昔前のハーモニー』ですから・・・しかし、標準語(?)で台詞書くのがこんなに難しいとは・・・