第74話 それぞれの冬休み(前編)
第74話 それぞれの冬休み(前編)
年末年始と言えば楽しいイベントのオンパレードである。クリスマスに、初詣。そしてお年玉である。また、家族で海外旅行や里帰り、お墓参りと人によって其々ある。今回はそんな彼らの冬休みの様子を覗いてみようと思う。
<大原の場合>
「う~ん、どれにしようかしら・・・」
大原の姿は心斎橋にある『ヤマハ』で見かけられた。普段は学校指定のブレザーにスカートと野暮な格好であるが、今は白いワンピースに暖かいダウンジャケットを羽織っている。所々にアクセサリーをしておりどこか『お嬢様』といった感じである。実際、『お嬢様』なのであるが・・・
「亜由美様、やっぱりこういうのは専門の方に見てもらったほうが良いかと思うのですが・・・」
後ろに控えている女性がそう言う。知的で有能な秘書と言った感じの女性である。
「あっ、やっぱりそう思います?」
大原はそう言うと、ハンドバックからごつい携帯電話を取り出た。そしておもむろに電話を掛ける。※1
ん?電話がかかってきたようだ。少し失礼する。
「あっもしもし、大原です。チキンラ『ポチッ・・・ツーツーツー』・・・」
「どうかしましたか?お嬢様。」
「い、いえ、なんでもないわ・・・」
突然電話を切られた大原は少しキョトンとするが、気を取り直して再び電話をする。
「もしもし、島岡さんのお宅ですか?大原と言いますが・・・ええ・・・あっ、そうなんですか。分かりました。はい、ではよろしくお伝えください。」
どうやら、島岡は留守の様である。そして、もう一回電話を掛ける。
「もしもし、石村さんのお宅ですか?大原と言いますが、あっ先輩ですか?あけましておめでとうございます。・・・はい・・・いえ、元気にしてますよ。あのですね、誠に申し訳ないのですが、今時間空いていますか?・・・もう、そんなんじゃありませんよ。今、『ヤマハ』にいるんですが、どの楽器にしようか悩んでまして・・・はい・・・あっ、ありがとうございます。では、30分後に店の前ですね?分かりました、お待ちしております。」
大原はそう行って携帯電話を再びハンドバックに直した。
「あの、石村さんと言う方が来れれるのですか?」
「ええ、ホルンの先輩なんです、石村先輩は。」
「なるほど、そうですね。先輩に見ていただけましたら安心して楽器選べますね。」
30分後、石村は大原のお嬢様振りに非常に驚くのであった。
<鈴木の場合>
彼の姿は、地下鉄四ツ橋線『住之江』駅で見かけられた。長袖のポロシャツにジーパン、そこにジャケットを着ている普通の私服姿である。学ランを脱いだ彼は、いつも以上に大人っぽく見える。ちょっとした大学生の様な感じだ。
時間は11時5分。待ち合わせしているのであろう、時計を気にしながら周囲をきょろきょろ見る。
「よっ、ちょ~と遅れたな。すまんすまん。」
鈴木が声のした方を振り返るとそこにはジーパンにスニーカー、白のカッターシャツの上にトレーナーという野暮ったい格好をした甲斐がいた。だが、ベリーショートに鋭い眼を持っている彼女は、その格好が逆に似合っていた。まるで『宝塚歌劇団』に出てくる『男装役』の様な感じだ。事実、彼女は学校の机の中には大量のラブレターが・・・当然、全て女子からである。
「ええって、俺も今着いたところやってんやから。せや、明けましておめでとう、今年もよろしく~」
「あっ、そうやったな。こちらこそ今年もよろしくな。」
鈴木の言葉に甲斐はちょっと顔を赤くして返事をした。その表情はいつもの凛々しさはなく、どこか乙女チックである。
「とりあえず、住吉さんでも行こうか。」
「行こう行こう~」
そういうと二人を腕を組み、ゆっくり歩いて住吉大社に向かうのであった。
<朝倉の場合>
「う~ん、このフレーズがしっくり来えへんなぁ・・・」
朝倉はアルトサックスを吹いた後、そうポツリと呟いた。
彼女は今、『大阪城公園』に居る。
この『大阪城公園』。『大阪城』は勿論のこと、コンサートで有名な『大阪城ホール』を有する巨大な公園である。吹奏楽コンクールの府大会の会場がある『森之宮青少年会館』も隣接している。そして休日や夜間になると、どこからとも無く楽器の音が聞こえるところである。
そう府内の吹奏楽関係者のメッカ的な場所なのである。
彼女が演奏を止めてからも、そこらじゅうからクラリネットの音や、トランペット・トロンボーンの音が聞こえる。
その中で一際音色の良いサックスの音がするのを朝倉は聞き逃さなかった。ついつい朝倉はその音がする方へと歩を進める。
そこには、かなりの数のギャラリーが居た。朝倉は何とかそこをすり抜け演奏しているであろう人物を見つける。
演奏しているのは中学生位であろうか。中性的な顔立ちの少年が、まるで天使の微笑みの様に笑いながら自分と同じアルトサックスを吹いていた。曲はどうやら『宝島』のソロ部分のようだ。アレンジ自体はプロがするような技巧的な物ではないが、その音色はまさしくプロの様な艶やかな美しい音色であった。
一通り演奏が終わると周りから大きな拍手が起きる。朝倉もその演奏に感動し、自然と拍手をしていた。
だが、その少年の様子がちょっとおかしい。その大きな拍手と同時に怯えだしているようだ。まるで演奏しているときとは別人の様に・・・
朝倉はそんな彼を見ていると、ちょっと不憫に思い彼に向かって駆け出す。
「もう、何やってんの?抜け出すわよ。」
朝倉はそういって彼の手を取る。その少年はいきなりの朝倉の行動にびっくりするが、その意図を把握したらしく大きく頷いた。
それを確認した朝倉は、逆の手に彼の楽器ケースを持つと彼を引きつれその場から脱出したのである。
周りは突然の脱出劇に一時呆然としたが、その彼女の首にアルトサックスがぶら下がっていることに気が付いたのであろう。特に騒ぐことも無く解散し始めたのであった。
「ふう、大丈夫?」
朝倉は自分が練習していたところまで着くと、握っていた手を離し彼に言った。
「ええ、大丈夫です。この度は本当にありがとうございました。」
その少年は少し息を切らしていたが、丁寧に礼を言う。そんな少年を朝倉はまじまじと見る。本当に可愛い顔をした少年である。このまま女装させたらまさしく女の子であろう。小路も大概可愛い顔をしているが、彼はその上を行く。それに演奏中のあの笑み。あれはやばい。島岡が演奏中の凛々しい顔とは違い、まるで天使の様な笑みである。違う意味でコロッといきそうである。だがそこに居るのは大人しそうな少年。保護欲を掻き立てられる。
「しかし、あの演奏は凄かったわ。思わず聞き入ってしまうもの・・・」
「そ、そんな~何だか照れてしまいますね。僕なんてまだまだなのに・・・」
朝倉の絶賛にその少年は謙遜する。しかし、時に謙遜は相手に不快感を起こさせる場合がある。本人が意図しなくてもだ。
(あれでまだまだって・・・じゃぁ私って一体・・・)
その言葉に朝倉は少しショックを受ける。
「ど、どうかしましたか?」
朝倉の様子が変わったのに気付いた少年は気を使う。
「・・・ええ、大丈夫。なんでもないわ。それより名・・・」
朝倉は気を取り直し名前を聞こうとしたときであった。
「いつきく~ん。こんな所にいたんだ。こっちこっち」
大きな声で彼の名を呼ぶ声がした。そちらを振り返ると少し離れたところに、声を発したであろう知的な美少女がいた。
「あっ、友達が着たので、これで失礼します。本当にありがとうございました。」
少年はそう言うとぺこりと一礼し、楽器ケースを持ちその場を離れた。
「どういたしまして。サックス頑張ってね。」
朝倉は去り行く少年に一言声を掛けた。
「お姉さんも頑張ってください。では、さようなら。」
少年は振り返り大きな声で朝倉に言うと、その少女の下に走っていった。
(お姉さんねぇ・・・そうね、私も頑張らなくちゃ。だけど、名前聞きそびれちゃたな。あっ、でも『いつき』って呼ばれてたわよね。)
朝倉は少年から激励を胸に刻むと、そのままサックスの練習に打ち込むのであった。
しかし再び彼と会えるとは、朝倉は思ってもいなかったのである・・・
後編に続く・・・
※1 当時の携帯電話は普及が余り広がっておらず、学生が持つものではありません。なんせ1分500円も通話料が掛かるのですから・・・
部員のちょっとしたプライベートを覗きました。さて、この少年の正体とは・・・後編で明らかにされます。