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第73話 年に一度の大掃除

第73話 年に一度の大掃除


クリスマスも過ぎ、そろそろ年も終わろうとしている。この時期はどの家庭でも大掃除を行う頃であるが、今高高校吹奏楽部も当然ながら大掃除を行う。これで今年の活動納めというわけだ。


朝から部員が続々と音楽室にやってくる。1年2年は勿論だが、石村・寺嶋・平田のいたずらトリオ、さらに勉強の息抜きなのか浅井・藤本とクラリネット3人娘など3年の姿もちらほらと見えた。

皆、(ほうき)やら雑巾を手に取っている。やはり、ここは学校。土足厳禁の音楽室とは言え電気掃除機では掃除をしない。全て人力である。


「三浦~ガラスクリーナー取ってくれ~」

「はいはい・・・ってそれ危なくないんですか?」

三浦は顔を見上げて島岡を見た。島岡は2m程上にある窓枠に、器用にまたがっていた。勿論、音楽室の反対側は外。ここは2階であるから落ちれば大怪我をするであろう。

「しゃ~ないやん、こうせんと表も拭けへんねんやから。せやからはよ、クリーナよこせ。」

「はいはい、じゃぁ、これですね。」

そういって三浦はガラスクリーナーを島岡に渡す。島岡はそれを受け取ると、軽く『シュッ』と窓に吹きかけ窓を拭く。誠に器用である。

「次はそこの新聞紙取ってくれ~」

「え?新聞紙ですか?何に使うんです?」

「空拭きに使うんや。」

「これでですか?」

三浦はそういうと首を傾げながらも新聞紙を島岡に渡す。島岡はその新聞紙で『キュキュ』と言わせながら窓を拭き上げるのである。

暫くして音楽室の床に下りた島岡に、三浦は先ほどの新聞紙の謎を聞いてみた。

「空拭きに新聞紙って意味あるんです?」

「ああ、それな~新聞紙に使ってるインクあるやろ。あれがええワックス代わりになるねん。」

「へ~」

島岡の答えに三浦は感心する。しかし、そういう知恵が回るのに、何故か島岡の成績が悪いのはなんとも言い難い。この前の期末も赤点は免れたが散々の成績だったのである。

この様な感じで大掃除は進められる。普段は拭かない高いところにある窓や蛍光灯、スピーカーの上、音楽室の下の部屋など、どんどん掃除をしていくのである。


さて、こういう大掃除というものは、大概色々な珍品が発掘されるものである。

予想通りと言うべきであろうか、それは下の部屋から出土された。

それは黒い箱であった。数は大小3つ。

「あれ・・・これって・・・」

三浦はその黒い箱を見ると何かを思い出す。大きさこそ違うが、以前見たことのあるような箱の材質だからだ。そして思い出す。メロフォンの楽器ケースに似ていると言う事に。(『第11話 なんか違うんですが・・・』参照)

下からこの楽器を持ってきた平田はおもむろにケースを開ける。そこには埃のかぶったユーフォニウムがあった。

「あ~こりゃ予想通りニッカンやな。かなり長い間放置されとったから・・・ほれ、管がぼろぼろや。音鳴らへんのちゃうか。」※1

平田はそういうと、マウスピースを持ってきてその楽器に装着し吹いてみる・・・がやはり音が出ない。ピストンなど錆び付いてまったく動かない。

「こりゃあかんな・・・修理しても無理ちゃうか?」

「おっ、こっちは状態ええで。」

平田は少しがっかりしていると、一番小さいケースを開けた南川が叫んでいた。その手には古ぼけているトランペットがあった。しかし、先ほどのユーフォニウム比べて全然状態が良い。

「ん~、型番は『YTR-1』って刻んでるな。頭文字が『Y』やからこれヤマハ製か?」

「でも、箱はニッカンっぽいですけど・・・」

三浦は南川の言葉を否定する。しかしここまで古いと、どれが何製なのか型番だけで判別することは難しい。ニッカンブランドの楽器は、ヤマハに合併吸収された後も10年以上ヤマハ製と同じ生産のライン作られているからだ。

南川も平田と同じように吹き始める。『パァーン』と綺麗な音がした。

「おっ、こいつはまだ全然使えるな。ちょっとピストンが硬いけど整備したら十分やで。」

南川はそう言うと、さっそく楽器を持ちトランペットパートのロッカーへ向かったのであった。

残るは一箱。大きさから言うと、メロフォンの箱よりも大きく、ユーフォニウムの箱よりも小さいといったところか。皆ワクワク顔でその箱が開けられるのを待っている。

開けるのは島岡だ。慎重に留め金を外し、箱を開ける。

「こりゃ・・・アルトホルンやないか!!」※2

島岡がそのユーフォニウムを少し小さくしたような楽器を持つ。管もユーフォニウムの様に長くなく、メロフォンの様な簡潔さだ。楽器の状態も、先ほどのトランペットと同じ位で問題なさそうである。

島岡は、箱の中に入っているマウスピースを手に取ると、ハンカチで綺麗に拭いてから楽器に付ける。そしておもむろに拭いた。

音域はホルンに近いようであるが、音色は軽く豊かな音がする。

「E♭管か・・・このまま吹いてもええけど、手入れしたらんとな。長い間ず~と辛抱してたもんな、おまえは・・・」

島岡はそのアルトホルンを撫でながらそういうと、ホルンパートのロッカーへ向かったのであった。

後日、この2台の楽器は楽器屋へオーバーホールに出されるのである。


そんな中、大掃除も無事終わる。人海戦術を弄したおかげか、まだ午後の3時。冬至が少し回った日ながらもまだ太陽が照っている。

「なんかこのまま解散やと面白ろないなぁ~。今年もこうやって集まれるの最後やし、皆で遊ぼうや~」

南川がそういうと待ってましたとばかりに3人の男が動く。

「野球しようぜ~ここに、ボールとバットあるしな。」

平田がそう言った。その手にはどこからともなく現れた、校庭で使う柔らかいボールとプラスチックのバットがあった。どうもこの3人、元々これが目的だったようである。

「え~・・・でも、30人以上いますよ?人数。」

三浦は思わず言う。野球をする人数より遥かに多い人がここにいるのだ。

「かまへんかまへん。遊びやしな。やろうぜ~」

平田はそう言って押し切ると世にも奇妙な草野球が始まったのである。


「サードが2人もいる・・・」

「あほか~外野見てみ~10人おるで・・・」

三浦は愕然と島岡は呆れて言った。そう、その守備配置はありの子一匹抜けれそうなくらい重厚なのである。しかし、そこは女子が多い吹奏楽部。いざ始めてみるとトンネル・お手玉・暴送球のオンパレードである。これはこれで面白い。

しかし、案外エラーで出塁できるかと思いきや、男子部員が要所要所いるのでなかなか点に結びつかない。

童心に戻った彼らは、球が見えなくなるまでグラウンドを走り回ったのである。


こうして、今高高校吹奏楽部の今年は終わるのであった。


※1 ニッカン。日本管楽器株式会社のこと。明治25年(1892)当時陸軍工廠に勤務していた銅細工師の江川仙太郎が、管楽器の修理を始めたことが起源といわれている。昭和12年(1937)に「日本管楽器株式会社」となり、『ニッカン』と言われる様になる。昭和45年5月にヤマハに吸収合併され、その歴史に事実上幕をおろす。

このように戦前戦後と管楽器に携わってきた会社です。

※2 アルトホルン。元々は、サクソルン族に属するアルト・サクソルンが原型と言われています。コルネットとトロンボーンの中間のような音色を持つのが特徴です。E♭管が多く、まれにF管もあります。というか、私も詳しいことは余り分かっていません。すいません。


今年の締めの大掃除。楽器の発掘(?)や最後には野球大会と本当に彼らは仲が良いです。来年も彼らは暴れまわることでしょう。

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