第72話 今宵最後のコンサート(後編)
第72話 今宵最後のコンサート(後編)
さて、コピーをするアーティストは決まったものの、曲までは決めていない。
しかし、米米クラブ好きの島岡・南川・柏原から山のような曲数が上げられる。
「とりあえず、『KOME KOME WAR』は外せんやろ。この前出たアルバムにあったしな。」と南川。
「あほか!ここは初心に帰って『 Shake Hip』やろ。」と柏原。
「どうせやるんならネタに走らんかい。『加油』か『パロディーズ』やろ。」と島岡。
勿論、三浦には分からない。精々『KOME KOME WAR』までである。
と、ここでばらばらな意見を言っていた声がハモる。
「「「いっそのこと全部!」」」
「「「「お前らアホか!んなもん、できるか!!!」」」
突っ込んだのは当然他のメンバーである。なんといつもニコニコ顔しかしない中嶋まで突っ込んでいる。
「と、とりあえずや・・・2曲に絞ろ・・・」
「せ、せやな・・・それがいい・・・」
「任せた・・・」
3人はズタボロにされてようやく言うことが出来たのであった。
結局曲は、『Shake Hip』とバラードも良いと言うことで『TIME STOP』で落ち着いたのである。
翌日・・・
部活をやっていない午前中にメンバーが集まる。さすがに午後からの部活中に練習はできないからだ。
そして柏原は早速バンドスコアーを皆に配っていた。昨日の部活終了後にヤマハで買ったものである。
「とりあえず、今日1日で譜読済ませておけよ~明日から合わせんで~」
「あいよ~」「OK~」「ラジャー」「ヤー」「サー、イエッサー」・・・
本来の部活ならば「はい!」という機敏な返事を返すが、この時だけは皆言いやすい気軽な返事で返す。
「三浦~とりあえずこっち来い。ギター教えたる。」
「はい」
三浦は柏原に呼ばれると早速彼の近くに行った。そしてエレキギターをアンプに繋げる。
「なんや~えらい様になってるやん。さては昨日から練習してたな?」
「あ、分かります?でも、エレキギターってアンプさえ繋ながへんかったら、家でも練習できますね。」
「まぁな。とりあえず、即席やさかい細かい手順省くで。この紙に2曲のフレットの押す位置書いてきたからこのまんまやるんや。押し方は自分のやりやすい方法でかまへんで。」
柏原はそういうと手書きのメモを三浦に渡す。そこには今回の2曲に出てくるコードのフレットが書かれている。
「ま、丸暗記ですか?」
「当然やろ、一からやって1週間で出来ると思うか?」
「む、むりですね・・・」
「まぁ、頑張れ。お前ならできるはずや。」
柏原は最後に殺し文句の常套句をいうと、その場を離れた。
三浦は仕方が無いと思いながらも、柏原から貰ったコードを見てフレットを押さえ、弾く。そして次のコードへ・・・そういう風にどんどんと先に進むのであるが、ふと思ったことがあった。
(これ・・・めっちゃやりやすい!?)
そう、柏原は難しいコードはすっぱりと切り捨て、調がおかしくならない形で楽なコードにしていたのである。それも、コードとコードの間が楽なフレット位置を指定しているのだ。これなら初心者でもなんとか出来そうである。
そして運命の『クリスマス会』当日である。毎年クリスマス会は24日や25日と決まっていない。付近の日の『合同』がある日曜日の夕方から始めるのだ。勿論、このバンドはサプライズ企画である為、『ウィンド』の面々がいるこの日は練習できない。午前中でも・・・と思われたが、実は第1部の『ウィンド』側の練習は、この午前中が使われるのだ。ということで、後は本番を待つのみである。
「三浦、鈴木、小路~リアカー借りに行くぞ。付いて来い~」
「リアカーですか?」
「当たり前やろ、ドラムセットにアンプあるねんで?普通に持っていけるかいな。」
島岡は三浦たちに声をかける。
そう、クリスマス会の会場は音楽室ではない。少し離れた町内会の集会所で行われるのだ。500mも離れていないが、ドラムセットやアンプとなるとかなり遠い。
4人は学校の直ぐ裏にある『相田商会』という看板の店に入った。ここには数多くのリアカーがある。
「おっ、久しぶりやな~。いつもええ音させてるの聞いてるで~。あの音がえ~目覚まし代わりになってるわ。」
島岡たちを見た店の主人は彼らに声をかける。どこにでもいる人の良いおっちゃんである。
「おっちゃん、久しぶりやな~。一台借りていってええか?」
島岡もそういって愛想良く答える。
「ええけどこんな時間ににか?」
「すまんな~、急に。9時くらいには返しにくるから。」
「まぁ、ええけど・・・っとそこの3人は見ない顔やな。お前んとこの新しんのか?」
「せや、来年になったらこいつらが取りに来ると思うから、よろしく頼むで~」
「わかったわかった。ほな、平田の兄ちゃんにもよろしく言っといてや~」
「わかったわ~」
コテコテの大阪の下町言葉である。三浦はそのやり取りを見てある意味感心してしまった。
「お前ら遅そかったな~。もう始めてるぞ。」
玄関を除いていた河合がそういった。ここには、現役の他に河合・更科とウィンドの面々が多くいた。多少は帰ったと言え、40人位居るであろうか。
「すいません~ちょっと野暮用で。南川~持ってきたで~早速始めよや~」
島岡は河合にそういって謝罪すると大声で南川を呼ぶ。
「わかったわ~」
南川がそういうとバンドの面々が次々に玄関に出てくる。ウィンドの人たちは今から何が始まるのかと、少し驚いている。
しかし、次々と準備が整ってくると今から何が始まるのか察したようであった。
「じゃぁ~始めようか~今夜限りの『今今クラブ』や~」
南川の叫びと共に始まった。
「「「シェーーーシェシェーーシェーーィクヒーーープ!!」」」
メンバー全員による始めのコーラス。ハモッているが低くて野蛮なコーラスだ。今まで隠れていた辻本は完全メイク状態で登場する。
そして、金沢のドラムと島岡のベース・三浦のエレキギターが始まる。南川はカールスモンキー石井よろしく場を盛り上げる。それに続くホーンセクション。トランペットとトロンボーン、それにサックスの登場だ。そしてそのノリノリの状態の中、南川が歌う。ところどころにパーカッションが色々な鳴り物で場をさら盛り上げる。その中、思った以上に大変なのは辻本だ。ジェームス小野田のポジションは、見た目以上にボーカルよりも過酷なのである。
しかし、三浦は焼け付け歯の割りに良くやっている。この早いペースに付いていってるのだ。その他の連中はやりたい放題だ。回りながら踊りながら演奏している。サビの間では、ホーンセクションが気持ちよく吹いてかっこよく決める。そして終わりも近づく頃、野郎共のコーラスと南川のメインボーカル、辻本のサブボーカルの声が入り混じり、頭のコーラスに戻って曲が終わる。辻本の「新陳代謝じゃ!」の言葉と共に・・・
大きな拍手と口笛、「ええぞ~」「かえれ~」など野暮な野次が飛ぶ。こんな声援は吹奏楽には無いものだが、逆に気分が乗る。
「れでぃ~す、ぇ~んどじぇんとるま~ん、今宵は俺らのライブに来てくれてありがとう~だが~~~名残惜しいがこれが最後だ~~」
南川の派手な口上が終わると次の曲に。
ドラム・ベースとギターのゆっくりとしたリズムと共に、ホーンセクションの綺麗なハーモニーが奏でられる。『TIME STOP』だ。暫く続くそのアンサンブルの後、南川が優しく歌いだす。静かなバラードの為三浦も必死になって弾く。『Shake Hip』と違い勢いだけでは駄目なのだ。そんな中、中嶋のトロンボーンの音が艶っぽく鳴る。
サビではホーンセクションが南川に合わせる様に優しく吹く。それに続くはトロンボーンのソロ。そして三浦のギターソロだ。初心者なのでぎこちないが、音を外すことなく弾き、南川にバトンを渡す。それをトランペットが盛り上げて行く。そして曲は最後まで優しく綺麗に終わる。最後に柏原の澄んだトランペットの高音を響かせて・・・
「なんや~早く言ってくれれば、俺がギター教えてやったのにな。」
馬鹿騒ぎの片付けを手伝いながら更科が言った。
「え?なんでですのん?」
三浦は不思議そうに答える。そういう話は聞いた事がないからだ。
「なんや?知らんのか?こいつ大芸大中退してから、暫くギターの流しで生活費稼いとってんで?」
横にいた大橋が笑いながら三浦に答えたのであった。
ちなみに、三浦がこれから卒業するまで、再びこんなバンドを組むことはなかった。
そう、今宵・・・今宵だけの最初で最後のバンド結成だったのであった。
ある意味貴重な体験をした三浦でした。しかし、バンドの曲をいつもの感じで書くとまた新鮮です・・・ですが、難しいです。




