第70話 君たち、何かわすれていませんか?
第70話 君たち、何か忘れていませんか?
季節は過ぎ冬。師走と呼ばれる月である。
さて、12月と言えば年の最後の月であり、イベントも多くある。クリスマスに冬休み。月も変われば正月もあり、アンコンの季節でもある。しかし、その前に何か忘れていないであろうか?
そう、期末試験のシーズンである。著者も最近忘れがちだったが、彼らは一応高校生である。基本は勉学。そしてこの今高高校は有数の進学校。おっと、これも忘れていた・・・年は取りたくないものである。
いつもの音楽室にいつもの面々。違いと言えば、試験一週間前に突入しているので、極端に部員の数が少ないと言うことであろうか。
「今回という今回はやばいわ・・・」
島岡は頭を抱えて呻いていた。ホルンを持てば敵無しのある彼であるが、勉強の方はからっきしである。
「そんなにやばいんですか?」
三浦はちょっと心配そうに言う。彼は真面目な性格であるから、準備に余念は無い。そのお陰で順位も常に二桁キープしている。
そんな彼を島岡はふと顔を見て、目を輝かせる。
「おっ、いいこと思いついた。」
三浦は嫌な顔をする。彼が『いいことを思いつく』と言うときは、碌なことが無い。まだ、1年も経っていない仲であるがそれくらいは分かってきている。
「三浦~俺の代わりに・・・」
「却下です。そもそも学年が違います。なんか夏休みの時にも聞いた気がするんですが?」
「うっ・・・冗談も通じな・・・」
「じゃぁ私が先輩の代わりに・・・」
「・・・大倉さん。だから学年が違うから・・・」
後ろから突如沸いた大倉に三浦はすかさず突っ込む。さっきまでグランドピアノの向こう側に居たはずなのであるが、三浦は気にしない。いつものことだ。また新しい装置でも付けたのであろう。
しかし、大倉は三浦の突っ込みにめげずに言う。
「でもでも、愛さえあれば年の差なんて関係ないもん♪」
「使うとこ間違ってるから・・・確実に・・・」
再び突っ込む三浦。しかし、ふと思った。彼女の成績の順位に。こんな彼女でも常に彼の上を行く。実は学年で1、2位を争う秀才なのだ。
成績優秀でちっちゃくて可愛くて、フルートが凄く上手い彼女。捻じ曲がった恋愛感がなければ間違いなくミス今高ではないだろうか。どこか勿体無い・・・
「と、とりあえず、3日後から試験なんですから柏原先輩とか古峰先輩に教えてもらったらいいんじゃないですか?」
三浦は溜息を付きながら、当然とも言える解決策を島岡に献上する。
柏原も古峰も学年順位で一桁の成績だ。しかし・・・
「え~、それやったらなんか面白くないやん。こういうのは傍から見るのがおもろいからな。」
「私は島岡君に勉強教えるのはもう諦めたわ・・・」
三浦の言葉を聞いた柏原と古峰が、少し離れた席からそう言う。何故か仲良く机を並べている珍しい光景だ。ここで柏原が核心を突いた。
「というかそもそもお前、まともに勉強する気ないやろ・・・」
「当たり前やん、なんで好きでもない事勉強せなあかんねん?」
柏原の言葉に島岡はしれっと答える。
そうなのだ。島岡は興味が無いものにはトコトン何もしない。逆に好きなものはトコトンするのでるが・・・そんなことを思っていた三浦はいい事を思いつく。
「島岡先輩。」
「な、なんや?」
三浦の問いかけに島岡は少し疑心暗鬼で答えた。しかし、三浦は気にせず思ったことを口に出した。
「今勉強しないと、冬休み補習ですよ。その間ホルン吹けないですけどいいんですか?」
「・・・忘れとった。」
島岡は一言そう言うと、何かに目覚めたようにホルンパートのロッカーに向かう。そして、何故かそこから数学・地理・科学・物理・現国・古典などなど大量の教科書を取り出し、机の上に積む。そして一言。
「柏原~試験範囲どこからどこや~全部教えてや~」
「「・・・」」
それを聞いた皆は唖然とする。彼は今回の試験範囲さえも分かっていないのである。柏原は仕方が無いと言わんばかりの溜息を付くと、健気に試験範囲を教えるのであった。
それから数日後、試験も終わり部活も再開する。ちなみに、試験の結果はこのテスト休み後の終業式の日に明らかになる。
さて、実はもう一つ忘れていたことがあった。それはパート練習で明らかになる。
ホルンパートはいつもの「2-4」の教室でパート練習を始めようとしていた。
いつものごとく、机に座り足は宙ぶらりんの体勢である。
「よっしゃ、今日は『アラビアのロレンス』するで~譜面用意せえや~」
試験が終わった島岡は元気である。相変わらずの大声で、教室の中を響かせる。
「「「「へ?!」」」」
三浦を筆頭に石村・松島・大原は目を点にする。『鳩が豆鉄砲を喰らう』とはまさにこの状態なのであろうか。
そう、彼らは『エルカミ』や『展覧会の絵』に目が奪われて、『アラビアのロレンス』の個人練習をすっかり忘れていたのだ。当然・・・
「「「「楽譜取ってきていいですか?(ええか?)」」」」
と、4人とも同時に同じ事を言ったのである。
「・・・お前らなぁ・・・とっとと譜面取って来い!!」
島岡の顔はたちまち般若となり、先ほどの大声とは比べものにならないくらいの怒鳴り声を上げる。
「「「「は、はひ~ぃ」」」」
三浦たちは情けない声で返事をし、慌てて音楽室に戻る。その中には、先輩のはずである石村も混じっていたのであった。
色々忘れていたことを思い出すお話でした。私も含めて・・・