第67話 ウィーク・ポイント
第67話 ウィーク・ポイント
『弱点』・・・それは誰にでもあるものである。逆に無い人を探すほうが難しいであろう。
勿論、この小説のキャラクターたちにも弱点はある。最強のホルン奏者である島岡でさえも・・・
(う~ん・・・これどうやって吹こう・・・)
三浦は楽譜を見ながらそう思っていた。島岡は少し離れた所で個人練習をしている。朝練習の一コマである。いつもであれば一緒に練習するのであるが、たまには島岡に個人練習をしてもらおうと、三浦から提案したのである。
彼の見ている箇所は、『展覧会の絵』の「リモージュの市場」の最後。例の32分音符のところである。この楽章は、騒がしい市場の様子を描いた楽章であり、どの楽器も小うるさいながら華やかに演奏する。ホルンもその例に漏れなく、冒頭から16分音符で『タリララタリララ~』と忙しなく動く。その極め付けが最後の部分の32分音符である。譜面上では2分音符で書かれているが、斜線により32分音符でタンギングを付くことが要求されている。
三浦は仕方がなく地道にタンギングの強化を図るべく、メトロノームを「144」にセットする。いつもであれば「120」でタンギングの練習をするのであるが、敢えて限界に挑戦する。今までの最高は「152」であるので、少し下からのチャレンジである。
4分音符から始まり8分音符、そして三連符を経て16分音符をする。その速さで自分が満足できれば、少しづつ速さを上げていく。
(おっ、今日は調子がええな。)
三浦の思い通りに進み、現在は「168」・・・前に試したときよりも遥かに早い。少しづつではあるが自力が付いているのであろう。しかし、先は長い。目指すは「208」である。が、ここが限界である。「176」でとうとうタンギングが追いつかなくなった。
「なんや~えらい早いタンギングの練習してるなぁ~」
三浦はいつもの聞きなれた声をする方に顔を向けた。そこには柏原がいた。当然彼も朝練習の常連組みである。
「お、おはようございます。」
「おはよう~相変わらず精が出るな。」
三浦はすかさず挨拶をすると柏原は軽く答えた。そして、三浦はふと思いついた。
「そうだ、柏原先輩。一つ聞いていいですか?」
「ええで。なんや?」
「あのですね・・・早くタンギングするコツ教えて欲しいと思いまして・・・」
三浦はそういうと柏原に問題の箇所の譜面を見せる。
「あ~これか・・・確かにこれはタンギング練習せんとどうにもならんもんな。ええで。見たるからタンギングしてみ。」
柏原がそう答えると三浦はホルンを構えタンギングをする。早さは先ほどから少し落とした「168」だ。
そのタンギングを聞いた柏原は顔が少し険しくなる。三浦は不安になりながらも続けた。
「あ~もうええで。大体欠点が分かったわ。」
柏原の声で三浦はタンギングをやめる。そして柏原は話を続ける。
「欠点というか・・・お前この速さのタンギング、シングルでやってるやろ?」
「シングル・・・ですか?」
三浦は良く分かっていない顔をする。それを見た柏原は「しゃ~ないな~」と言いながら説明をする。
「ええか、タンギングには色々あってやな、今してた『トゥートゥートゥー』って舌を付くタンギングの他にもダブルタンギングちゅうのがあるんや。」
「ダブルですか?」
三浦はそれでも分かっていないらしく呆け顔だ。柏原は気にせず続ける。
「ダブルちゅ~んは、『トゥクトゥクトゥク』って感じで舌を突くとダブルタンギングになるんや。一回やってみ。」
「分かりました。」
三浦は柏原の言うとおりダブルでタンギングを行う。
(あっ、この速さでも楽にタンギングできる。やり易い・・・)
三浦の率直な感想だ。それを読み取ったのか柏原が話しかける。
「なんや、もうものにしたんかい・・・早いやっちゃな~。あとな、『トククトククトクク』ってするとトリプルになるんや。まぁ、あんまりする奴はおらんけどな。」
「へ~そうなんですか。タンギングにも色々種類あるんですね。」
三浦は感心したように言う。
「まぁあれや・・・お前が知らんのもある程度予想しとったがな・・・」
「え?なんでですの?」
柏原の呆れた様な発言に三浦は不思議になった。
「実ははな・・・」
「実は?」
「島岡・・・あいつダブルタンギングでけへんねん。」
「え?!そうなんですか?」
三浦が驚いた声で言う。あの島岡先輩がこんな簡単なダブルタンギングが出来ないのだ。驚いて当然であろう。
「せや、あいつあんなけホルン上手~てもダブルでけへんねん。唯一のあいつの弱点や。知らんかったやろ。」
「知らないというか・・・そもそもダブル自体今知りましたから・・・」
「・・・そやろうな。でけへんもんは教えようがないもんな。さっきまでの様子見てたらそうやないかと思ったんや。せやけどな・・・」
「あいつ、その代わりシングルで「208」の16分音符しよるで・・・その上もいけるかもしれへん・・・」
「はぁ?」
三浦はその後の柏原の言葉に耳を疑った。どんな高速な舌使いなのかと・・・
その様子を見た柏原は半ば諦めた様に呟いた。
「まぁ、あれや・・・弱点が弱点やなくなってるんや・・・あいつは・・・」
そんな彼らの会話の中、向こうで吹いていた島岡は「リモージュの市場」の32分音符の部分を華麗に演奏していたのであった。
なんだか弱点なのかそうじゃないのか分からない話でした・・・ちなみに、著者はダブルタンギングできません。何故かトリプルはできますが。何故なんでしょうね・・・