第63話 初心に戻って・・・
第63話 初心に戻って・・・
その後、教室に残された二人は大いに慌てていた。
「ど、どうしましょ・・・」
「どうしましょって言ってもなぁ・・・さっきのはまずいやろ。」
松浦は溜息を付いて言う。
「でも、本当のこと言っただけなんですが・・・」
「いや、確かにそうなんやが、こういう合わせるところの練習怠ってたのは事実やで。注意せえへんかった俺も悪いけどな。」
それを聞いた三浦は思い出す。確かに松島は旋律部分はできていなかったが、この箇所の練習は真っ先にやっていたことに。しかし、三浦は納得できない。
「でも・・・僕らは島岡先輩みたいにうまくないんですよ。だったらその辺りも配慮して・・・」
三浦の言葉を聞いた松島はさらに溜息を付いて言う。
「だ~か~ら~、お前ほんままだ分かってへんのか?配慮してるから打ち込みのところから始めたんやないのか?あいつコンクールの時、なんて言ってた?」
三浦はふと島岡の言葉を回想してみた。
『・・・そういうややこしいところは先輩に任せたらええ。』
『ほかの所は?』
『そりゃしっかり吹いてもらうで?特に和音とかは4thおらんと困るしな。』
三浦はコンクール前のことを思い出すと、言葉も出なかった。
(なんや、俺・・・ちょっとは吹ける様になったと思ってたのに全然成長してへんかったんやん。いや、もっと酷い・・・)
三浦はがっくりうな垂れたのであった。
「とりあえずや、気付いたんやったらさっさと謝って来い。あいつのことや、そんなに根持ってへんで。」
「は、はい。」
三浦はそういうと教室を出て行ったのである。
「し、島岡先輩はどこですか?」
三浦は大急ぎで音楽室に戻って来た。渡り廊下できっと一人で吹いていると思っていた三浦は、そこにいないことに気付き、慌てて音楽室に戻ったのである。
「ああ、あいつなら帰ったで。」
音楽室でパーカッションのパート練習を見ていた柏原が答えた。
「ええ!?」
その言葉に三浦は驚く。まさか帰ったとは思っていなかったのである。
「なんかあったみたいやな、あいつの様子もおかしかったし。ほれ、俺に話してみぃ。お~い、ちょっとパー練休憩や。個人練しとって~」
「「はい」」
伊藤たちは返事をすると、各々楽器をたたき出す。さっき注意されたところを練習しているのであろう。
「よっしゃ、下いこか~」
「え・・・ええ」
柏原は三浦を連れ添って音楽室をでる。行き先は、以前に南川に相談した例の部屋だ。(第10話 彼の実力参照)
「ここやったら誰にも聞かれへんで。ほれほれ、お兄さんに話してみ。」
柏原はニヤニヤしながら三浦に言う。
(柏原先輩やったら、島岡先輩の幼馴染やし、ええ答え見つかるかも。)
三浦はそう思うと、今までのいきさつを話した。
「なんやそれ・・・しかしまぁあいつらしい怒り方やな。うちじゃ絶対ありえへんわ。」
「そうなんですか?」
三浦は不思議そうに言う。トランペットでも和音やら合わせるところがあるのだ。しかし、柏原はあっけらからんと答える。
「そりゃそやろ、うちが旋律でけへんかったら終わりやろうが。そういうところは後で合わすんや。合奏中でも出来るからな。」
「そ、そんなもんですか?」
「そんなもんやろ、目立った者勝ちやで、うちらわ。まぁ、島岡がきっちりそういうところを先にまとめといてくれるから、すげ~楽なんやけどな。指揮者としては。」
柏原は笑って答える。すると三浦は自分のしたことが間違いじゃなかったのではないかと思ったので、質問してみた。
「じゃぁ、僕が先に旋律練習してたのは間違いじゃぁないんですよね?」
だが、三浦の質問に柏原は否定で答えた。
「それはうち限定や。ホルンは知らんで。お前、ホルンが和音楽器ちゅうの忘れてないか?」
「そ、そうでした・・・」
柏原の指摘に三浦は顔を赤くした。
柏原はまだまだやな~という感じで三浦を見る。さすがにこれ以上いじるのは可愛そうだと思い、解決策を話し出す。
「まぁ、お前も早よ謝りたいんやろ。」
「はい、今からでも行きたいんですが・・・」
「慌てんな。今からは無理や。」
「無理なんですか?」
「あいつ、今はきっと仕事に向っとる。」
「し、仕事ってバイトですか?」
「ん~ちょっと違うけど、家の手伝いやな。」
「あ、あのお好み焼き屋ですか。」
「せや、やから今日はもう無理や。軽く1時回るで。」
「い、1時ですか・・・」
「なんや、1時にあいつの家行くきか?」
「そ、それはちょっと・・・」
「やろ、ちゅ~わけで、朝来い。」
「朝ですか?」
柏原の言葉に三浦はキョトンとした。朝練があるなんて聞いたことがないからだ。しかし、柏原は続けて言う。
「せや、あいつ朝練してるから、そのときに謝るんや。」
「朝練しているなんて、初めて聞きました・・・」
「そやな・・・朝練来てるメンバーなんてホンマ一握りやから・・・俺、島岡やろ、寺嶋さん、古峰、辻本、それに中嶋や。たまに岩もっちゃんと南川も来るな。1年やと大倉もきとるな。」
そのメンバーを聞いた三浦はふと思い尋ねる。
「それって・・・皆上手い人たちじゃ・・・」
「おっ、気付いたか。前までは平田さんとか石村さんもおったで。それでもな・・・島岡の練習量がダントツに多いねん。」
「え!?」
三浦は驚く。
「あいつ、毎日6時半から吹いてるんや・・・他の連中は8時前くらいやのにな。俺で7時半かな・・・一時期あいつに付き合って6時半に来てたけど、毎日はキィツイワ。」
「えっでも・・・夜中まで仕事してるって・・・」
「授業中いっぱい寝てるで、あいつは・・・ホルン馬鹿やからな。」
「・・・」
「せやから、明日朝来て謝っとけよ。逆に朝きたらあいつ感激して涙流しよるわ。」
「わ、分かりました。」
柏原の助言に三浦は嬉しそうに答えた。
「あ、それとな。」
「はい?」
「俺が島岡が朝練してるってお前に言ったこと秘密な。」
「なんでですの?」
三浦は柏原の話に不思議そうに言う。
「前にぼやいとったわ。『パート長なってから個人練できるの朝しかないなぁ』ってな。」
「あ・・・そうか・・・」
三浦はこのクラブに入ってからの事を思い出した。島岡が部活動中は、ずっと他の人の練習を見ていたことに・・・彼の個人練習を見たことがないのだ。そして目頭が少し熱くなるのを三浦は感じたのであった。
次の日、三浦は7時半に駅に着く。いつもなら車通りの激しい道が、ガラガラである。彼はこの時間に学校に来たのは初めてなのだ。いつもは授業が始まる少し前の8時25分に来ている。
校門に近づくとホルンの音が聞こえる。それは『エルカミ』の再現部の箇所だ。中間部の旋律であった箇所が、島岡のホルンによって雄大に再現される。相変わらず鳥肌が立ってくる。それに続くアグレッシブな指回し。しかし気に入らないのであろうか、その箇所を何回も繰り返す。三浦の耳には問題ないように聞こえるのであるが・・・
校舎の中に入り、音楽室を目指す。そしていつもの渡り廊下に出た。ホルン以外の楽器の音が聞こえない。柏原の言うとおりどうやら今の時間は島岡一人であるらしい。渡り廊下の先を見ると音楽室の建物の前に島岡の姿があった。三浦の緊張が高まる。
(謝っても許してくれなかったら・・・)
そのことばかりが彼の頭を駆け巡った。
「なんや、三浦~朝からどうしたんや。」
三浦に気づいた島岡が声をかける。いつもの緊張感の欠片もない声だ。今は練習をやめ、つば抜きをしている。
「えっと・・・あの~~」
三浦はどもるが意を決しって言った。
「昨日は、スイマセンデシタ。」
三浦は思いっきり頭を下げ謝った。2~3秒、沈黙の間が空く。三浦にとっては1分も2分にも感じられた。すると「ふぅ」と島岡が軽い溜息をした後言った。
「もう、怒ってないから頭あげ~傍から見たら俺がいじめてるみたいや。」
「え?でも。」
「でももくそもないわ。昨日のことやったら俺も言い過ぎやったと思ってる。せやからこれで御相子や。それでええやろ。」
「は、はい」
「せやったらとっとと楽器持って来い。昨日のところ教えたるわ。」
「はい!!」
島岡の言葉を聞いた三浦は、元気良く言うと勢い良く階段を駆け上がる。
それを見た島岡は「ふぅ」と再び溜息を付き思った。
(これで・・・俺の個人練の時間なくなったな~まぁえっか。)
その島岡の顔は笑みで一杯であった。
「やっぱりな~うまいこといくと思ったんや。」
柏原は渡り廊下から音楽室に向かう途中で、島岡・三浦のコンビが仲良くホルンを吹いてる姿を見て、独り言を言ったのであった。
なんとか絆を繋ぎ止めた二人。しかし、島岡のホルンに対する情熱は・・・凄いですね。