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第61話 ある男の帰還

第61話 ある男の帰還


いつもの校舎と音楽室の建物の間にある渡り廊下。吹奏楽部のいつもの練習スポットである。

この場所で彼らが基礎練習を行うのが定番になっているが、考えてみればここで基礎練習をしなければならないという決まりはない。しかし、彼らはこの場所で必ず基礎練習を行う。強雨の場合、木管は教室で行うようだが・・・

その場所には、今二人がホルンを持って立っている。島岡と入ったばかりの大原である。

大原が持っているホルンは、3年の浅井が使っていたイエローブラスのラッカー仕上げのタイプ。古い楽器で銀メッキの部分が多少はげているが、まだまだその光沢は失われていない。


そこに一人の男が近づいてきた。

「大分音が安定して出るようになったなぁ~素直なええ音や。」

「い、石村さん!」

石村に声を掛けられた島岡は、珍しくロングトーンの最中に楽器から口を離して答える。

横にいる大原はきょとんとしている。それに気づいた島岡は大原に石村を紹介する。

「こちらは3年の石村さんや。俺の師匠や。」

「師匠って・・・なんか大げさやな。」

「初めまして、大原といいます。よろしくお願いします。」

大原の挨拶に石村はちょっと顔をほころばせる。

「・・・なぁ、島岡。」

「なんですか?石村さん。」

「女の子の後輩って・・・ええなぁ、心が和むというかなんというか・・・」

「あっ、そうか。石村さん女の子の後輩持ったこと無かったんですよね・・・」

石村の代では、同い年に浅井がいたが、一つ上は誰もいない。二つ上でようやく伊藤・本田の二人が居る。そして、1つ下は島岡・松島となり、さらに2つ下は三浦という構成だ。そう、後輩に女の子が居ないのである。

その言葉を聞いた島岡は何かを思いつく。

「石村さん、ちょっといいです。」

「な、なんや?」

島岡は大原から少し離れ石村とひそひそと相談をする。

「石村さん、『合同』出ませんか?」

「えらい行き成りやな・・・まぁ、実は今日来た理由はその話もあったんやけどな。」

「えっ、そうなんですか?進学とかは・・・」

「まぁ、あれな・・・進学は諦めたんや。家業継ぐことにした。」

「そうなんですか・・・じゃぁ、相談なんですが、大原と同じパートで出てやってくれませんか?」

「ええけど、なんでや?」

「いや~大原も入ったばっかりで直ぐ『エルカミ』やら『展覧会』でしょ。付きっきりで教えてやって欲しいんですわ。これからの練習も含めて。」

「なるほどな。お前はホルン全体見なあかんからな。分かった、やったるわ。」

「じゃぁ、明日からお願いできますか。今日は一緒に基礎練しましょ。」

「OKOK~」

石村は了承すると女の子の後輩ができたことで余程うれしかったのであろう、ウキウキしながら音楽室に向かう。

「大原~今から石村さんも一緒に練習するで。」

「はい。」

島岡の言葉に大原は元気良く返事をした。

暫くすると石村は自分の使っていたホルンを持ってやってくる。

「じゃぁ、早速ロングトーンしよか。俺、石村さん、大原の順で並ぼうか~」

島岡はそういうと早速立ち位置を入れ替える。

「大原さん、よろしくな。」

「は、はい。」

そうして彼らはこの1日、全てをロングトーンに費やしたのであった。


「三浦~松島~、今日からパー練再開するで~」

島岡は二人に声を掛けた。

「え?大原さんもう一人でいけるようになったんです?」

三浦はふとした疑問を口に出した。

「ああ、それな。今日から石村さんが大原を見てくれるようになったんや。」

「昨日見かけたと思ったら、本格的に復帰するねんな。これで鬼に金棒やな。」

横に居た松島がうれしそうに答えた。なんやかんや言っても島岡・松島にとっては石村は師匠みたいなもので、また一緒に演奏できるのだ。うれしいものがあるのであろう。

するとその石村と寺嶋が音楽室に入ってくる。入り口付近の部員たちは軽く挨拶をする。

石村は寺嶋と別れると、早速島岡たちの所に来る。

「よっ、今日もよろしく頼むで。」

「こちらこそ、頼んます。昨日みたいな感じでいいですので、ばんばん教えてやってください。」

「まぁ、任せとけ。ちゅ~かな、あの子音感に関しては抜群にええな。伸ばしの音はまだまだ揺れるけど、入りの音のピッチが乱れへんのや。」

「そこは、中学のときに合唱部やってたみたいですから、絶対音感備わってるんちゃいますか?俺からしたら羨ましいですわ。」※1

「ええ!そんなに凄いんですか?大原さんって。」

島岡と石村の会話に三浦が驚く。

「そや、すごいで~お前と違った面でええもん持ってるわ。お前もうかうかしていると抜かされるで。おっ、大原も来たみたいやな。じゃぁ、石村さん。大原に今日の予定伝えときますわ。」

「おう、よろしくな~」

石村がそう答えると島岡は大原の下に向かった。島岡の説明を聞いた大原は「はい」と元気良く返事をし、石村の下に向かう。

「島岡先輩から聞きました。今日もよろしくお願いします。」

「お、おぅ。よ、よろしくな。」

大原のニコニコした可愛い笑顔に石村はたじたじだ。ちょっと顔を赤くしている。

(あらら・・・石村先輩、撃沈しちゃったのかな・・・)

三浦はそんなことを思いつつ、その微笑ましい光景を見た。松島もその石村の表情を見て意外そうな顔をしている。島岡もどこか嬉しそうな顔だ。いつも以上に笑みが零れている。

そんなほのぼのとしたホルンパートの光景であったが、この後事件が起きるとは誰も思わなかった。


※1 絶対音感。音を聞いて、その音を音符で答えることができるという能力です。7歳が絶対音感習得の臨界期で、幼い頃から楽器を継続して習っていたり、専門の教育を受けないと身に付かないそうです。ですので、島岡の言う『中学で合唱部』は関係ないです。


石村も復帰しましたが、『我が心ここにあらず』といった状態です。(困ったもんです。)しかし、この後の事件とは・・・なんでしょうね。

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