第57話 そして彼らは戻ってきた・・・
第57話 そして彼らは戻ってきた・・・
1年生だけの一週間はあっという間に過ぎた。そして、『おみやげ会』の日となる。
本来なら土曜日で授業があるはずなのであるが、研修旅行の翌日ということもあり学校自体休みだ。
三浦たちは、午後からの『おみやげ会』の準備の為、午前中から集まっていた。
今、彼らは新校舎の比較的広い美術教室にいる。この教室はいつもの校舎に隠れるように建っており、裏の通用門のすぐ横だ。しかし、新校舎ともあっていつも練習している教室とは違い、冷暖房完備の部屋である。美術室の他に書道室などの特殊教室がこの校舎に入っている。
「なんか悔しいわね・・・」
丸谷は、三浦の姿を見て言う。
今男たちは、服が合うかどうか試着しているのである。
「なんかぴったりなんやけど・・・」
三浦はちょっと複雑だ。背の高い鈴木は近藤のスカートを穿いているが、ウエストが合わず安全ピンで留めている。
「あんたが細いのか、私が太いのか・・・複雑だわ・・・」
丸谷は溜息を付いて言った。実際のところは、丸谷は背が高いだけで別段太っているわけではない。三浦が細いだけだ。
そして横を見ると、見られない女子生徒がいる。制服も今高高校のブレザーではなく、セーラー服だ。
夏服であろうその白の生地に赤のスカーフを巻いた制服は、可愛らしい。
「「きゃ~小路君、可愛い~~」」
その正体は小路であった。三浦より小柄な小路は、朝倉が持ってきた中学のセーラー服を身に着けている。そして犬山が持ってきたセミロングのかつらを付け、さらには頭には可愛いリボンが・・・女子たちのおもちゃ状態だ。
「小路・・・似合いすぎ・・・」
普段は硬派な小路であるが、小柄で童顔。さらに女顔とあって、かつらを付けたら女そのものだ。肌も白いのでなおさらである。
「オ、オレッて・・・」
小路はがっくりとうなだれる。それはそれで果敢なげな女の子の様に見える。
「はいはい、『オレ』なんて言葉使わないの。せっかくの美人がだいなしだぞ?」
犬山は笑いながら言った。
「というか、小路君・・・すね毛まったく無いのね。つるっつる・・・」
「み、見るな~~~~!!」
大倉はしゃがんで小路の足を見ており、小路は顔を真っ赤にして反応する。
「あっでも、合宿の時、一緒に風呂入ったけど、ちゃんと腋毛やらはあったぞ。」
「ちょ・・・そこまで聞いていないし・・・やらってなによやらって。」
鈴木の報告に朝倉は呆れたように言う。
「しかし、スカートってすーすーして気持ち悪いな・・・なんか落ち着かんわ。」
三浦はスカートをばたばたさせながら言う。
「チェックの柄が見えてるわよ・・・もう、はしたないからやめてよね・・・」
ちょうど屈んでいた大倉が言う。
「あ、わりぃ・・・」
言われた三浦はすぐさまやめた。
(島岡先輩がやったら喜んで見ているんだろうな・・・)
三浦はちらっと大倉を見、そう思った。
そんなこんなんで、準備がゆっくりとであるが進むのである。
「なぁ、あの可愛い子誰や・・・」
「ラッパ持ってるから小路やろ。でも、化けたな。南川以上や。」
辻本が呟き、柏原が答える。
彼らが座っている席の前の机には若干のお菓子類とジュースが置いてある。その向こう側で1年たちは合奏の隊形を取っている。人数が少ないのでいつもの3列隊形ではなく2列で並んでいる。
皆を騒然とさせている小路の格好は、セーラー服にセミロングのかつら(リボンつき)、さらに薄く化粧を施している。メイクは犬山である。薄くファンデーションと唇には薄くリップクリームを塗っている。本人の素材を引き出すナチュラルメイクというやつだ。
「将来はいいお嫁さんになりそうね・・・」
岩本は思わず口に出す。
しかし、小路は堂々としていた。所詮、開き直りなのだが・・・
その対角線ともいえる存在は鈴木である。体に合うブレザーがない為、カッターシャツに安全ピンで留めたスカート。化粧も施されているが、真っ赤に塗ったチークが台無しである。どこからどう見ても今高祭に出てきたおかまさんである。
その二人に引き換え三浦は普通だ。おさげのエクステを付けているが化粧をしていない為、可愛さも気持ち悪さも無い。普通に三浦であった。
「二年生の方々、お集まりくださってありがとうございます。これより『おみやげ会』を行います。楽しんでいってくださいね。」
朝倉が開催を宣言すると、近藤が指揮台の上に立った。近藤が指揮棒を上げると最初に入るパートが楽器を構える。
それを確認した近藤は、ゆっくりと前振を行った。
トランペットの優しい前奏が始まる。「ウィ・アー・オールアロン」である。
ドラムのリズムに乗りフルートの旋律が始まった。さすがに大倉は中学からの経験者である。曲を意識してかビブラートなどは行っていないが、その音は優雅で堂々としていた。
続いて木管のアンサンブルが始まる。和音が響き合う。トランペット・トロンボーンのおかずが時折花を添える。
そして、ホルン・サックスがサビの部分を吹いた後、調が変わる。トランペットとトロンボーンがグリッサンドで現れ旋律を吹く。裏ではホルンの対旋律が入る。優雅にそして優しく・・・
そのままホルンは旋律に移る。三浦は音を響かせるように大きく歌った。
その後は一番の盛り上がりの箇所となる。トランペットとトンボーンが再び旋律に。後のトロンボーンの対旋律を鈴木がかっこよく決める。
さらに調が変わり、木管のラインに。この次がホルンの正念場だ。トランペットの後にあるオクターブのスラーがそれだ。グリッサンドではない為、難易度が高い。息を一気に押し上げ綺麗に決める。
そして曲は最終部に。テンポが落ち木管がゆっくりと吹き、全員による綺麗な和音で曲を閉じた。
2年生たちは大きな拍手を送った。
ここからは暫く座談会である。色々と話の輪が広がる。
「結構、まとまってたな。聞かすところもきっちりしてたし。」
柏原が近藤に言う。
「ありがとうございます。でも、フェルマータのところの切が難しいですね。」
「まぁな。フェルマータは元の音符の長さを2倍にするんが基本やけど、そんなん指揮者のさじ加減でええで。まぁ、やりすぎるとくどくなるけどな。」
近藤の質問に柏原は笑って答える。
「しかし、お前相変わらず歌いだすと暴走するな~」
島岡は三浦に笑って言う。
「え、そうですか・・・ん~自分ではあんまり気が付かないんですけど・・・」
「聞かしたろ聞かしたろ~っていう思いが見え見えやで。」
「あ~そうかも知れません。なんか聞かしたいっていう思いがありましたね、あの部分は・・・」
三浦は頭を書きながらちょっと照れて言った。
「ええ~ええ~、あそこはそれくらいで。また明日から鍛えがいがあるちゅ~もんや。」
「そ、それは・・・お手柔らかに・・・」
「小路~俺と付き合え~」
「わっ、辻本先輩、抱きつかないで下さい。沢木先輩もやめて~~」
一部壊れた所もあったが概ね和気藹々と話していたが、そろそろ時間が迫る。
「では、最後に『浪漫飛行』を演奏します。是非ご一緒に歌ってください。」
朝倉が大きな声で言うと曲が始まった。
「おっ、なかなかええ趣味してるな。」
南川は笑って言う。
ドラムと中音・中低音楽器が軽快なリズムと伴奏を始める。そして旋律は木管だ。南川や島岡、柏原の男子部員たちも一緒に歌う。
『おみやげ会』は一部伝統で壊れかけたが、最後こうして楽器と歌声と笑い声で締めくくったのであった。
無事『おみやげ会』を終了した1年生たち。次はついに『合同』メインの曲が登場です。
ちなみに、著者も女装させられました。本当にスカートってスースーして気持ち悪かったです・・・




