第5話 各パートの人々(後編)
第5話 各パートの人々(後編)
サックスパートの教室を離れた後、いよいよ金管パートを回る。
その途中三浦は、ふとした疑問を岩本に聞いてみた。
「そういえば、3年生があまり居なかった様に思えたんですが?」
「ああ、そのことね。ほら、うちの学校って進学校でしょ。3年になると休部扱いになって、クラブ活動は自主活動になるのよ。」
「なるほどね。」
三浦は納得すると、突然近くの教室から甲高い音が鳴り響いた。聞き覚えのあるトランペットの音である。
3人はその教室に入って行く。
そこには3人の長身の男子生徒が練習をしていた。
一番背が高い人で185cmだろうか。一番小さい人でも175cmはある。
「クラブ見学者よ。三浦君と鈴木君。」
「「こんにちわ」」
二人が挨拶すると一番背の高い人が話しかけてきた。
「トランペットパートにようこそ。俺が部長の南川だ。そこにいるのが殿とカバだ。」
南川は身長185cm。彼も辻本と同じく精悍な顔つきをしているが、痩せ型だ。どこか俳優のような雰囲気である。
「苦しゅうない、そいつの名前は『まーくん』とでも呼んでやってくれもうたれ。」
殿|(?)は、この3人の中で一番背が小さいが、それでも175cmある。そしてさらに細い。女性物のジーパンが軽く入るのではないかと思う位の細さだ。顔つきはいたずら好きそうな感じがする。
「カバちゃうっちゅーねん、新入生にいらんこと教えんな。」
カバ|(?)は180cmで体格はこの3人の中で一番がっしりしている。辻本に近い感じがするが、顔つきは温和で優しそうであるが、どこか不幸体質の雰囲気が漂っている感じがする。
「はいはい、とりあえずパート紹介でもしてよ。」
「「「OK」」」
3人はそう言うと南川の「さんしー」の掛け声で吹き始めた。これは・・・ルパン三世のテーマ!?
高音を担当する殿、低音を担当するカバ、中音を担当する南川、3人のハーモニーが更に迫力を上げる。3人ともノリノリで前半部どころか中間部まで吹き始めた。殿の頭を突き抜ける高音が響き渡る。
そうして最後まで吹ききると、三浦は思わず拍手をしてしまった。
「は~しんど。」
「調子に乗って最後まで吹くからでしょ。」
南川の声に岩本は少し笑って反応した。
「まぁ、うちらで良かったらこいや。色々教えたるし。ちなみに俺は柏原な。指揮者もしてる。」
「俺は沢木だー。カバじゃないぞ?」
「そうですね、その時はよろしくお願いします。」
三浦はそう言うと次のパートに行くべく廊下に出たのであった。
次のパートに行く途中三浦は岩本に聞いてみた。
「なんで柏原さんは殿で沢木さんはカバなんですか?」
「私も良く知らないけど、柏原君は1年のときに「大阪城が俺の家」って言ってから「殿」ってあだ名が、沢木君のあだ名は・・・カバに似ているかららしいわよ。」
最後は小声だ。
(確かに、沢木さんは体格の割りに愛嬌があるもんな。言いえて妙だ。)
三浦は心の中で納得した。
暫く歩くと、音は聞こえないが雑談が教室から聞こえる。それも笑い声が馬鹿でかい。
「ほんと、島岡君は声が大きいからわかりやすいわ。」
その雑談している教室に入ると小柄な男子生徒3人がいた。トランペットとは対照的である。更に笑い声が響き渡る。
「んもう、練習してるの?まったく。」
「ん?ああ、今休憩中や。やることはやっとるよ?」
3人のうち、中くらいの背の男子生徒が答えた。
「クラブ見学の子が来たわよ。三浦君と鈴木君。」
「「こんにちわ」」
「あ~、こんにちわ~、俺がパート長の島岡や。でこっちが松島に、こちらが部・・じゃなくて石村さん。」
島岡は、背が165cmと標準からすれば低い。どこにでもいそうな人なのであるが、顔は整っており中々の美少年である。しかし、どこか締りの無いぼ~としている感じがして台無しだ。収まりの悪い髪をぽりぽりと掻いている。
松島は、その島岡よりさらに背が小さく160cm。三浦より低いのではないのであろうか。しかし顔つきは負けん気が強そうな感じがしており、怖そうな雰囲気である。
そして、石村は背が165cm~170cmくらいで、この3人の中では一番背が高い。3年ともあり大人の雰囲気を醸し出している。松島とは対照的に温和で優しそうである。
そんな3人のうち、島岡がじっと三浦を見ていた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「?」
「はい、合格!」
「!?」
一体何に合格したか分からない三浦はその真意を聞いてみた。
「何の合格なんですか?」
「背の低さ・・・」
確かに3人の背はそれほど高くない。一番高いと思われる石村にしても170cmあるかどうかだ。
まさか背の高さで楽器の向き不向きがあるとは思えない。
「背の高さはホルンに影響あるんですか?」
「さぁ?俺が知ってるホルン吹きは皆背が低いで・・・」
「・・・」
「・・・とりあえず、楽器紹介して頂戴。」
「OK、石村さん曲なにしよ~?」
「そやな・・・こういうときは聞く人が知っている曲を吹くか。三浦君、『サウンドオブミュージック』ってしっているか?」
「ええ、知ってますよ。」
この曲は三浦は知っている。先日、音楽の時間に観賞した映画だからだ。
「じゃそれでいくか」
と、3人はホルンの用意を始める。三浦は島岡がホルンを持った瞬間、雰囲気が変わったように感じた。
そして島岡がホルンを縦に一振りする。
そこから奏でるハーモニーは先ほどのトランペットとはまた違う重厚な和音であった。
優しくだが力強いホルンの和音。
1分も満たないとはいえ三浦はその音に魅了されてしまった。
「とまぁ、この楽器は他の金管楽器にはないハーモニーを重視した楽器やねん。トランペット・トロンボーン様に派手さやバリチュー※1のような低音の魅力は無いんやけどな。ただ、曲によっては目立つで~。まぁ、縁が合ったらおいでや。待ってんで。」
吹き終わった島岡はそう説明した。
すると鈴木は一つ気になったことを口にした。
「他の曲は何があったんです?」
島岡はそっけなく答えた。
「ドラゴンクエストのオープニングや・・・」
3人はホルンパートの教室を離れると、勇ましいしっかりした音が違う教室から聞こえた。
(この曲はどこかで聞いたような気がすんねんなぁ・・・)
「また、あいつ遊んでるし・・・」
岩本はぼそっと悪態をついていた。
その教室から流れる曲は『暴れん坊将軍のテーマ』であった。
「はいはい、見学者が来てるから、そこまでにし~や。」
岩本はそう言いながら教室に入っていった。
二人が教室に入ると一人の男子生徒と一人の女子生徒がいた。どちらもトロンボーンを構えている。
男子生徒は身長175cm以上はありそうだ。しかし、顔はひたすらニコニコしていた。黒縁眼鏡を掻けており髪型は短くツンツンしている。まるでパイナップルに眼鏡を掻けた・・・そんな感じだ。
女子生徒も男子生徒に負けず背がある。三浦より高い位だ。髪型はベリーショートで肌はとても色が白い。見ようによってかなりの美人はある。しかし、こちらは対照的に目が鋭い。キリリッとこちらを睨む。
「こちらがクラブ見学の三浦君と鈴木君」
「「こんにちわ」」
「おっ、新入部員やな?俺は甲斐や。で、こっちのが中嶋や。よろしくな~」
女子生徒の方が先ほどの雰囲気と違い軽やかに挨拶をする。しかし、中嶋の方はひたすらニコニコしている。
第一印象とは違い、甲斐は気さくで、中嶋はある意味気難しそうである。
しかし、三浦はその挨拶に驚いてしまう。一人称が「俺」と言う女子をはじめて見たからだ。
そんな二人の様子を無視するかのように岩本は言った。
「楽器紹介よろしくね。」
すると中嶋はおもむろに楽器を構え演奏を始めた。
三浦はこの曲を知らない。ただ冒頭のトロンボーンでしかできない滑らかなグリッサンド、その後に続く中音域の音が澄んだ綺麗な音であった。※2
演奏を終えた中嶋はニコニコ顔でこちらに顔を向けた。特に説明はない。この音で十分だろうという感じだ。なんだか良く分からない人である。
さて、最後に回るパートはバリチューパートである。
教室に入るとそこには音楽室前で会った寺嶋と他に二人の男子生徒がいた。
一人は背は寺嶋と同じくらいであろうか?痩せ型で銀縁眼鏡を掻けた姿は、どこか『インテリ』を感じさせる。
もう一人も、同じような背の高さで銀縁眼鏡を掻けているが、こちらは随分と恰幅が良い。どこか貫禄を感じさせる。
「クラブ見学の三浦君と鈴木君連れて来たわよ。」
「「こんにちわ」」
これで何度目になるであろうか、三浦と鈴木は3人に向かって挨拶をした。
「よぅ、また会ったな。」
寺嶋は右手を軽くあげて挨拶する。
「あ~、俺が平田な。で、こっちが坂上や。」
恰幅の良いほうの男子生徒が、二人に軽く挨拶をする。
『インテリ』の方は、こちらをチラッと見るとすぐさま手帳に何か書く。
「で、こいつがユーフォニウムという楽器や。二人とも初心者なんやろ?あんまり馴染みがないとおもうんやが・・・」
平田はそういいながら、ユーフォニウムを持つ。
楽器の形はチューバを小さくした感じだ。二台並べると親子のように見える。
「音域はさっき回ったトロンボーンと同じやねん。役割といえば、なんでもありかな?伴奏もすれば旋律・ソロもするな。」
平田はそういうと坂上に目配せをした。それを見た坂上はユーフォニウムを構える。
平田・坂上はなぜかニヤニヤしている。
坂上はおもむろに楽器を吹いた。
曲は「ぞうさん」なのであるが少し変だ・・・ぞうさんが暗い?※3
あまりの不自然さに三浦は思わず噴いた。
「またそれ~」
岩本は思わずつぶやく。
「まぁまぁ、今度は俺がちゃ~んと吹くから。」
寺嶋がそう言ってチューバを構え、メロディを鳴らす。
だがそれは・・・大阪市のごみ収集車が鳴らすメロディだ。
さすがに鈴木もそのメロディを聞くと「ぶっ」と噴いた。
岩本はやっぱりそれか、という顔をしていた。どうもこの雰囲気はバリチューパートの日常らしい。
「とまぁ、このチューバやけどな、いつも伴奏しかせぇへんねやけど、たまにメロディもあるで。大概はソロになるけどな。」
吹き終った寺島はニヤニヤしながらそう言ったのであった。
校舎から出た3人は音楽室に向かう。一時間くらい時間が経ったみたいだ。
音楽室に入ると最後にパーカッションの紹介だ。
さすがに一番初めに会った面々だから挨拶はしない。
「パーカッションのパート長している伊藤よ、私からパーカッションの説明するわ。」
おかっぱでよく日焼けした女子生徒が二人に近づきそう言った。
「二人にわかりやすく言うと、主に大太鼓・小太鼓とかの太鼓だけど、鉄琴・木琴みたいな鍵盤楽器も担当するわ。あとタンバリン・カスタネットとかも私たちの担当になるわね。要するになんでもや屋?かな?」
「あと、こいつもあるぜ。」
金沢がおもむろにドラムセットをたたき出した。
ベードラ・スネア・ハイハットでリズムをつくり、最後にタムタムとシンバルでフィニッシュを決めたのであった。
※1 バリトン(ユーフォニウム)&チューバ略してバリチュー
※2 曲は「オーバーザレインボウ」のトロンボーンソロです。
※3 「ぞうさん」は長調の曲ですが短調で吹いています・・・
一癖も二癖もある金管パートの面々。三浦たちはどのパートに決めるのでしょうか。