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第55話 えるかみっ!

第55話 えるかみっ!


『エル・カミーノ・レアル』、略して『エルカミ』、スペイン語で『王道』という意味を持っている。

20世紀で有名な作曲家の一人であるアルフレッド・リードの手によって1985年にその曲は作られた。

一般では知られていないであろうが、吹奏楽をやっている人たちの中では有名な曲であり、今でも多くの吹奏楽団が演奏するほどである。中には一回では飽き足らず、2回・3回と演奏している奏者もいるのではないであろうか。

カルメンを連想するようなラテン音楽の独特の曲調とそのリズム。しかしホルン奏者にとっては・・・『王道』ではなく『茨の道』である・・・


「うへ~、なんなんです、この曲は・・・」

三浦が初めて楽譜を見たときの第一声である。旋律・対旋律・打ち込み、その他諸々のオンパレード。休めるところは、中間部の初めと再現部の初めくらいと言ったところか・・・

「でも、カッコええやん。」

島岡はさらっとそう言うと、序盤の旋律部分を吹く。迫力のあるホルンの雄たけびが教室を包んだ。

「初見でさらっといい感じで吹かないで下さいよ~。」

「相変わらずやな・・・お前の化け物っぷりは・・・」

「え~~~なんかえらい言われようやな。」

島岡は吹き終わるとちょっと肩を落として言う。

「当たり前です。僕なんかまだ指もさらえてないのに・・・」

そう、序盤の旋律部から指回しが大変なのである。今までやってきた曲が可愛いくらいに・・・

「三浦~ここでそんなこと言とったら、その先の木管とのユニゾンでけへんぞ~」

島岡は中間部の前の所を言っているのだろう。先ほどの旋律にプラスして伸ばしのところが16分音符で動いている。

「これ、ホルンの譜面やあらへんなぁ。ラッパみたいな激しさや・・・」

松島も思わずぼやく。

「と、とりあえず、暫く個人練の時間くださ~い。」

「まぁ・・・しゃーないな。」

三浦の悲痛な叫びに島岡は折れたのであった。

しかし、この悲鳴はホルンだけではなかった。その他のパートも同様である。いや、パートだけではなかった。

音楽室では柏原がメトロノームを聞きながら、『エルカミ』のスコアーとにらめっこをしていた。

メトロノームは結構早い。そして彼はおもむろに指揮棒を振り出す。その指揮はメトロノームが3つで一振りや2つで一振りで構成されている。

そう、彼がやっているのは中間部の変拍子のところ。1小節の拍子が3・2・3や3・2・2という風に変わるため、彼も四苦八苦しているのである。しかし、既に彼の頭の中には、スコアーで見た各楽器の音が刻まれており、時折3つの8分音符で一振りのところを細かく刻んだりと頭の中で合奏が行われていた。そう、まるで誰もいない空間に人がいるかのように・・・


そして、合奏の時間となる。初見合奏である。

「じゃぁ、初めよか~。まぁ、今日は曲のイメージつかむ為に、軽く流すだけにしとくからな。」

「「はい」」

柏原の言葉に、皆いつものように元気良く返事をする。

しかし、ごく一部を除き皆不安そうな顔だ。果たして最後まで演奏できるかどうか・・・

金管のファンファーレに続くフェルマータの後、嵐のような木管の指回しが始まる。ホルンも裏で勇ましく咆える。もう既にばらばらだ。だが、柏原は止めない。予想通りなのであろう。

次に続くは、ホルンとサックスによる旋律部。相変わらず島岡が咆える。三浦・松島も続くが勢いが無い。『タラリララー』の部分は指が回っていない。

続く木管の旋律。ホルンはここではリズム打ちである。さすがにここは落ちついて吹いていた。トランペットのミュートが幻想的であるが、うっとり聞いている暇はホルンには無い。トランペットの旋律に移っても出番があった。

この箇所は比較的ホルンは静かだが、木管の旋律の途中で牙を剥く。激しい対旋律で動いていく。その後の強い吹き込み・・・再び動き回る。そして、木管の旋律の前にまた咆える。ここの和音が決まればかっこいいのであるが・・・三浦も松島もできない。島岡一本だ。そして、そのまま旋律に移る。木管と共に・・・

(ゆ、指が・・・指が・・・)

ここは序盤の旋律以上に指回しが早く、三浦はまともに演奏できない。ホルンという楽器はピストンではなくロータリーなので、比較的指回しが取りやすいと思われるが、楽器自体の特性上早いパッセージというのは非常に苦手なのだ。まず音をしっかりイメージなしないと当たらない。しかし、横の島岡は難なくこなすところは流石である。木管に負けてはいない。

そして中間部に入る。やっとホルンは休みだ。本来ならばここはオーボエソロなのであるが、あいにくこの楽団にはいない為、岩本が演奏する。だが、三浦は聞いている暇は無い。変拍子の為、柏原の指揮を追うのでいっぱいいっぱいである。周りの人たちも念仏のように小声で数える。拍を数え、小節を数え・・・落ちた・・・ここは一体何小節目なのであろうか。しかし、柏原は大きな声で場所を示す番号を言ってくれるので、なんとか復帰する。

出番が来た三浦が構える。曲調が若干変わりリズム打ちをする。自分で吹いていて分からなくなるくらいだ。

そしてやってくるホルンの旋律。前半部とは違うおおらかな感じだ。ここは三浦も気持ちよく吹いた。段々と静かになり、再びホルンを構える三浦。島岡も構えるが松島は構えない。

(え?!)

そう、この部分は若干の伴奏を残して二人だけ。この静かな中で出なければならない。

(やっちゃった・・・)

緊張で三浦のピッチが高くなってしまった。今後の課題であろう。

再現部に移る。ホルンは木管の後に入らなければならない。初めは旋律だったのであるが段々訳の判らない動きになり、トランペットへ渡す。

ある意味ここからホルンの本番である。優雅な対旋律を吹きそのまま旋律へ・・・中間部がおおらかに再現される。だが・・・

(げっ!)

このまま終わらないのがこの曲である。最後の最後で狂ったように動き回る。もう何を吹いているのか不明だ・・・

そして、吹き込みの後は・・・グリッサンドで曲が終わった。

(・・・なんじゃこれは・・・)

三浦の正直な心の声である。今の三浦の技量では到底できるものではない。しかしまだ半年期間がある。何とかしてこの曲をものにするぞ~と意気込んだのであった。


(そういえば、何か忘れているような・・・)

『エルカミ』の譜面の横には、『アラビアのロレンス』の譜面がさびしそうにたたずんでいたのであった。


ホルン吹きの苦悩でした・・・しかし、本当にホルン難しいんです、この曲は。

ちなみに、著者はこの曲、2回ほど演奏会で吹きました。

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