第48話 奇妙なセッション
第48話 奇妙なセッション
あのゴタゴタから数日が過ぎた。明後日には今高祭であり、明日の土曜日は授業は無く、一日中準備に割り当てられる予定だ。
そして彼ら吹奏楽部の部員たちは講堂にいた。舞台上にはパーカッションがセッテングされ、椅子もトランペット・トロンボーンの雛壇も上げられていた。
「よ~し、一回幕おろせ~」
平田の言葉にグイーンと低い音を立てて幕が降りる。
「ストップ!」
ちょうど椅子の高さで幕は止まった。
「どうや~前当たるか~」
「ちょっと当たるみたいやで。もうちょっと椅子下げれるか~」
石村はフルート・クラリネットパートの子たちに言う。
「なんとかいけますよ。」
岩本が言った。
「じゃぁ椅子の位置にビニールテープで印入れとけよ。」
平田は言うと、各自自分の座る椅子に赴き、舞台の床にビニールテープで少し印を付け始めた。
時折、スポットライトが舞台に向けられる。左右のスポットライトには3年の浅井・藤本コンビと葛上・松島コンビがそれぞれ付いている。付けたり消したりして練習をしているようだ。たまに浅井・藤本コンビのスポットライトがあらぬ方向に向くが・・・
そしてライトの配電盤には3年の平峯・武田二人が付いている。このように今高祭では毎年3年生が裏方を務める。まぁ、寺嶋の様に例外もいるが・・・チューバの人手が足りないということもあるが、彼には関係ないようである。
一通りセッテングが終わると、合奏を始める。と言ってもやはりライトテストが主である。曲によりライトの色が変わり、曲の途中でもそれにあわせた色が付く。勿論、ソロのスタンドでのスポットライトも重要だ。初めは息が合っていなかったが、段々と立つタイミングで綺麗にスポットが当たる。
三浦は初めてこんなカラフルな舞台の上に立てて、ちょっと興奮気味だ。天井や雛壇の裏にあるライトについつい目がいってしまう。
「なぁ、この講堂。古い割りに照明しっかりしてるやろ。」
休憩時間となり、横から三浦の様子を見ていた島岡が声をかけた。
「そうですね、かなり本格的ですね。ほんと、これ学校の講堂なんですか?」
三浦はちょっと笑って言う。
「俺もそう思うわ・・・昔は定期演奏会、ここでやってたみたいやで。」
「え、ほんまですか?でも・・・できそうですね~」
三浦は講堂全体を見渡す。確かに、校舎同様かなり古く舞台もお世辞にも広いとはいえないが、照明・音響は充実していた。観客席もパイプ椅子になるが、500人が収容でき、十分な広さがある。
そしてふと思うことがあり聞いてみた。
「そういえば、合同でやる会場ってどこなんですか?」
「あ~合同か。毎年、森之宮にある『森之宮ピロティホール』でやるで。」
「へ~」
三浦は会場の場所を聞いてもピンと来なかった。第一、そういうホールという名の所へは、コンクールで演奏した『東大阪市民会館』しか知らないのだ。
そんな様子を見た島岡は、もう少し説明する。
「結構、大きいホールでな、コンクールでやったところより広いかもしれんで。それに新しくてかなり綺麗や。」
「え?そうなんですか。無料で演奏できるとか?」
その三浦の言葉に島岡は苦笑いした。
「んなわけあるかい。きっちりお金取られるで~前に更科さんに教えてもらったんやけどな・・・60万くらい掛かるらしいで。」
「げっ!」
三浦の想像してた金額より遥かに高い。思わず呻いてしまった。
さらに島岡は話を続ける。
「それが最低価格や。さらに照明使用料とかチケット・チラシの印刷代、あと曲の著作権とか色々含めると80万くらいいくそうや・・・」
「・・・」
三浦は言葉がでなかった。
そんなうちに、休憩時間も終わり練習が始まる。
三浦は舞台に上がると客席に見慣れぬ人がいた。ちょっと派手目な可愛い子だ。この学校の制服を着ている。
「よ~し、今から『恋しちゃっていいじゃない』と『ダイアモンド』あわせるで。」
柏原が指揮台に立って言う。
「歌はそこにいる別所さんに歌ってもらうからな。軽音からの助っ人や。」
「よろしくお願いしますね。」
柏原の紹介の後、さっきの見知らぬ生徒がぺこりと頭を下げた。
「「よろしくお願いします」」
皆から一斉に挨拶があった為か、少し驚いているようだ。
「じゃぁ、始めるけど、先に言っとくで。彼女が歌ってる時の旋律は音量落とせよ。分かったか?」
「「はい」」
そうして、ブラスバンドに軽音の歌い手という奇妙なセッションが始まった。
予想通りというか、確かに旋律は音量を落としていたが、明らかに歌声がバンドに消されていた・・・心なしか別所もびっくりしているようだ。まさかマイクを通しての声で負けるなどと・・・ブラバンの演奏は、エレキギターやエレキベースより遥かに音量が大きいのだ。
「まいったな~ある程度予想しとったんやが・・・バンドの方もうちょっと全体的に音量落とそうか?」
柏原は頭を掻きながら別所に言う。しかし、反応は違っていた。
「いえ、このままでいいです。頑張りますのでもう一回お願いします。ブラバンからの依頼ということで少し甘く見てました。」
「よっしゃ、じゃぁもう一回するで~バンドはそのままの音量で。」
次は別所さんも気合が入ったのか、声量が違った。逆に伸び伸びしているほどである。
しかし、一朝一夕でうまくいくはずも無く、ところどころで、バンドの曲感と歌い手の曲感が合わないところがあった。合わせると言うより競り合っている感じだ。
「ラッパとボーンはおかずのところ、歌聴いて合わせる様に吹き出すんや。あと伴奏の後打ちは若干前目でええわ。ちょっと頭だけやろか。別所さん、かまへんか?」
「いいですよ」
柏原の言葉に別所は快く引き受けると頭の所を合わせる。後打ちを若干前にすることにより、少しスイング調になる。そのとたん合っていないと思われたところが、合いだした。別所もかなり歌いやすそうであった。
指揮を振っていた柏原は、それに満足したのであろう。少し笑みが零れていたのであった。
本番までもうすぐである。
今高祭に向けて準備が着々と進んでいきます。次話から今高祭に突入です。