第4話 各パートの人々(前編)
第4話 各パートの人々(前編)
「とりあえず、木管楽器から回りましょうか。」
岩本がそういうと二人は黙って頷いた。
音楽室から下に降りると、先ほど渡り廊下で音を奏でていた部員たちは居なくなっていた。その代わり校舎の中から音が聞こえてくる。
渡り廊下を進みながら木管楽器について岩本は三浦たちに説明する。
「木管楽器には、主にフルート・クラリネット・サックスがあるの。さらにオーボエやファゴットとかもあるんだけど、うちの学校にはないわ。」
その説明に三浦は「ふんふん」とうなずいた。
そして校舎に入る。岩本は奏でる音を頼りに目的のパートに向かっていた。
三浦の耳には、近くの教室から柔らかい高い音が聞こえるのが分かった。
その教室に岩本が入っていく。その教室の扉は開いたままである。
「失礼します。クラブ見学者を連れてきました。」
三浦たちもその後に続く。そこには銀色に輝く筒が目に入った。
「フルートパートにようこそ。歓迎するわよ。名前は?」
ショートカットの女子生徒が聞いてきた。彼女は背も低く可愛らしい顔立ちではあったが、その声は芯が通っており、どこか威厳がある様に思えた。
「三浦です」「鈴木です」
二人は、その声に導かれる様に即座に答えた。
「私は副部長の古峰よ。で、こっちが」
「犬井です。パート長してます。」
と横に居たぼーとした女子生徒が小声で言った。犬井も古峰同様背が低く、おさげが特徴である。どことなしか眠そうな声だ。聞いているこちらも眠気を誘われる。
「は~い、大倉里美で~す♪同じ1年よね。よろしく~♪」
犬井と対照的に元気な声で大倉が挨拶する。この大倉は先ほどの二人に比べてもさらに背が小さい。150cm無いのではないであろうか。髪型は肩に届かないくらいのセミロングで、小さい顔と大きな綺麗な瞳が、どこか小動物を連想させる位非常に可愛らしい女の子だ。
「で、この楽器がフルートよ。」
古峰はそう言うと、おもむろに手に持っていたフルートを吹き出した。
柔らかい澄んだ音である。曲は聞いた事がない曲だ。
曲をさらっと8小節分吹いてから、さらに説明を加える。
「あと、ピッコロもこのパートに入るんだけど、今は持ってきてないわ。入部すれば聞く機会もあると思うわよ。紹介はこんなもんでいい?」
古峰の質問に岩本は頷きで答えた。
「そうですね。じゃぁ次のパートに行きましょうか。」
岩本はそういうと二人を連れて教室を後にした。
廊下にでてから岩本は二人にそっと言った。
「フルートは、中学のからしてきた経験者が大半を占めるわね。でも、他のパートは大体が初心者よ。私もそうだけどね。」
岩本は最後に笑顔で二人に言うと、二人は「ほ~」とか「へ~」とか納得しているのかしていないのか良くわからない返事をしたのである。
「さぁ、次は私もしている楽器クラリネットよ。」
クラリネットパートはフルートパートのいた教室とあまり離れていなかった。
その教室からは、「キャラキャラキャラキャラ・・・」と早いパッセージの音が鳴っていた。
「クラブ見学者を連れてきたわよ。」
岩本はそう言って教室に入る。勿論、三浦たちもそれに続く。
教室の中では、大きな男子生徒がクラリネットをくわえてこっちに目線を向ける。
この男、背は190cmもある大男である。鋭い目と太い眉は精悍さを感じさせる。
どうも、さっきの早い指回しはこの男子生徒がしていたようであった。
(器用だな~、体の大きさとやっていることのアンバランス差がなんとも・・・)
三浦はそう思った。
その近くにはセミロングの女子生徒がおり、譜面台から目線を外してこっちを見た。
こちらは背は低くもなく高くもない女の子であるが、可愛さの中に色気もある女性である。三浦は思わずドキッとした。
「この二人が見学者の三浦君と鈴木君よ。」
「「こんにちわ」」
二人は岩本に紹介されると挨拶をした。
「あ~、辻本だ。よろしく。」
「楠田よ。よろしくね~」
「で、私がパート長の岩本よ。改めてよろしく。それで、これがクラリネットよ。」
岩本がそういうと机に置いてある自分の楽器を手に取りそう言った。
「あと、これより高音のE♭クラリネットや低音のバスクラリネットがあるけどね。今は吹き手が居ないわ。」
その説明のあと、彼女はおもむろにクラリネットを吹き始める。曲は『春研』でも聞いた「シング・シング・シング」の冒頭部分である。
「音はこんな感じね。クラッシクでもジャズでもポップスでもなんでもするわね。」
吹き終わって改めて説明する岩本。そしていつの間にか辻本が二人の横に来て囁いた。
「ここは地獄だ、女に囲まれてラッキー思ったら痛い目にあうぞ。」
「「え?!」」
二人をその言葉を聞いて驚くと、辻本は「いずれ判る」といった感じでうなづいたのであった。
クラリネットの教室を離れた3人は、次のサックスパートの教室に入った。
この楽器は三浦でも知っていた。おなじみの楽器アルトサックスや、それより大きい楽器テナーサックスである。
パートはちょうど休憩中だったらしく、サックスを机の上に置いて雑談をしている。
「あらまぁ、新入部員?山郷よ。よろしく。」
こちらの存在を素早く気付いた山郷は、ちょっとおばさんみたいな言い回しで先に挨拶をする。
三浦はその女子生徒を見る。腰まで届きそうなロングヘアーを後ろに束ねた女性で、背が高い。170cmは軽く越えているだろうか。
「まだクラブ見学よ。三浦君と鈴木君。」
「「よろしくおねがいします」」
二人とも何度目かの挨拶をする。
すると奥から眼鏡を掛け、癖っ毛の髪を後ろに束ねた女子生徒がやってきた。なんだか雰囲気が暗い女性だ。
「三村・・・です。・・・よろしくおねがい・・・します・・・」
「もう、みむらっちたら人見知りしちゃって。この子いつももっと元気なのよん。というわけでよろしくね。」
三村と対照的に山郷はあっけらからんと言うと、アルトサックスを持ち吹きだした。
三浦はこの曲を聞いたことがあった。確か「ムーンナイトセレナーデ」だったと・・・
優しさの中に艶っぽさが混じっている独特な音である。すると、三村がテナーサックスを持って一緒に吹きだした。ちょっとしたアンサンブルだ。
「ね、サックスっていいでしょ~。これにしなさいよ、これに。」
演奏を終えた山郷は、最後に自己アピールをし、さらに説明を続ける。
「まぁそれはおいといて、あとね~サックスの種類には高音のソプラノサックスやテナーサックスより低音のバリトンサックスがあるわよ。」
相変わらず二人はわかってるのか分かっていないのか曖昧な返事をした。
確かに魅力的な楽器であると思うのだが、金管楽器を見てからかな?と思う三浦であった。
一通り木管パート回った二人。三浦にとってはどれを吹きたいのかしっくりこない感じです。
しかし、辻本の言った地獄とは・・・後日明らかにされます。