第40話 OBさん、いらっしゃ~い
第40話 OBさん、いらっしゃ~い(桂三枝風で・・・)
その日の夕方の合奏。広間には多くの人が集まっていた。
1年・2年以外にも3年の姿も見受けられる。そして・・・
「柳原~それと酒井~、えらい遅かってんな。」
更科は階段から現れた見慣れない二人の男に向かって言った。
柳原は一昨年(三浦から見たら4つ上の先輩)卒業したOBで、パートはフルート。更科と同じく今高ウィンドオーケストラに所属している。3年の葛上の彼氏でもある。
酒井はさらにもうひとつ上の先輩で、パートはトロンボーン。電気通信大学の吹奏楽部に入っており、今でも現役である。彼には浮いた噂はない。ちょっとマッドな人で、たまにふら~とクラブに顔を出し、どこで見つけたのか通称『マッドテープ』といわれる曲を部員たちに披露している。※1しかしそのトロンボーンの腕は確かである。
既に河合・大橋も合流しており、更科・大沢を合わせて6名のOBがここにいる。まだまだ名物OB・OGがいるが、今回の合宿ではこれで打ち止めである。何れ紹介する機会があるであろう。
「しかし、今年は惜しかったですねぇ。」
合奏の最中、広間の隅で柳原は言った。
「ほんまや、森之宮行かれへんかったんが不思議でしゃ~ないわ。」
これは酒井である。
「まぁ、しゃ~ないわ。そう簡単には地区大会突破できたら世話ないで。」
更科は二人の言葉にそう答えた。
「すいません、僕の力が足らなかった為に・・・」
河合は更科にそう言う。しかし、更科は笑いながら話した。
「いやいや、お前やからこそあそこまでできたんや。俺やったらおそらく銀かもしれんで。どうも、自分の音楽性とかあいつらの個性優先してしまいそうでな。まぁ、唯一コンクールで振れる人言うたら・・・」
「馬島か?無理無理。あいつ中学の指揮でいっぱいいっぱいのはずや。」
大沢が更科の言葉に割り込んで話す。
「そうですね~今も練習してるんちゃうんですか?支部大会まで行ってるそうじゃないですか。その中学。」
大橋は大沢の話に補足を付け足した。
馬島は、やはり今高吹奏楽部OBで、中学教師兼吹奏楽部顧問だ。さらに今高ウィンドオーケストラの指揮もしている。サングラスと口ひげがトレードマークで一見強面であるが、気さくで指揮は非常に面白く判り易い。
「まぁ、今年の合同が楽しみやな~。」
更科は最後にそう締めると、引き続き合奏を見ていたのである。
指揮をしている柏原は気が気でなかった。若干冷や汗もかいている。
理由は隅にいるOBたちである。柳原とは年も近いこともあり、結構気楽に話せる間柄であるが、残りの5人全員が指揮経験者なのである。※2
見にくい指揮をしていないか、判り辛い指示をしていないか等々下手な指揮はできない。
特に大沢・更科には、柏原が次期指揮者と決まったあと散々しごかれている。だが、今の柏原が堂々とした指揮を取れるのもそのお陰でもあるが。
顧問が指導しないこの吹奏楽部では、指揮だけではなく演奏面にとってもOB・OGは欠かせない存在なのである。
「あっ、柳原さん!後ろ後ろ~っ」
合宿恒例の花火大会の最中、島岡の声が夜中の高原に響いた。その瞬間、「バババババババン」という爆竹の音がした。柳原の足元でだ。
「あつ~~~~、お、お前なぁ~~~~」
「ごめ~ん、後ろで鳴らして脅かそうと思ったんやけど、まさか下がってくるとは思って・・・」
「ごめんで済んだら警察いらん。お前も同じようにしたる~」
柳原が火の付いた爆竹を島岡に投げる。
「だ~か~ら~ごめ~んって~~」
島岡は慌てて逃げにかかった。三浦を盾にしてだ。外した柳原は「またんかい」と追いかける。さらに柳原が火を付けた爆竹が、「パパン」となぜか沢木の足元で鳴る。「あつ~~~」
犠牲者の三浦も爆竹を持ち、島岡を追いかける。
周りでは南川・柏原が笑ってその捕り物を見物している。
岩本・朝倉も笑い、古峰は呆れて眺め、大倉に至っては「私にも愛の爆竹投げて~♪」と意味不明な言葉を発している。
「なんや、あいつら兄弟みたいやな~」
更科が笑いながらそう言った。
「とかいいながら、お前も混ざりたいんちゃうんか?」
大橋も笑いながら答える。やはり目では島岡・柳原の姿を追っている。
「無理や無理~見てみい~」
島岡と柳原の間隔がどんどん広がる。柳原はそろそろバテそうだ。
「柳原であれやで~俺やったら即逃げられるわ。」
「なんや、そういう意味かいな。体力あったら?」
「当然、島岡追いかけたおすわ。背中に爆竹放りこんだる。」
更科は笑って言った。大橋はその言葉に呆れた。
寺嶋・平田・石村が作成した数十発繋げたロケット花火が、一気に夜空を舞う。
女子たちは手持ち花火で歓声を上げ、男子たちは打ち上げ花火・ドラゴン・こま花火で夜の空を彩る。
沢木は連発手持ち花火の的だ。「あついっちゅ~ねん」
時折「ぱ~ん」となるねずみ花火がなり、さらに落下傘付きの打ち上げ花火が上がると、部員たちは無邪気にその落下傘を拾いに走り回っている。
OBたちは彼ら見て思った。(ほんま、こいつらとおると昔思い出すわ・・・)と。
深夜、大広間に結構な人数の男女が集まっていた。本来であれば、小柳先生の説教の的になる行為だが、今はぐっすり寝ている。
花火大会のあと、OBと小柳先生で酒盛りをしたのである。かなり飲んだみたいだ。まさにOB、GJである。
電気を豪快につけ、男女雑魚寝状態である。古峰もいるが特に小言も言わない。同じく共犯者だ。皆で大富豪をしていた。
「はい、あがり~。先輩、大貧民ね。」
三浦はそう告げると、島岡は「くそ~ここで革命かよ~」と悪態を垂れていた。
しばらくすると南川が提案をした。
「もうちょっとで朝やし、頂上で日の出見にいかへんか~」
「いいですねぇ」「いこいこ」「いいんちゃいます」・・・
三浦・朝倉・小路の1年といつもの3年3人組の男たちがその提案に賛成のようだ。
「それちょっとやばくない?」
岩本が注意をするが、「いけるいける」と言って7人は登山を始めたのであった。
「もう~仕方ないわねぇ」
岩本と古峰は呆れながらも、彼らを見送ったのであった。
ロッジからかれこれ1時間半は経ったであろうか。なだらかな高原を7人は先に進む。そろそろ夜明けでもあった為、足元はそれほど暗くない。ただ、少し霧が出ているので各自懐中電灯を足元に照らしていた。
「お、そろそろ頂上みたいや。」
南川は上を見て言う。
「見晴らしええなぁ。」
頂上に着いた三浦は、横にいた朝倉に言う。
「ほんまや~、ロッジの方は霧で見えへんけど、麓の街がよう見えるわ~」
朝倉も感動したのか眼を輝かせていた。
「ここで楽器吹いたら気持ちええやろな~」
「んなん無理や~ここまで来るのに何時間掛かってると思ってるの?」
三浦の言葉に朝倉は笑いながら答える。
「あ~やっぱり?」
三浦とぼけてとういうと再び麓を見てみる。
すぐ下は霧で見えないが、遠く下が見えるのでどこか幻想的であった。
「お~い、そろそろ降りるぞ~」
南川が皆に声をかける。その声を合図に皆下山したのである。
そのころ大倉は・・・島岡の毛布の中に潜り込み至福の時を過ごしていたのであった・・・
下山後、三浦は眼をこすりながら朝のメニューを食べていた。しかし、あの絶景は忘られなかった。
そして、アンサンブルコンテストは今夜であり、楽しかった夏合宿も明日で終わるのである。
※1 『マッドテープ』。当時クラブ内で流行っていた屑音楽の総称。「チャンピオンカーニバル」というアルバムに入っている「第二次成長の歌」(なんちゅう曲名や)などその曲たちは、今でも著者の脳内に残っている。はっきり言おう「屑である」と。
※2 更科と大橋は同級生で片方しか指揮できないと思われるが、大橋は2年の時に、更科は3年の時に指揮をしている。さらに更科は学生指揮者としてコンクールで指揮を取っていた。
OBたちのことを書いていました。さぁ、夏合宿もいよいよ終わりが近づいています。三浦たち1年はいい演奏ができるのでしょうか?
 




