第34話 楽器掃除
第34話 楽器掃除
8月の日差しがキツイある日。
まだ今高祭の曲目は決まっていないが、部員たちは基礎練習や教則本で自己の実力を鍛えるべく、部活動に励んでいた。
だが、人数は以前ほど多くない。3年生はこのコンクールで引退するのがほとんどであるからだ。
ただ、何事にも例外が存在するが・・・
三浦と松島、そして島岡が楽器を持って基礎練習をするべく、音楽室をでて一階に下りると、寺嶋と平田が水場にいた。寺嶋の手にはホース、平岡はチューバを支えている。
「あれ、何やってるんですか?」
三浦が島岡に聞いた。
「あれかぁ~、楽器掃除やな。」
島岡は答えた。
「あれがですか・・・?」
「そうや、あれがや。」
寺島は蛇口を少し捻り「じょろじょろ」と水を出す。
そしてホースをベルに突っ込んだのである。
ホースからは水が流れ、ベルに注がれていく。
あまりの豪快さに三浦は唖然とした。
「あれがですか・・・?」
「チューバのことはしらん。でも、俺は風呂に沈めて洗うからなぁ。ええんちゃう。」
そして並々と水を注がれたチューバ(ベルから水が漏れそうである)を平田と寺嶋はしっかり支え、平田が鳴らそうとする。※1
「ぶっ・・・水が逆流しおった。」
平田はそういいながら顔を背ける。それでもチューバを放さないのは流石である。
マウスピースからは水が「じょろじょろ」と少し漏れた。
「あれがですか・・・?」
「さすがに・・・あかんやろ・・・」
三浦たちは先ほどの光景を見なかったことにして、先を進んだのである。
基礎練習が済んだあと、島岡は少しぼーとして水場を見ていた。ようやく楽器掃除が終わったのか、寺嶋がチューバを持って音楽室を上がっていくところであった。
「先輩?どうしたんです?」
不審に思った三浦は島岡に話しかけた。
「ああ・・・せや、うちらも楽器洗うか。コンクールも終わったことやし、楽器に『ご苦労さん』いうてな。」
「チューバみたいにですか?」
「そうや。」
「ベルから水入れて楽器吹くんですか?」
「なんや、やってみたいんかい?」
「いや、さすがにちょっと・・・」
「まぁ、そやろうなぁ・・・。」
島岡は三浦の言葉に呆れると、音楽室に戻り始めた。
その後姿を見た三浦は、島岡が心なしか元気が無いように見えた。基礎練習もいつもの様な気迫がなかったかもしれない。あの人が、コンクールが終わったからとかそんなことで気が緩むとは思えないからだ。
(もしかして・・・コンクールの寸評見たんかなぁ。でも、緘口令引いて、あれも処分したって聞いたけど・・・)
三浦は嫌な予感を覚えつつ、その後ろを追ったのである。
3人は机と洗面器を持って水場前にいた。
手には両端にブラシの付いた黒い紐を持っている。※2
島岡が持っている楽器はホルンではない。前に三浦が吹いていたメロフォンである。
「三浦~洗い方教えたる。松島~先、やっといてんか。」
「ほいほ~い」
松島は島岡からフレキシブルクリーナを受け取ると、ホルンから取り外せれる部品をどんどん外していった。部品は机の上にどんどん置いていく。島岡もメロフォンから部品を外していく。
「こうやってな、取り外せる部品全部取るんや。で、こうやってこいつで管の掃除するんや。」
島岡はそういうと、洗面器に水で薄めた洗浄液を紐のブラシに濡らすと、メロフォンの息を入れる口から紐を突っ込みゴシゴシとする。
「まぁ、ここが一番汚いからなぁ。」
管から出た紐の先端には黒いものが付いている。
「お~お、よう出よるな。三浦~、この汚れの原因分かるか?」
「え~と・・・埃?」
「ちゃうちゃう、密閉空間に近い管に埃なんてあると思うか?まぁ、油っぽい奴がグリスのカスで、ごそ~と出てきてるんは歯垢やな。」
その言葉に三浦はギョッとした。
「え~?!いつもうがいしてから楽器吹いてますよ。」
「それでも完全に歯垢が取れると思うか?若干ながらあるんや。それが、何ヶ月も吹いててみ。わかるやろ。」
「なんかショック受けますね。」
三浦はがっくりしながらそう言った。
「まぁな。せやから、ジュースとか飲んでから楽器吹くなっていう理由もあるんやけどな。砂糖でべとべとしよるで。」
三浦は「へ~」と言うと、ふとした疑問が沸いた。
「じゃぁ、なんでコンクール前に綺麗に掃除しなかったんです。」
「ああ、それか~。ほれ、銃と一緒やな・・・って分かるわけないか。あれも、火薬のカスとかで銃口内汚れるから掃除するんやけど、そうすることによって照準狂うらしい。せやからその後、何発か試射してちょっと汚しよんねん。照準戻す為にな。」
「えらいマニアックな話ですね。それと楽器がどう・・・」
「まぁ、聞けや。で、楽器も同じでな、カスとか掃除すると若干やけど音程変わるねん。」
「それ・・・困りますね・・・」
掃除した後、今まで通り吹くと音程が違う。致命的だ。
「そうや、困るから掃除せえへんかってん。まぁ、奏者側で即全部調整できるんなら、してもええけどな・・・無理やろ。」
あんたならやりかねんと三浦は思ったが、あえて口には出さなかった。
一通り楽器を洗い終わり、乾かした後、いつもの手入れを行う。夏の為、渇きが早い。
ローターオイルを支管口からロータリーに指し、ロータースピンドオイルをロータリーの軸に塗る。そしてスライドグリスを主管・支管の接続部分塗ってホルンに装着する。※3
三浦は鼻歌を歌いながらその一連の作業をしていた。楽器を手入れしているときが結構好きだ。自分の「相棒」とも言える楽器に色々してあげられるからだ。他の人の中には「恋人」として扱い、名前を付けている人もいるそうだ。
そのことについて、前に島岡に聞いたことがあった。
島岡は、ホルンは自分の「分身」だと言ってた。自分の出したい音を自分の代わりに出してくれるからだ。人とは少し違う答えだったが、彼らしい言葉だったなぁと三浦は思いながら島岡の方を見た。手は動いているが、気はどこか上の空という風に感じた。
その島岡は、楽器を手入れしながら考えてた。あの返事をどうしようかと・・・
※1 これは明らかに入れすぎです。良い子は真似しないでね。
※2 フレキシブルクリーナのこと。プラッチック系のワイヤーの両端にブラシが付いてある。
※3 クリーム状のものを「スライドグリス」、リップ状のものを「ブラススティックグリス」と言います。便宜上、「スライドグリス」と統一させて頂きます。
三浦は島岡に異変を感じていますが、どうやら彼が思っていたことではないようです。一体島岡に何が・・・