第28話 学校の事情と吹奏楽部の事情
第28話 学校の事情と吹奏楽部の事情
「三浦~、通知簿どうやった?赤点ないやろうな?」
島岡は三浦に言った。
今は、終業式も終わり、12時には少し早い時間である。
今日のクラブは13時より始まる。
「ええ、ばっちりないですよ。赤点だと補習でコンクールどころの話じゃぁなくなりますからね。」
「そりゃよかった。この時期に練習できないちゅ~んはキツイからなぁ。」
「結構、成績良かったんで親にも小言言われなくて済みそうです。」
「というか、俺は島岡の方がヤバイと思ってるけどな。」
松島が後ろから話しに加わった。
「あほか、俺にぬかりはないに決まっとるやん。ほれ。」
島岡はそういうと自慢げに通知簿を二人に見せた。
「・・・」
「・・・ある意味すげぇなこれ。」
三浦は少し目をこすった。しかし、そこには現実があった。
「音楽の「5」以外全部「2」の通知簿なんて初めて見たわ・・・」
松島が呻いた。
今高高校の通知簿は、中間と期末テストの平均に授業態度などの生活点を加味された点数で、成績を付ける。中学の通知簿の様に比較による付け方ではなく絶対値だ。
「5」は80以上、「4」は80未満60以上、「3」は60未満40以上、「2」は40未満35以上、「1」は35未満で赤点である。
そう考えると、この5点しか幅の無い「2」に揃えるというのは、狙ってやったとしても奇跡に近い。
先生も結託して特定の生徒に「2」を付けるほど暇ではないのだ。
ちなみに、赤点であると明日からの補習に出ないといけない。コンクールに出演する部員にとってこの時期に「1」は取りたくないのである。
「その分やと松島も大丈夫そうやから補習なさそうやな。」
「当たり前やろ。」
「とりあえず、飯でも行こか。時間もあることやし、駅の近くまで足の伸ばそうや。」
島岡はそういうと二人を連れて音楽室を出たのであった。
そして、昼からの部活も終わり、終わりのミーティングの時間に、地獄の序章が鳴ったのであった。
それは古峰の口から演奏される。
「明日からいつもの様に補習が始まりますので教室は使えません。」
三浦は「ああ、そりゃそうやな」と思い聞き流していた。教室が使えなくても渡り廊下で基礎練習をして、音楽室で合奏だ。特に教室に用はないのであるから。
「あと明後日になりますが、模試の会場として学校が使われるそうです。」
三浦はまだ「ふ~ん」という程度であったが、次の言葉を聞いて硬直した。いや、部員全員がそうであろう。
「なお、学校側から通達があり、明後日は音楽室外への音出しは禁止です。また、音楽室でも締め切って行う様にということです。以上です。」
言った古峰も顔を青くしている。
それはそうである。
空調設備など全く無いこの音楽室を締め切って、それも50人近い人数が集まっての合奏である。
想像しただけでも、地獄絵図が想像される。正気の沙汰とは思えない。
「・・・というわけで、明後日は、各自何かしらの準備をするように。ではお疲れ様でした。」
「「お疲れ様でした」」
南川の声も皆の声も若干いつもの元気はなかった。
次の日、朝から合奏である。
まだ太陽が昇りきっていないうちから暑い。窓や扉は全て全開されている状態だ。
個人個人で団扇を持っており、時折パタパタ動かす。また、首にはタオルが巻かれており、汗をぬぐっていた。バリチューパートは全員頭に捻り鉢巻である。
更に、指揮台の横には、電子メトロノームに繋がれた大きなアンプがあった。
そこから電子メトロノームの音を拡大して、「ピコピコ」と大きな音が鳴っている。
三浦は思った。この状態でもかなりの暑さだ。明日は倒れる人がでるのではないかと・・・
そして運命の日がやってきた。
ミーティングが終わると、全員が楽器の用意をする。そして「ガラガラガラ」という音を立てて全ての窓と扉が閉められた。
全員が思い思いに口慣らしを始める。さすがに島岡も基礎練習どころではない。
じとっと額から汗が流れた。いつもなら時折吹く風が、その汗を乾かして涼しくするのであるが、それがない。そのまま、滑り落ち首の巻いたタオルに吸われる。
いつもなら飲み物等は練習中に飲まないが、さすがに今日は解禁である。まだ冷えているスポーツ飲料水や、気の利いた部員は家で凍らしてきた水筒から溶けたお茶をすする。
そして、チューニングが始まる。
今まで外にいた河合は「ちょっと暑いなぁ」と一言言って、合奏を始めた。
「「ガラガラガラ」」
一斉に窓が開け放たれる。「もわっ」とした空気が外に流れ出ているように見える。もう、誰も楽器を吹いていない。
男子部員は扉から飛び出し、音楽室の前にある水道栓(8つぐらい並んでいる)に走り、頭から水を被る。
音楽室内では女子部員がぐて~としており、ちょっとはしたない姿だ。
島岡にいたっては、上半身ランニング一つで締まった体付きを披露している。ズボンも脱ごうとしたがさすがに周りが止めた。
女子部員がそれを横目で見ながら、少し顔を赤らめて「男子ってこういうときいいわね~」と言っている。
河合と南川・古峰・岩本・柏原がグランドピアノで話し合っている。
三浦は頭から被った水をタオルで拭き、その話の内容を耳を澄ませて聞いていた。
河合から「そこまで暑いかぁ~まだいけるやろ。」の声が聞こえる。
三浦は「うそやろ~」と思った。午後からもまだ続けるというのだ。
灼熱地獄の前半部が鳴り終り、これから中間部・再現部が奏でられる・・・
今は午後5時、更科と大橋はエアコンの効いた車の中にいた。後部座席には、クーラーボックスが2つ積んである。中身は差し入れの冷たい飲み物である。
大橋は更科と同期のトランペッターである。今でも更科と共に楽器を吹いてる、OBの一人である。
二人は学校に車を乗り入れ、クーラーボックスを担ぐと音楽室に向かった。
しかし、音楽室から合奏の音が聞こえないのを不審に思う。
「なんや、音聞こえへんやん。どういうこっちゃ?」
「休憩中なんやろ?」
更科の声に大橋がそう答える。しかし、音楽室に向かうも音は一向にしない。
さすがに大橋も不審に思った。
音楽室の至近まで近づいた二人は、音楽室の窓が締め切っていることに気付いた。
「「まさか・・・」」
二人は一斉に走り出す。そして、音楽室の中を見て驚愕した。
「こらあかん・・・大橋~、窓全部あけるで!」
「判った。」
そこには暑さで死屍累々の部員達の姿があった・・・
「死ぬかと思いました。更科さん、差し入れありがとうございます。」
更科が持ってきたジュースを飲んだ三浦はそうお礼を言った。
幸い誰も脱水症状を起こしている者もなく(ギャグ耐性が付いているのであろう)、全員配られた飲み物を飲んでいる。
そして更科は言った。
「しかし、お前ら・・・今日1日練習中止するって事考えへんかったんか?」
「「あー!!」」
部員の情けない声が音楽室に鳴り響いた。
やはりこいつらは「楽器バカ」である。
ちなみに・・・次の年から、他の練習場を借りて楽器を吹く彼らの姿があった。
コンクール前のちょっとしたエピソードでした。
いや、本当に暑いんです。締め切った音楽室の合奏は・・・




