第22話 強力な援軍
第22話 強力な援軍
「もしもし、浅井さんですか?お久しぶりです、島岡です、前にお伝えした件なんですが・・・
ええ・・・ええ・・・はい、すでに確保してます・・・ええ・・・ええ・・・ほんまですか?
・・・ええ・・・ええ・・・ほんま助かりますわ・・・はい、よろしくお願いします。では、失礼します。」
島岡は笑顔で電話を切り、家の外へ向かうのであった。
大阪でも例年通り梅雨入り宣言されたある日、4人の男たちは中庭側の窓を閉め切った教室にいた。さすがに廊下側は扉も含めて全開だ。
「しっかし、よう降る雨やのう。こうず~と降るとホルンにカビ生えそうやわ。」
「仕方ないですよ、松島先輩。梅雨なんですから。」
「まぁ梅雨に関係なく俺の右手にはカビ生えとるがな。」
島岡はそう言うと右手を三浦に見せる。確かに緑色をしている。
「お前のはただの緑錆や。その楽器ノンラッカーやからすぐ付くのう。」※1
「しゃ~ないですやん、石村さん。俺、汗っかきなんですから。」
島岡はそういうと中庭を見ていた。そして何かを思いついた様だ。不敵な笑みを浮かべる。
「そういえば三浦~、知ってるか?」
「いきなりなんなんです?」
「いやな、この中庭・・・出るらしいで・・・」
「その話かよ・・・」
松島は島岡の言葉に反応した。結構有名な話っぽい。
三浦はジッと中庭の方を見る。確かに『出る』と言われればなにか出てきそうだ。
この学校の校舎は南北に教室棟があり、西には講堂を含めた棟、東には若干の教室がある棟、そして真ん中には渡り廊下があり、上空から見ると『8』を横にした形をしている。
その棟に囲まれた場所が「中庭」である。そこには池やベンチ、温室等があるが日当たりが悪い為、誰も使用しない。いつも薄暗いのである。
「この学校、戦前からあるって知ってるやろ。でな、当時もこの校舎、このあたりでも唯一の鉄筋らしくてな、戦時中は避難場所として使われとったらしいんや。」
三浦はふんふんとうなづく。
「でや、防空壕とかも掘られとってな、空襲のときなんか皆そこに入るわけや。そこにたまたま爆弾が落ちたらしくってなぁ、入った人皆死んでもうたってわけや・・・」
「まさか・・・」
「そうや、その場所が中庭や。」
三浦は中庭をじっと見た。シトシトと落ちる雨が更に雰囲気を出す。
島岡はさらに話を続ける。
「ちなみに・・・大阪で空襲が激化したのって6月らしいで・・・」
その頃であろうか。廊下から『ギッシギッシ』と音が聞こえる。
今日この北棟で練習しているのはホルンパートだけだ。他のパートは南棟に集中している。
さらにこの時間になると他の生徒も教室にはこない。だからこそ吹奏楽部が教室を使用しているわけだが・・・
三浦は『まさかなぁ』と思い廊下側を見た。
話をした島岡も、松島・石村も廊下側を見ている。
音は更に大きくなる。こちらに近づいているのだ。
そして、扉に人の気配が・・・
そのときである、『ガラガラガッシャーン!!』と近くに雷が落ちた。
教室からは「ひぃ」とか「うぉ」とか悲鳴とも呻き声とも付かない声があがった。
廊下からは「きゃ」という可愛らしい声が聞こえた。
「きゃ」?
三浦は不審に思い、閉じた目を開け扉を見た。そこにはホルンを抱えた女子生徒がいた。
「もう、いきなり雷落ちるからびっくりしたじゃない・・・ってあれ?」
その女子生徒は目を丸くした。
そこには机をひっくり返して床に落ちてる島岡、別の扉から出て行こうとしている石村、呆然としている松島の姿があったからだ。
「あんたたちなにやっとんの?」
その女子生徒は呆れて言うと島岡が机を元に戻しながら言った。
「いぁ、ちょっと浅井さんがあわられたのでびっくりしただけですやん。」
「人の顔みてびっくりするって・・・ちょっと失礼や無い?」
「いあその・・・それより、紹介しますわ。こいつが1年の三浦ですわ。」
「ま~たそうやって、ごまかす。まあええわ。3年の浅井陽子よ。よろしくね三浦君。」
三浦は浅井を見た。背は小さい(150cmあるかないか)。顔は少し童顔で3年生というより三浦と同じ1年生に見える。優しい印象で、今で言う癒し系だ。
「三浦です、よろしくお願いします」
三浦は丁寧に挨拶をした。
「やっぱり1年生ってええわぁ。あんたも昔はこんなんやってんで?それをどう間違えてこんなひねくれ者になったんやら・・・」
「それはあれですわ。先輩達のご指導のおかげ様ですであります。」
それを聞いた浅井は「はぁ」とため息を付いた。
「それで私の譜面は?」
「これですわ。三浦と同じ4番してもらおうと思っています。」
浅井の問いに島岡は楽譜を手渡しながら答えた。
「やっぱりまだ三浦は初心者1年なんで、ちょっと一人ではきついと思いましてん。」
「そういえば、去年のコンクールは1年の島岡一人で4番吹いたからなぁ。あのときは、ほんますまんかったな。」
石村はそういうと島岡は「いえいえ」といった感じで答えた。
「あんときは3年もいなくて、4人ぎりぎりでしたやん。しゃ~ないですわ。」
三浦はふと考えた。
(3年生がいなくて2年は石村先輩と浅井先輩、1年は島岡先輩と松島先輩だ。でも、1年島岡先輩一人って言ってたな。どういうことや?)
「松島先輩は出なかったんですか?」
「松島なぁ・・・こいつは今高祭後に入部したんや。せやから半年遅れや。」
三浦の質問に石村はそう答えた。そして続ける。
「今高祭後に入部したん結構おるで。辻本とか楠田とかがそうやな。」
「なるほど~・・・あれ一人足りない?」
「それはや、俺と同じ学年にホルン経験者おってな。コンクールだけ部員として手伝ってくれてん。」
「あ~そういえばあの人、あれ以来顔出さなくなりましたねぇ~。」
「元々一般団体に入ってるんや。さすがに掛け持ちは気が引けるんやろ。」
石村がそこまで言った時、島岡は言った。
「さてと、雑談はこれぐらいにしてパー練しよか。コンクールまであんま日~ないしな」
島岡がそういうと残りの4人は楽器を持ち準備を始めるのであった。
※1 緑錆。化学的には塩基性炭酸銅といわれる化合物で、サビの一種。特にホルン奏者はベルに手を入れるので、汗と真鍮に含まれる銅が反応して手に付きやすい。
新たな先輩、浅井さんの登場です。ホルンはこの5人体制でコンクールに挑みます。果たしてその成果は如何に・・・




