第21話 再スタート
第21話 再スタート
次の日の放課後、三浦はいつもの通り音楽室に入り、島岡の姿を探す。
三浦はいつも座っている席に、島岡がいることに安心した。松島と話をしている。
島岡も音楽室に入った三浦に気づくと話しかけてきた。
「おぅ三浦~、昨日はすまんかった、すまんかった。昨日の様子、松島に聞いたところや~」
「ほんと、昨日は大変だったんですから。」
三浦はそう言うと鞄を机の上に置き、楽器のある棚に向かう。
「あ~、今日は楽器ださんでええで。」
後ろから島岡はニヤニヤしながら言う。
「お前のホルン届いたんや。」
3人は基礎練習をせず教室にいた。そこには4台のホルンケースが並んでいる。
「昨日休んだんな~このホルン取りに行ってたからなんや。一応、俺、楽器係長やし。」
島岡は2台のホルンケースを指し言った。
そこには真新しい長方形のホルンケースと古ぼけた厚さが一回り薄いホルンケースがある。前者はベルカットのようである。
残りの2台は島岡と松島がいつも吹いているホルンのケースだ。
「とりあえず、俺はこのホルン使うからな。」
島岡はそう言うと真新しいホルンケースを取る。
「おい、それ新品やろ。抜け駆けはずるいで~。」
松島は非難の声をあげたが、島岡は「はぁ?」という顔をして言った。
「あほか~、これ俺の個人持ちのホルンや。使うに決まってんやろ。昨日買ってん。」
「「えーーーーーーー!!」」
二人は驚いた。
只でさえホルンは高額である。それもケースを見る限りヤマハのカスタムタイプだ。高校生が買える値段ではない。(第16話 楽器屋へ行こう!!参照)
「まぁ、タネを明かすとやな、更科さんのコネで割引させてもらったんや。メトロノーム、チューナー、ミュート、譜面台その他もろもろ付けさせてな。店員も呆れかえっとったで。それもプロトタイプやさかいカスタム言うても安かったわ。ただ貯金全部使ってもうたけどな。」※1
島岡は手にしたホルンケースを開け、ベルを持つ。「キュ」という音をさせてホルン本体に装着される。
そのホルンはやはり新品らしく、ロータリーや支管など銀メッキのところの光沢が綺麗だ。が、肝心のベルのところがメッキの光沢がない。なんだか古ぼけた中古品の様に見える。
「なんか、新品の割りに古ぼけて見えますね。」
三浦は素直に言った。
「しゃ~ないやん、これノンラッカーやから。でも、何十本も試奏したけど、ほんまこれしか吹く気にならんかったで。」※2※3
そう言った島岡はおもむろにそのホルンを吹いた。今まで聞いた芯のある澄んだ音には違いないが、さらに音が突き抜けている。以前より華やかな感じがした。
「俺にも一回それ吹かせてくれへんか?」
松島の言葉に島岡は「ええよ~」と言うとホルンを手渡した。
松島は軽く吹いてから言った。
「なにんやこれ。すげ~吹きやすい。すごい当たり引いてんな。」
島岡はホルンをニコニコ顔で受け取った。
「とりあえず、あとの3本で二人がどれ吹くか決めてもらいたいんやけど、こいつがなぁ・・・ちょっと特殊やねん。」
島岡がそういうと、もう一台の古ぼけたケースを開け、ホルンを取り出した。確かに何かが違う。形はいつものホルンだが、全体的に管がすっきりしている。特に支管のF管で使用するところが明らかに短いのだ。※4
「これセミダブルやねん。更科さんから受け取ったときに試奏したから、ええ楽器には間違いないんや。持ち主が馬島さんのやし。ただ、松島はフルダブルで慣れてるやろ。そこがな~」
「まぁ、試奏して決めたらええやん。案外、馴染むかもやで。」
松島がそういうと、そのセミダブルを受け取った。やはり軽い。そのまま構え吹いてみる。
「なんや、吹きやすいやん。変な癖ないし。」※5
「やろ~。その辺りは好みの問題やねん。」
三浦と松島は一通り試奏し始めるのであった。
試奏後、三浦は悩んでいた。
やはり島岡の新しいホルンは群を抜いて吹きやすかった。但し、それを選ぶことはできない。
セミダブルも吹きやすかったが、なにか違和感があった。島岡の言う好みの問題であろうか。
残る2本、元松島のイエローブラスのラッカー仕上げのホルンと元島岡の洋白の「銀メッキ」仕上げのホルンだ。どちらも特に問題は無かった。
イエローブラスのホルンは音色が明るめで、洋白のホルンは音色に落ち着きがあるような気がした。
松島はセミダブルが気に入っており、その楽器に決定したようである。
「なんや~、三浦。まだ悩んでるんか。」
「ええ、どっちにするか悩んでいるんです。」
「さらに、石村さんの楽器も足したらもっと悩みそうやな。」
島岡は笑いながら言う。
「そんな恐ろしいこと言わんとってください。」
三浦は更に困ったように言い返した。
しかし、この様子を第三者が見たらこう思うだろう。『新人が楽器を選べれるなんて贅沢な悩み』だと。
「こっちにしようかな。」
三浦は決断すると洋白のホルンを選んだ。
「決め手はなんや?」
島岡は三浦が散々悩んだ末、自分が使っていたホルンを選んだ為、気になって聞いた。
「う~ん、言葉で言うのは難しんですが、なんかホルンのほうから『こっちにしろ~こっちにしろ~』って呼んでくるんです。」
「なんやそれ。」
島岡は三浦の答えに思わず笑いながら返事をしたが、それはそれで納得をした。
確かに無機物の塊のホルンであるが、いざ吹いてみると素直に音が出たり、逆にへそを曲げてろくすっぽ音が出ないときもある。不思議なもんやなと島岡は思ったのであった。
「よっしゃ!時間もあんまりないけど基礎練始めるか~。新しい楽器も決まったことやし、心機一転で再スタートや。」
「「はい」」
3人は各々新しい楽器を持って渡り廊下に向かうのであった。
※1 大量生産前の試作品のこと。分類上はカスタムタイプになる。当然カタログには載っていない。
※2 ノンラッカー。ラッカー塗装を行っていないものを指す。他にも「銀メッキ」・「金メッキ」などの仕上げ方法もある。
※3 人に個人差があるように楽器にも個性差があります。また、同じ型番の大量生産品の中でも「当たり」と言われるものもあります。値段だけでなく自分に合った楽器に巡り会いたいものです。
※4 セミダブルのホルン。基本はB♭管であるが、F管切り替え時にB♭管にF管分の長さが追加される構造になっている。それに対してフルダブルはF管とB♭管が別々に独立している。(厳密に言うと一部共有している箇所もあり若干違うが)勿論、セミダブルの方が重量は軽い。
※5 楽器もある程度吹いていると、その人にあった癖がつく。本当に楽器って生き物みたいなんです。
とうとうホルンを手に入れた三浦。コンクールまで余り時間がありませんが気分新たに再スタートです。
 




