第19話 中間試験
第19話 中間試験
5月も中旬が過ぎたある日、終わりのミーティングで南川が言った。
「明日から中間テスト1週間前に入りますので、明日から試験終了までクラブ活動は休止になります。」
三浦は南川の言葉を聞いて島岡に聞いてみた。
「島岡先輩、これって・・・」
「まぁ、そういうこっちゃな。次のクラブ活動再開は試験最終日の放課後や。一応、この学校、進学校やからな。俺は赤点さえ取らへんかったらどうでもええけど。」
「赤点だとどうなるんです?」
「お前、夏休み補習受けたいか?」
島岡の言葉に三浦は首を横に振る。
しかし、三浦は今が一番楽器を吹きたい時期なのだ。
毎日、自分でもどんどん上達していることが良くわかる。試験終了まで吹かなかったら、どこまで下手になっているか不安になるのである。
次の日の放課後、三浦は久しぶりに音楽室に寄らずに下校しようとする。横には鈴木が一緒だ。島岡からはマウスピースは手渡されているので、家でマウスピースでの練習はできる。
校門に差し掛かろうとしたとき、音楽室からホルンの音がした。いつも聞きなれた島岡の音だ。
三浦は「え?」と思い音楽室に向かおうとした。
「おい、三浦。帰れへんのか?」
後ろから鈴木の声がする。
「ちょっと音楽室に寄ってから帰るわ。鈴木は先、帰っとって。」
三浦は鈴木にそう言うと歩みを進めたのであった。
渡り廊下までくると、ホルンの音はさらに大きくなる。音楽室の前を見てみると、ホルンを構えた島岡の姿があった。
「先輩、今日からクラブ休止なんじゃ?」
三浦の問いに島岡は平然と言った。
「ん?あ~、確かにクラブは休止やな。でも、楽器吹くなとは誰も言ってへんで~」
その言葉に三浦は昨日の南川の言葉を思い出してみた。確かに言っていない。
「でも、先生とか注意しにきません?」
「あ~ないない。ほれ、グラウンド見てみ。」
三浦は島岡が言った通りグラウンドを見てみる。ちらほらとランニングをしている体育会系クラブの人たちがいる。
「この学校なぁ、個人の活動までは縛れへんねん。学校側も黙認しとる。」
「なんでなんですか?」
「あれやろ、例えば学校で完全に禁止しても、家帰ってからランニングする奴はしよる。それやったら交通事故とか起こる路上より、校内でやってもらった方が管理もできるし余程安全ちゅう~わけや。まぁ、先生に聞いたことないから知らんが。」
「そんなもんですかね。」
「そんなもんやろ。さすがにテスト期間中にやったらクロマティに「はよ帰れよ」って怒られたわ。」※1
三浦はさすがに呆れた。ここまでくるとホルン馬鹿である。
すると音楽室から柏原が階段を降りてきた。トランペットを持ってだ。
「なんや~三浦、お前も練習しにきたんか。お前も俺らと同じ楽器馬鹿やなぁ。」
柏原は笑いながらそういうと、トランペットを吹き始めた。
彼の音は、校門前の大通りをさらに突き抜け、向こう側のビルに当たって跳ね返ってくる。※2
相変わらずの爆音トランペッターだ。
三浦は音楽室に上がろうとすると島岡は注意した。
「あ~、一応音楽室には勉強しとる奴がいるから、音出しは外でな~」
三浦が音楽室に入ると、そこそこ人がいた。
平田と寺嶋の3年コンビ。南川と沢木の2年男子。岩本と古峰の2年女子。1年は大倉がいた。
大倉は古峰に判らないところを教えてもらっているらしく、まるで仲の良い姉妹みたいだ。
その横では岩本が一人で勉強をしている。
寺嶋は南川と沢木と平田を相手に雑談しながら、チューバの手入れをしていた。
三浦に気づいた南川は「よー」と軽く手を挙げて答えた。
「お前も楽器吹きに来た口か~」
「いえ、皆何しているのかな~と思いまして。」
「何してるもなにも、俺らは遊んでるだけや。まぁ、向こうでは真面目に勉強している奴もおるが・・・」
三浦と南川はそう話していると、音楽室に島岡が帰ってきた。
そのままホルンケースを探ってから、三浦のところに来る。
「三浦~、お前今日楽器吹くか~?」
「ええ、そのつもりですが。」
「あれやったら松島の楽器使ってええぞ。」
その言葉に三浦はびっくりした。
「いいんですか。」
「ええぞ~昨日な松島と話してん。試験休み中、松島が吹かへん時は使ってええってな。マッピはこれを使え。前に俺が使ってた奴や。」
そういうと島岡は三浦にマウスピースを手渡した。
口のところには「YAMAHA JAPAN 30C4」と刻印されていた。※3
三浦はホルンを持って音楽室を出た。早速、音出しを始める。
「あいつ、ええ音だしとるやん。」
南川は外から聞こえる三浦の音を聞いて島岡に言った。
「ああ、ええ音や。あいつはきっと俺を越えるで~。そういえばお前んとこの二人はどうや?」
「実篤はちょっと押し癖付いとる、無理やり音出してる感じや。丸ちゃんは低音が安定しとるが、高音になると音こもりよる。」
「ラッパは難しいもんな。俺もこの前吹かして貰ったとき音こもったからな。」
「あほか、いきなりであそこまで出たら上等や。まぁ、とりあえず二人は暫くロングトーン強化して様子見やな。」
二人はお互いの後輩の寸評をしているのであった。
さて、次の日も次の日も三浦は放課後音楽室を訪れた。試験一日前になると鈴木も来ている。鈴木はどちらかと言うと勉強を教えてもらいにだ。
そういう1年生は結構多いらしく、この日になると2年生も結構きている。どうもこのクラブの部員は成績上位者が多いらしく、お互いに苦手な科目を教えあっている。
特に柏原・岩本・古峰は全ての科目において勉強ができ、教え方も上手である。
逆に島岡は限りなく底辺に近い。全科目35点しか取らない。(この学校では35点未満は赤点)
「あいつ、あれでも中学のときはオール5の秀才やったんやで。本当やったらこの学校より上の学校狙えててんやで。」
柏原は三浦に勉強を教えながらそう言った。
「だったらなんで今成績悪いんです?」
「要するにぜ~んぶホルンに取られてんねんやろ。あいつ、基本的に不器用やねん。というか・・・」
「「ホルン馬鹿」」
二人は音楽室前の踊り場で吹いている島岡を見て、言ったのである。
音楽室の部員たちは島岡の独奏をBGMとして、勉強に励んでいたのであった。
※1 クロマティ。当時読売ジャイアンツにいた選手。先生のあだ名と思われる。(笑)
※2 ビルから音が跳ね返る。要するに山びこと同じ原理。
※3 ヤマハ社製のホルン用マウスピース。「30C4」はスタンダードモデルである。
試験前の一こまでした。試験後、本格的にコンクールに向けての練習になります。