第16話 楽器屋へ行こう!!
第16話 楽器屋へ行こう!!
「ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
「はい、お疲れさん」
合奏が終わり、南川の掛け声の後の皆の挨拶に河合は返礼をする。
時計の針は6時を指していた。
音楽室の入り口には、今日合奏に参加できなかった新入部員の姿も見える。
部員は楽器を片付け、掃除を行った。毎週土曜日は音楽室の掃除を行う。
基本的に全員で行うが、打ち合わせ等を行う人は対象外だ。柏原は河合と話をしている。
机やグランドピアノがあらかじめ壁際に寄っているので、掃除も早い。
掃除の範囲は音楽室内だけでなく階段下の踊り場まで含まれる。
島岡の話によると、年末最後の活動の日は、窓拭き等大掃除を行うという事である。
「お前の楽器の手入れでもしよか。まだ教えてへんかったやろ。」
「はい」
島岡は三浦にそう言うと棚から三浦のメロフォンケースを出した。
「手入れする主な箇所は2点や。ピストンのところと管を動かすところや。ホルンに変わっても基本は一緒や。まぁ、ピストンからロータリーに変わるけどな。」
島岡はそう言いながらメロフォンを取り出し、さらにケース内の小物入れから透明のプラスチックの容器を取り出した。
「ありゃ、オイルがえらい少ないな。」
島岡はそういいながら周りをぐるっと見渡す。同じように楽器の手入れをしている沢木の姿を見つけた。
「沢木~、オイル貸してくれ~」
「あいよ。」という沢木の声とともに同じような容器が島岡に投げられる。
島岡は容器をキャッチすると、三浦にその容器を見せた。
「これがバルブオイルや。ピストンは皆これを使うねん。ピストンの手入れは大体2・3日で一回くらいでええやろ。」
そういうとメロフォンのピストンを回し、楽器から引っ張り出した。
ピストンの下は筒状になっており、所々丸い穴が空いている。
「こうやってな、オイルを塗るねん。」
残り少ないほうのバルブオイルを開け、筒状のところに垂らし始める。全体に満遍なく行き渡るようにピストンを回す。
塗り終わったピストンをメロフォンに再び装着する。2・3回ピストンを動かしてから三島にメロフォンを手渡した。
「ほれ、残りの2つやってみ。オイルは沢木のを使ったらええ。一杯入っとるさかい使いたい放題やで。」
向こうで「なに~~!」という声がしたが島岡はあえて無視をし、三浦は見よう見まねでピストンの手入れを始めた。
「まぁ、ピストンの動きが悪いな~と思った時もオイル付けたらええ。あと管のグリスは今日はええやろ。二週間に一回くらいでええはずや。」
「あれ、ピストンが動きません。」
オイルを塗ったピストンをメロフォンに取り付け、動かそうとした三浦は焦って言った。
「あ~、悪い悪い。ひとつ言うの忘れとった。ピストンにも向きあるねん。」
島岡はそういうと自分が手入れをしたピストンを開け少しだけ抜いて説明をする。
「ほれ、上の部分にばねが見えてる穴あるやろ。こういう風に見えるように向けてピストンを入れるねん。」
そういいながらピストンを閉め、三浦が手入れをしたピストンを開ける。そして方向を変え閉める。ピストンを押し、ちゃんと動作するか確認する。
「さぁ、もうひとつ残ってるで。きっちり手入れしようか~。」
三浦は島岡から楽器を受け取ると最後のピストンの手入れを行った。
「沢木~これ貰ってええか?」
「かえせ~」
「ええやん、減るもんでもあるまいし・・・」
「減るわい!!」
島岡は「仕方が無いな」という顔をして容器を沢木に放り投げた。「どこに投げてんねん」という声がしたが、島岡は聞かなかったことにした。
「三浦~、明日時間空いてるか?」
「空いてますけど?」
「楽器屋行かへんか?バルブオイルも買わなあかんし、俺も買うもんあんねん。どや、いくか?」
「いいですよ。どこまで行くんですか?」
「心斎橋や」
次の日、三浦はロケット広場に向かっていた。約束の10時には間に合うであろう。※1
その場所に着くと島岡は既にいた。ジーパンTシャツに赤のポロシャツを羽織っている。黒いリュックを右肩に掛けている。
「おはようございます」
「おはようさん、ほな行こか。」
島岡はそういうと歩き出した。三浦はその後ろを追う。
戎橋筋は日曜日の為、すごい人だ。戎橋から心斎橋方向を見ると人の頭で真っ黒である。
その雑踏の中、程なく歩くと「YAMAHA」と書かれている看板が見えた。
「ついたで~」
島岡はそう言うと、その店に入る。
1階はCD売り場である。更に奥に行くと階段があり、島岡は上がっていく。
2階は楽譜が所狭しと棚に並んであった。
「あ~ここは楽譜とか教則本とかあんねん、後で寄ろか~」
島岡はそういうと更に階段を上がる。
3階にはグランドピアノが置いてある。
島岡はここには用が無いとばかりにさらに上る。
4階に着くとそこにはガラスケースに収められたトランペットが並んであった。
フルート、クラリネット、サックスも所狭しと並んでいる。
右の通路にはユーフォニウム・チューバが見える。奥はエレベーターだ。
「なんでエレベーター使わなかったんですか?」
「あれな、ごっつい遅いねん。」
島岡はそうあっさり言うと左の通路を進む。
「ここや」
島岡はそう言うと小物売り場のところで足を止めた。
そこには各種オイルやリード、楽器を拭く布類、楽器を模った可愛いアクセサリなどが置かれていた。
横にはパーカッションのスティックや指揮棒もあった。
「これがバルブオイル。んでスライドグリスなんやが・・・」
島岡はある一角を指差した。
「クリームタイプとリップタイプあるけどどっちがええ?リップタイプやと手も汚れず手軽に塗れるで。俺はクリームタイプで指で塗ってるけどな。薄く塗れるけど手が汚れるな。」
三浦は少し考えて答えた。
「リップタイプでお願いします。」
「ほい、これな。会計はあっちや。」
島岡はバルブオイルとスライドグリスを手渡すと、レジに目を向けた。三浦は「へ?」という顔をした。てっきり部の予算から出ると思ったからだ。
その表情を読み取ったのか、島岡は言う。
「言うの忘れとったけどな、消耗品や小物は持ち主負担や。今持ち合わせなかったら俺が出しとくけど?」
「いえ、大丈夫です。」
そういうと三浦はレジに向かった。高校生にとってはちょっと手痛い出費だ。
レジを済まして横を見ると、そこにはホルンがガラスケースに収められていた。
ゴールドやシルバーの光沢が綺麗に輝いている。
そのなかでも親指のところのレバーが2つある楽器に目を向けた。それは他の楽器よりも存在感があった。
「なんや、お前なかなかお目が高いな。」
後ろから島岡が笑いながら声を掛けた。
「そいつはアレキサンダーと言ってな、ええ楽器やで。」※2
そしてニヤニヤしながら言う。
「せやけど、値段見てみ。」
島岡の言葉に三浦が値段を見てみた。120万と書かれてある。
「うわ~」
「そういうことや、値段も目も飛び出る程や。まぁ、ホルンは基本的に高い。シングル管でも20万からしよる。20万あったらラッパやとバック買えるで。」※3
三浦はその値段の高さに一瞬目を回した。しかし、三浦はふと思い出した。島岡の買い物である。
「そういえば、先輩は何を買ったんですか?」
「こいつや。」
島岡は紙袋から緩衝材に包まれた物を取り出した。
「マッピ買った。楽器は高いけどこいつなら手が出るからな。」
島岡は笑顔でそう答えたのであった。
※1 ロケット広場。南海難波駅の地下一階にある小さな広場。現在ではシンボルであるロケットはありませんが、判り易さから待ち合わせスポットとなっていました。
※2 200年以上の歴史を持つドイツで有名なホルンを作っている会社の一つ。
※3 トランペットを作っている会社の一つ。正式にはヴィンセント・バック社。著者の知っている当時のトランペッターの間では、この社の楽器が流行っていました。
ホルンのあまりの高額さを三浦は知りました。自分の楽器を手に入れるのは何時になることやら・・・




