第14話 ホルンパートの基礎練習
第14話 ホルンパートの基礎練習
楽器の準備を終わった三浦たちは、いつもの基礎練習を行う為に渡り廊下に来た。今日は石村も来ているので4人が並ぶ。
その横にはトランペットが並んでいた。本来なら3人であるが沢木は初心者の二人を教える為に柏原・南川のみが並んでいる。
その向こうにはフルート更に向こうはトロンボーンと並び、音楽室下の階段前にはバリチューがいる。
逆側にはサックスが並んでいる。その向こうはクラリネットだ。
基本的に固定の縄張りというのはなく、音楽室から出た順に優先的に場所を獲得できる。
しかし、渡り廊下に結構な人数が楽器を持ち、ずらっと並んでいる姿はなかなか壮観である。
時折、後ろのテニスコートから金網に『カシャン』とボールが当たる。
その金網の下部分は所々破れており、たまに穴から廊下に出てきたテニスボールを気が付いた吹奏楽部員がコートの中にいれてあげる。広いとも言えない学校内で、共存共栄ができている証拠である。
たまに合奏中、音楽室にテニスボールが飛び込んでくるのはご愛嬌だが・・・
4人はホルンを脇に抱えマウスピースのみで鳴らしている。島岡・石村にいたっては音階を鳴らしてるほどだ。
やはりこのマウスピースのみで鳴らすというのは、いくらうまくなっても基本中の基本ということである。
「ほな、ロングトーン始めようか~。」
島岡はそういうとメトロノームを動かし始める。最上級生の石村がいてもパート長は島岡である。石村もそれは判っているのであろう、特に何も言わずその指示にしたがっている。
並びは島岡・石村・松島・三浦の順だ。
「8拍FからFな。三浦はH(ファ♯)まで行ったらいつものようにFまで戻れよ。」
島岡の「さんしー」の掛け声でロングトーンが始まる。
8拍吹き2拍で息を吸う。2音同じ音を吹いて次は半音下げるのだ。
下位の人は上位の人の音を聞きもって合わせるようにする。
時折、各人吹くのを止めて管の調節をする。息が入って音が高くなる為、それを調節する為だ。
その間もロングトーンは続く。
下のFまで来ると今度は折り返す。三浦の場合は2往復ということになる。
三浦は島岡からこのロングトーンで2つの課題を課せられている。
「音量はフォルテ」「音は揺らさない」である。ある程度慣れるとどんどん課題を増やすという。
島岡が言うには、ロングトーンの自己採点で満点でできたということはないらしい。
それが終わると休憩を少し挟みタンギングの練習を行う。島岡はメトロノームを120に調整する。
「カチカチカチカチ」とメトロノームは早い動きをする。
「FからB♭(ファ)な。三浦は全部四分でええで。」
この練習は少し忙しい。
4拍間音を刻むのであるが、始めは四分音符、次に八分音符を吹き、2拍休んで三連符、16分音符と続くのだ。特にホルンの場合は、しっかりタンギングをしないとレガート気味になり、「もこもこ」とした感じになるのである。
これを各音で2回、半音で動き往復する。
この練習が終わると三浦は暫く一人でロングトーンの練習となる。
本来であれば、分散和音・ダイナミック(クレッシェンド/デクレッシェンド)・スタッカート等々練習はてんこ盛りなのであるが、3人の練習についていけない為である。
但し、三浦は気を抜くことができなかった。島岡は自分の練習をしながらも、ちゃんと三浦の音を聞き、しっかり指摘するのであるから。
しかし、このパートは基礎練習が非常に長い。既に他のパートは渡り廊下から居なくなっており、いるのはホルンパートだけだ。
練習メニューも多いが、島岡は音が揃わないと当たり前とばかりにやり直す。
松島はこれには不服があるらしく、「コンクールの個人練ができない」といって三浦に愚痴を溢したほどである。
三浦にとっても「それはややな~」と思う。やはり曲を演奏してこその楽器だと思うからだ。
結局、ホルンパートの基礎練習は一時間経っても終わっていなかった。横を見るとまだやっている。
そういえば、黒板には「3時チューニング、3時15分合奏と書いてあったなぁ」、と三浦は思い出した。
すると校舎から私服姿の人がこっちに向かって来るのが見えた。先生にしては若い。
ホルンパートに近づいたその人物は「こんにちわ」と島岡たちに挨拶した。島岡たちは楽器を吹いていたので、軽く会釈するだけであった。※1
三浦はピンッときた。この人が「河合さん」であることを。
三浦はすかさず「こんにちわ!」と声を掛けると、その人は笑いながら三浦を見た。
「初めましてやな。河合や。よろしくな。」
「初めまして、三浦といいます。」
三浦は河合の姿を見る。20才前後であろう顔つきで、少し日に焼けている。体の線は細い。なかなかのイケメンだ。肩には大きなバッグを背負っている。※2
「おっ、メロフォンやな。どや、吹ける様になったか?」
「いえ、まだ最近持ったばかりでして・・・」
「そうか~、ほな頑張りや。」
そう河合が言うとその場を後にして、音楽室に向かった。
その頃であろうか、ホルンパートから音は消えていた。島岡がメトロノームを持って三浦の傍にやって来る。
「ちょっと早いけど、そろそろ戻ろか~。今からパー練しても時間ないしな。」
島岡がそういうと三浦は校舎の時計を見てみた。2時40分を指している。
「僕は合奏中どうしてたらいいです?」
「ああ、合奏の見学しとき。こういのは慣れといたほうがええ。」
島岡はそういうと、音楽室に向かった。三浦もその後ろを追ったのである。
※1 何事も練習が優先されます。他の学校では判りませんが、私の母校ではそうでした。
※2 大きなバッグ。ユーフォニウムのソフトケース。
ホルンパートの練習風景を書いてみました。三浦はまだまだ島岡メニューには付いていくことができません。




