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第109話 OB来襲注意報

第109話 OB来襲注意報


中間試験も明日で全科目が終了する。そんな夜のこと・・・

『プルルルルル・・・プルルルルルル・・・』

三浦家の電話の音が鳴った。自室で最後の追い込みを掛けようと、机の前に座っていた三浦であったが、あいにく今は家には誰も居ない。両親は共にまだ仕事から帰らず、7歳年の離れた兄は出張中だ。仕方が無いので三浦は椅子から立ち上がり、居間にある電話に向かう。そして未だ鳴っている電話に出た。

「はい、もしもし三浦ですが。」

『三浦さんの御宅ですか?更科と言いますが、浩一君お願いできますか?』

電話の相手は更科であった。

「更科さんですか。三浦です。ご無沙汰してます。」

『お~三浦やったか。合同以来やな~一瞬声分からんかったで~』

「えっ、そうですか?それで何かあったんですか?」

三浦は突然の更科の電話に少しびっくりしたようだ。それもそのはずで、こうやって電話で更科と話すのは初めてだからである。

『いや、そんな大した用はないんや。明日から部活再開やったかな~とおもってな。確か今は中間試験やろ?』

「ええ、そうですよ。明日で終わりで午後から部活が再開されますよ。」

『そうかそうか、ちょうど明日俺休みやからな。ちょっと覗きに行こうと思ってな。』

なるほど、ちょうど微妙な時期であるから確認の電話なのであろう。確かに、試験中に行っても意味が無い。三浦はそんなことを思っていると、更科がさらに話を進める。

『そういえば、ホルンにごっつい可愛い子入ったって聞いたけど、ホンマか?』

「ブッ!」

更科の質問に三浦は思わず吹く。まさかその人物が自分の彼女などとは言えなかったのである。

『おいおい、何驚いてんねん。なんやまさか・・・』

さすがに年長者の更科。三浦の態度で大体のいきさつを掴んだようである。しかし、三浦は照れもあってかついつい否定してしまう。

「そ、そ、そ、そ、そ、そ、その様なことはありませんでござるですよ、はい。」

まさにやぶ蛇である。こんなに動揺していたら『実はその子は自分の彼女で~す』と言っているようなものだ。

そんな三浦の動揺っぷりを聞いた更科は、

『はぁ・・・ホンマ若いのってええな。ええ、ええ。まぁそういうわけやから明日行くからな~じゃぁ勉強頑張ってや~』

と言って、更に突っ込むという大人気ないこともせず、電話を切ったのであった。

三浦は向こうが電話を切ったことを確認すると自分も受話器を電話に戻す。

そして暫くの間放心するのであった・・・


次の日・・・

三浦は試験が終わるとそのまま音楽室に向かう。特に昨日の電話の後の後遺症は無く、手ごたえも自分なりにあったのであろう。気落ちすることなく音楽室を目指す。

音楽室に着くとそこには松島の姿があった。

「松島先輩~こんにちわ~」

「う~す、試験はどうやった?」

「まぁ、いつもの通りですね。松島先輩は?」

「まぁ俺も可も不可も無くってところやな~」

三浦はそうやって松島と試験の話をしていると、ふと昨日のことを思い出した。

「そうそう、先輩」

「なんや~」

「今日更科さんが来るって言ってました。」

「ほ、ほんまか~う~ん・・・今までは特にそんなことはなかったけど、石村先輩が1年の頃はすげ~スパルタらしかったからな・・・どうなるんかな~」

「え?そうなんですか?でも、去年はそんなそぶりは・・・」

松島の言葉に三浦は不思議そうな顔をしてそう言った。今まで更科と一緒に練習していたがそういう雰囲気を全く感じなかったのである。

「あれや・・・島岡が防波堤になってたんちゃうか?」

「あっ!そうか・・・」

三浦もどこか思うところがあったようだ。そう、去年まではあの島岡がパート長として君臨してからこそ、更科は余り強く言わなかったのと思ったのであろう。まさに防波堤である。そして今、その防波堤が無い。更科と言う強大な台風を相手に、今度は自分が立ち向かわなければならないと思った様である。

しかし、彼らは知らないことであるが、この話には裏があった。当時ホルンパートには、石村たちを教えるべき先輩である2年生が居なかったという事情があった。一応、3年生には伊藤、本田の二人が居たがそこは受験生。無理強いはできない。その為、更科がある意味2年生の代わりとして石村たちを熱心に指導していたのである。

そんなことを露も知らない三浦は心なしか手に力が篭っていたのであった・・・


「よっしゃ、ロングトーンすんで~」

三浦は自分では気付かず大きな声でそう宣言した。

「今日の三浦先輩・・・気合入ってますね。」

伊達はこっそりと田川に耳打ちする。

「そうね・・・久しぶりの部活だからかな?」

田川も首をかしげながらそう答える。そんなやり取りをしているうちにロングトーンが始まる。

いつもの様に三浦・大原・松島・田川・伊達という順番だ。

そしてロングトーンが終わると三浦はすかさず寸評をする。

「伊達~もうちょっと音程を乱さずまっすぐ吹けるか?」

「はい!頑張ります。」

「大原~切がちょっと甘いで~」

「はい!」

「田川~もっと息いれて吹いてみてみ」

「はい、分かりました。」

「松島先輩、Gの音程がちょっと高かったですよ。」

「お~スマンな~次から気をつけるわ~」

口調はいつもの通りなのであるがいつもより厳しい評価だ。いつもならば上手く出来たところを褒めつつ、欠点を言うのが彼のスタイルなのであるが、今日は欠点を指摘するのみである。そんな三浦を4人は、

((((き、気合入ってんな~))))

と、同時に思った。

するとそこへ、今日のメインイベントの登場である。

「よう、久しぶりやな~」

「「「更科さん、こんにちわ~」」」

三浦・大原・松島は揃って挨拶をする。

勿論、田川・伊達にとって更科は初めて合う人物なのであるが、3人が一斉に挨拶をしたので二人もそれに習う。

「「こんにちわ~」」

そんな二人を見た更科は新人の二人を見て、にこやかに笑った。

「おっ、今年の新人は女の子二人やったんか。一人やと聞いてたんやけどな~初めまして、OBの更科や~」

「田川と言います。よろしくお願いします。」

「伊達です。初めまして~」

二人は更科の挨拶に揃って返した。そんな二人に更科は一つの提案をする。

「せや、お前らもうロングトーン終わったんやろうけど、もう一回一緒にせえへんか?」

この言葉を聞いた三浦は、(ついにこのときが・・・)と一人考え込む。そして少し緊張しながら、

「は、はい。勿論いいですよ。」

と、答えたのである。

それを受けた更科は、「ほな、用意するわ~」とそのまま音楽室に向かったのであった。

更科を見送った田川は三浦に質問をする。

「更科さんって結構年上のOBなんですか?」

「せやな~確か、島岡先輩が7つ上や言うてたから、明ちゃんとは9個上になるんちゃうか?」

「へ~そうなんですか。でも、優しそうな人ですよね。」

そんな田川の評価を聞いた三浦は思わず否定した。

「いや、もしかしたら厳しい練習になるかもしれんで~なんせ、石村先輩とか散々扱かれたらしいからな。」

「そ、そうなんですか。分かりました、私頑張ります。」

三浦の言葉を聞いた田川はぐっと手に力が入るのであった。


「ほな、しよか~軽くドからドで下がるだけでええわ~」

更科がそういうと皆は気合の入った声で「はい!」と答る。

その声を聞いた更科は、

(なんや~今日はエライ気合入ってんな~まぁ、ええことなんやけど肩に力入りすぎや・・・)

と思っていたが、気を取り直し「さんし」と掛け声を掛けてロングトーンを始める。

綺麗に揃う6本の音。その音に全く乱れはない。だが・・・

(なんか硬いな・・・個人のええところが死んどる。もっと伸び伸びと吹いてくれたらええんやが・・・)

いつもであるならば、初めは合って無くても最後にはきっちりと揃い、さらに各自の良い所が合わさってなんともいえない爽快感が得られるのがこのパートのロングトーンである。確かに今回は初めからピタッとピッチが揃っているのであるが、なんだか消化不良気味だ。

そして更科は各自の顔を見ながら吹く。その顔は皆どこか緊張している様だ。そしてふとあることに気付く。

(あ~そういうことか・・・ほんまにこいつらは・・・しゃ~ないな~)

更科はそう思うと少し嫌らしい笑顔をした。そして、ロングトーンも最後のFの音で締めくくられたのであった。

「さ、更科さん。ど、どうでしたか?」

ロングトーンが終わった瞬間、三浦はすかさず尋ねる。他の4人もじっと更科の言葉を待つ。

だが更科は暫く考え込む。いや、考え込むふりをする。そして、おもむろに口が開いた。

「あれやな~。まぁ、ダメダメやな。こりゃ一から鍛え直さんとな~」

「そ、そんな~」

更科の言葉に三浦は少し情けない声を上げる。自分が聞いた限りではピッチの乱れが無かったはずだ。それをばっさり切り捨てられたのである。

そんな三浦たちに更科は彼らに悪かったところの評価を始める。

「まず、一つ目。お前らの良さが全く感じられん。三浦の伸び伸びとした音、大原の明るいはきはきとした音色、松島のその二人を包み込む繊細で優しい音。いつものええとこが一つも出てないな。二つ目、緊張しすぎや。肩の力抜け。腹式が胸式になってんで。3つ目、もっと楽しくやろうや。俺は怖い先輩やないで?」

「えっ?」

その言葉を聞いた三浦は思わず拍子抜けする。4人も同じだ。てっきりこれからハードな練習をするのかと思っていたからだ。

「お前ら~石村たちのこと、どこから聞いたんかは知らんが、今は事情が違うで~俺はお前らと一緒に『音を楽しみ』に来たんや。せやからほれ、もう一回。いつもの感じでロングトーンしようや。」

更科のその台詞に5人は「はい!」と声を揃えて返事をする。

そしてその後に続くロングトーンは、いつもの様に伸び伸びとした綺麗なハーモニーを奏でるのであった。


更科の登場に緊張した彼らでしたが、最後はいつもの通りの練習をする彼らでした。

本当に更科さんのモデルの方は、気さくで時には厳しく、そして優しい後輩思いの良き先輩です。

今でも元気にホルンを吹いていると思います。

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