第108話 音楽室から見た夕日
第108話 音楽室から見た夕日
『そうか、それはまた大変そうだな。』
「そうなんや東、まさかセクションリーダーするとは思わへんかったで。」
三浦は東に電話をしていた。実は3月の合同が終わった後、二人はこうやってちょくちょくと連絡を取り合っているのだ。
「そっちにもセクションリーダーおるんやろ?どんな感じや?」
『どんなって言われてもな・・・俺パーカッションだから、あんまりセクションリーダーが入って分奏とかしないからな。細かい打ち合わせは指揮者とするぞ。』
「あっ、そうなんや。」
『そうそう、この前も指揮者から指示された内容が大変でな。ベードラで硬い音出せって言われて、一発だけの為に反対側の皮押さえる人がいるようになったんや。まぁ、位置が一番近い俺なんやけどな。その後急いでシロフォンに向かうから忙しくなってもうてん。」※1
その言葉を聞いた三浦は少し違和感を覚えた。
「なぁ、東?」
『なんだ、三浦?』
「お前、大阪弁やったっけ・・・」
『・・・え?いや、標準語でしゃべってるやんけ。』
「「やんけ」?それ大阪弁やから。もしかして・・・移ったか。」※2
『・・・』
「・・・」
『・・・と、いうわけだから、今日は寝るわ・・・』
「せやな・・・その方がいいかもな。じゃぁまたな。」
『ああ、またな。』
三浦は少しトーンが落ちた東の声を聞きながら電話を切ったのであった。
次の日の放課後・・・
既にこの時期は中間試験1週間前に入っており部活自体は休みである。
「なぁ明ちゃん。音楽室いかへん?」
揚子は授業が終わってからそう田川に話しかけた。
「え?でも、試験1週間前に入ったから部活ないんじゃ・・・」
「うん、そうなんやけどな、音楽室自体は開いてんねん。先輩たちはちょっと音だししたり、分からんところ勉強して教えあっているらしいで。私、数学がちょっとあれやから教えて欲しいなぁ~と・・・」
「え~そうなんだ~私、古文苦手だから試験どうしようかな~って。明ちゃん、得意でしょ~教えて~」
「あっ、私も英語教えて欲しいなぁ~」
横からその会話を聞いていた黒松・生駒が話に加わる。
「小百合の古文嫌いは今に始まったことじゃないでしょ・・・もう、分かったわ。3人いっぺんには大変だから、他の先輩にも教えてもらいましょ。」
田川は最後にそう締めくくると教室を後にしたのであった。
三浦はいつもの様に楽器を取り出し、音楽室を出ようとした。すると階下から華やかな話し声が聞こえてきた。
「へ~、明ちゃん。そんなに成績良かったんだったらなんで今高受けたの?」
「そうね・・・家の場所がね・・・天王寺や住吉やったら凄く遠回りになるんよ。その点今高だったら乗り換え1回で済むし、交通の便が良かったからかな。」
「そうそう、だから私も今高受けたんだよ~」
「揚子はやっぱりお兄さんがいたからなの?」
「せやな~それもあるけど、ちょうど学力がここで収まっててん。」
三浦はその声を聞くと、いつもの1年カルテットと判別した。
「よう、お前らも勉強か?」
「そうなんです、揚子たちに勉強教えようと思って・・・三浦先輩は練習ですか?」
「まぁな。ちょっと音だししてから勉強しようと思ってな。あれやったら後で一緒に音だしするか?」
三浦の提案に田川は少し考えると、
「ん~先に揚子たちに勉強教えてからにします。少し待ってて下さいね~♪」
と、可愛い笑顔を向けて返事をする。
思わずその笑顔に見とれてしまった三浦は気を取り直して、
「ええよ。じゃぁまたあとでな~」
と言って音楽室を後にするのであった。
「お待たせしました、三浦先輩。」
あれから30分後、田川はホルンを持って1階に下りてくる。
そんな田川に対して三浦は、
「あれ?えらい早かってんな~」
と言って、不思議そうな顔をした。彼はてっきり田川が下りてくるのは早くても1時間くらいかかると思っていたのだ。
「え~とそれはですね、揚子の数学には柏原先輩が、小百合の古典には大倉先輩が、敦美には辻本先輩が教えてまして・・・」
「ああ、なるほどな。柏原先輩は理数系に、辻本先輩は文系に滅法強いからな~大倉も学年でトップを独走している才女やしな。ええ選択やで。」
三浦は田川の話を聞くと大きく頷いた。そんな三浦の言葉に田川は関心したように言った。
「えへ~大倉先輩って凄いんですね。」
「せやで、人は見かけによらんで。」
「それ、大倉先輩に失礼ですよ。」
「ははっ、まぁ今のはオフレコということにしといてや~」
「もぅ、分かりました。二人だけの秘密ですね。」
そんな感じで二人は話を盛り上げてから練習を始める。
「ここはもう少し跳ねる感じで。スタッカートとまでは言わんけどな。」
「はい、分かりました。こんな感じですか?」
基礎練習が終わった後、二人は『ビバ・ムシカ』の譜面をさらっていた。というより、田川の個人練習を三浦が見ているという構図だ。
田川は三浦の指摘を受けるとすかさずその指示通りに演奏する。
「おっ、ええ感じや。あと、譜面には書いてないけど、少し音量落とそうか。旋律を聴くくらいで吹いたらええ感じになるで。」
「あっ、そうですね。分かりました。」
田川は三浦の言ったことを忘れないように譜面に書き足した。
「それにしても明ちゃんは飲み込み早いな~」
「えっ、そんなこと無いですよ。三浦先輩の教え方が上手なんです。」
三浦の他愛の無い褒め言葉に田川は少し赤面して答える。どこか微笑ましい風景である。
すると、音楽室からガヤガヤと話し声が聞こえてきた。
「三浦~俺らはそろそろ帰るから後頼んだで~」
「明ちゃん、私たち先に帰るから~」
「じゃぁ、また明日~」
それは柏原や黒松、大倉たちであった。どうやら勉強も一段落ついたらしく帰るのであろう。
「「お疲れ様でした~」」
二人は揃って彼らを見届けると三浦はふと校舎の時計を目にした。
「あっ、もう5時かぁ。結構、時間経ってたな~」
「そうですね~私も気がつきませんでした。」
三浦の言葉に田川も同意する。
「じゃぁ、俺らもそろそろ切り上げるか。」
「そうですね。」
二人はそういうと音楽室に上がるのだが・・・
「あれ・・・みんな帰ったんか。」
「そ、そうみたいですね・・・」
二人はがら~んとした音楽室を見てお互いに顔を見合わせる。そして目が合った瞬間二人同時に顔を赤くし、目を背けた。
(あ、あかん・・・ホンマに二人っきりや・・・)
(み、三浦先輩と二人っきり・・・)
二人は同時に同じ事を考える。確かに部活中や朝練習には二人で練習することはあったが、こういうシュチュエーションは始めてである。思わずお互いに意識してしまう。ただ、困ったことにお互いがお互いに同じ気持ちであることが分かっていない。
そんな中、三浦は辛うじて言葉を発する。
「と、とりあえず、楽器片付けようか。」
「そ、そうですね・・・」
二人はギクシャクしながらも音楽室に入り楽器の手入れを始める。とは言ってもすることと言えば、唾抜きを行い、ホルンケースに楽器を仕舞い、楽器ロッカーに入れるだけであるのであるが・・・
いつもの通り手早く楽器を片付けた二人はお互いに見つめあった。その時、開けっ放しの窓から西日が田川を照らす。その綺麗な夕焼けに浮かび上がった田川の顔はまさに天使の様に見えた。
(うわ~明ちゃんめちゃ可愛いやん・・・)
思わずその姿に見とれてしまった三浦、そして今度はその目線をしっかり受け止める田川。そんな田川の真剣な目を見た三浦は、何かを決心したように話し出した。
「明ちゃん。」
「な、なんですか?!三浦先輩。」
いきなりの三浦の声に田川は少し驚いたようだ。しかし、そんな田川の声を気にせずに三浦は話を続ける。
「お、俺・・・明ちゃんの事が好きやねん。付き合ってくれるか。」
そして暫しの沈黙・・・三浦にはとてつもなく長い時間の様に思えた。
その沈黙の間、田川の頭の中は色々なものが駆け巡っていた。
(い、今のって・・・告白・・・よねぇ。わ~どうしよう、どうしよう~)
どうやら嬉しさのあまりパニクッているだけの様だった・・・
しかし、その沈黙は三浦にとっては悪い方向へと考えてしまう。
(も、もしかして、ダメやったんかな・・・明日から気まずいなぁ・・・やっぱやめときゃよかった・・・)
そう勝手に思い込んだ三浦はこの沈黙に耐え切れなくなり言葉を発する。
「あ、もしかして迷惑やったかな。ははは、そうやろうな~いきなりやったし・・・」
三浦がそこまで言うと今度は田川の目から一筋の涙がこぼれ出る。それを見た三浦は焦りだす。
「あっ、ごめんそういうつもり・・・」
三浦がそこまで言った瞬間、田川から初めて言葉が出た。
「い、いえ、違うんです。嬉しくて・・・」
その言葉を聞いた三浦は更に混乱する。
(えっと、謝ったことに嬉しくて?あれ何か違う・・・黙ってたことに嬉しくて?あれ、これも違うな・・・もしかして・・・)
ようやく事の真相にたどり着いた三浦は、思わず笑顔になった。まさに地獄のどん底から天国への生還である。そして・・・
「もう一回言うで。田川さん、俺と付き合ってくれますか?」
三浦は真剣な眼差しで田川に話す。その言葉を受け取った田川は、
「はい、喜んで。」
と言って頭を下げたのであった。
※1 結構、指揮者からパーカッションへの要求は多いです。この場合は、短くて『重い一発』が欲しくてそういう指示が出ていたと思います。皮を抑えることで音の余韻をなくすことが出来ます。
※2 大阪弁は移りやすいそうです。
ようやく二人の気持ちが通じ合った瞬間でした・・・べたべたな展開ですいません。
どうもラブコメというかこういうのは苦手でして・・・




