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第106話 指揮者からの要求

第106話 指揮者からの要求


「よろしくお願いします。」

「「よろしくお願いします。」」

朝倉の大きな挨拶を全員でこれもまた大きな声で返す。吹奏楽部の練習前のいつもの風景である。

挨拶の後、各々が楽器を持ち音楽室を後にした。

そして今は、そろそろ中間試験にさしかかろうとしている時期である。来週には試験1週間前となりクラブ活動は全面的に中止となる。

そんな中、一人の男がグランドピアノの前でたたずんでいた。柏原である。

本来ならば彼もトランペットパートの一員として練習に行くべきでなのであるが、それを指摘するものは誰も居ない。まぁ、このクラブでは3年になると自動的に休部となり、自主活動となるのであるから、なんら問題がないのであるが、更にもう一つ付け加えるのならば、彼の肩書きもある。

『指揮者柏原』。

そう、彼は学生でありながら今年のコンクールの指揮を振る。そして今彼は、フルスコアー相手に格闘をしているのである。

(クラが9本あるな。取り合えず、辻本はバスクラやな。それでも中低音足らんからな~坂上には引き続いてチューバしてもらうか・・・為ちゃんだけやったらどないにもならんやろ・・・)

彼はそんなことを思いながら、この前まで一緒に練習していた風景を思い出す。

一緒に練習してこそ思えたことであるが、為則は中々いい筋をしており、当初冗談で言っていた『お前には才能がある』というのはあながち間違っていなかったのである。

しかし、そこはまだ初心者1年生。音質・音程に関しては素晴らしいものを持っているが、持久力はさることながら、テクニックに関してはまだまだである。まぁ、持久力に関してはコンクールまでにはそれ相当の力を付けることであろう。

そんなことを思いながら更にもう一つの懸念点を考える。

(あとは・・・セクションリーダーが欲しいねんなぁ~さすがに46人もおるし、細かいところまで目を配るとなると・・・)

柏原はそんなことを思いながら、先ほど考え付いた内容を各パートに伝えるべく音楽室を出るのであった。


「バスクラですか・・・」

「せや、バスクラや。クラは全員で9人いるやろ。一人バスクラにして欲しいんや。」

柏原の言葉に犬山は少し考え込む。そう、1年生は全員経験者であるから誰がバスクラリネットを担当しても問題ないからだ。そして更に柏原は要求する。

「あと、三島は確か中学の時E♭(エス)クラやったやろ。今回もE♭クラして欲しいやけどな。」

「ええ、それは特に問題ないと思いますよ。逆に彼女は喜びそうです。でも、バスクラを誰にしてもらうかなんですが・・・」

「んなの辻本でええやろ。」

犬山の言葉に柏原は素っ気無しに返す。

「えっ・・・でも、辻本先輩、合同終わった後、『やっとバスクラから開放される~』つて喜んでましたし・・・」

「そうやったんか・・・ん~でも、あいつのバスクラ、ホンマええ音出してるで?」

「そうなんですよね~深い良い感じの音ですからね・・・辻本先輩のバスクラは・・・」

犬山も柏原の話に同感のようである。そんな中、柏原はふと現在の編成を考えてみた。

ピッコロ:1人

フルート:4人

E♭クラリネット:1人

クラリネット:8人

アルトサックス:3人

テナーサックス:3人

ホルン:5人

トランペット:7人(コルネットパート含む)

トロンボーン:4人(バストロンボーン含む)

ユーフォニウム:2人

チューバ:2人

パーカッション:6人

こう並べてみると中々の編成である。しかし、高音域は人数が十分であるが、トロンボーンも含めても中低音域がいささか弱い。そして2枚リード楽器が無いのは相変わらずだ。※1

(・・・バスクラ絶対いるなぁ~)

本来ならば柏原も自分が吹きたい楽器でコンクールに出てくれるのが一番だと思っているが、音楽を作る上でどうしても妥協できない部分が出てきているのが現実である。

「アカン、やっぱり辻本にバスクラやってもらうわ。犬山、悪いけど辻本呼んで・・・」

「先輩・・・後ろ後ろ・・・」

犬山の言葉に柏原は思わず振り返る。そこには辻本が居た。大きな体で無言で立っている姿は中々迫力がある。犬山はその姿を見て思わず引いてしまったが、柏原は違った。いつもの自信に満ち溢れた声で彼に話しかける。

「なんや、辻本おったんか。まぁ、話が省けてちょうど・・・」

「分かってる分かってる。バスクラでコンクール出ろっていう話やろ?」

柏原が全部言い終える前に、辻本が言った。そして軽く笑う。

「ええで、それで。最後のコンクールや。バスクラで出てええ演奏しようやないか。それにお前は俺らの指揮者や。お前の好きなようにやったらええねん。それにな・・・」

「それに?」

辻本の言葉に犬山が思わず聞き返す。その声に辻本は反応し、少し犬山を見てから柏原に言った。

「指揮者の前に親友からの頼みや。断れるわけないやろ。」

さすがに最後の言葉は恥ずかしかったのか少し照れている様だ。柏原も思わず苦笑いしてしまう。

「すまんな。」

「ええって、ええって」

柏原の謝罪に辻本は軽く受け流すと、

「じゃぁ、早速バスクラ取ってくるわ。」

と、言って音楽室に戻ったのであった。


(あとは・・・セクションリーダーやな・・・木管には大倉が適任やろ。副部長の仕事もあるけど、あの子なら十分にこなしてくれるやろ。あとは金管やが・・・)

犬山とも分かれた後、彼は歩きながら考え出す。どうやら金管のセクションリーダー選びに彼は色々考えるところがあるようだ。

(近藤が適任なんやろうけど、コンクール後はあいつが指揮者や。それを見据えると・・・あとで朝倉と近藤に話するか・・・)

柏原はそう思いながら音楽室に戻るのであった。


「何か連絡事項はありませんか?」

終わりのミーティングで朝倉がグランドピアノの前に立ち、そう言って皆を見回たす。特に今日は無いようだ。そう思った朝倉はいつもの様に、終わりの挨拶をする。

「お疲れ様でした。」

「「お疲れ様でした」」

その挨拶を区切りに皆は一斉に帰る準備を始める。勿論、三浦も早々と楽器を仕舞っており、小路らと一緒に帰るために鞄を持ったのであるが・・・

「三浦~ちょっとええか?」

「なんです?柏原先輩。」

柏原に呼び止められる。そこには朝倉と近藤、そして大倉の姿もあった。

そして柏原が唐突に話し出す。

「えっとな、皆で話合ったんやけどな、金管のセクションリーダーせえへんか?」

「・・・・・・え?」

いきなりの柏原の言葉に三浦は思わず聞き返してしまう。予想通りの間抜けな回答に柏原はもう一度同じ事を言った。

「だから、金管のセクションリーダーしないかと言ってるんや。」

「せ、せくしーりーだー?」

さすがにこのボケは予想していなかったのか、少し怒気を強めて柏原はさらに言う。

「ツマランボケはええから、はよ~返事してくれ。ちゅ~か、物事は正確に伝えんとな。セクションリーダーしろ、分かったな?」

「は、はぃ」

その声に三浦は弱弱しく答えるが・・・

「声が小さい!!」

「はい!!」

柏原の大きな声に釣られ三浦は無理やり返事をさせられる。

「よっしゃ、これで金管は任せたわ。まぁ、なんも難しく考えんでええ。パー練の規模がでかくなるだけの話や。」

さすがに柏原も悪いと思ったのか、少し安心させる言葉を掛けたのであったが・・・

(た、たしか前に島岡先輩言ってたな・・・セクションリーダーは指揮者と同等の能力が問われるって・・・)

三浦は不安そうな顔で柏原を見たのであった。


※1 オーボエやファゴットのことです。独特の音色があり、私も結構好きな楽器です。


なんだかなし崩し的にセクションリーダーを拝命した三浦君。さて、彼はこの要職を務めることが出来るのでしょうか・・・

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