第10話 彼の実力
第10話 彼の実力
(今日も楽器触らせてくれへんかったな。何が悪いんやろ。もしかして先輩に嫌われているとか、イジメとか・・・鈴木はもう音階とか教えてもらってるゆうし・・・)
三浦は鈴木と共に音楽室から校門へと向かっていた。
校門の外には何人か吹奏楽部の部員がいた。
柏原と沢木である。
「あれ、先輩まだいたんですか?」
「あ~、南川待ってんねん。帰る方向一緒やしな。」
柏原がそう答える。三浦は柏原の言葉を聞くと、松島にした質問を二人にしてみた。
「先輩って楽器持たせてもらうのに、どれくらいかかりました?」
「俺で1日かそこらかな?確か・・・よう覚えてへんわ。」
「お前の場合はチューバからの移籍やったから早いんやろうが、俺で4日やな。」
柏原の答えに沢木が突っ込んだ。そうするとおもむろに柏原が言った。
「島岡は1週間くらい掛かってたはずや、確か。俺らの学年の中で一番楽器付けるの遅かったからな。」
そんな柏原の言葉聞いて、三浦は少し考える。
(もしかしたら嫉妬ちゃうんかな?あの人が1週間で俺が1日。なんやそれ、あほらしいな~。)
そう思うと何だか無性に腹が立ってくる。あまりにもくだらない理由だからである。
そのうち南川が校門から出てくる。
「なんや、二人ともまだおったんかいな。時間も遅いからはよ帰りや。」
南川が三浦と鈴木に言うと「わかりました」と言って三浦たちはその場を後にした。
家に帰った三浦は考えていた。
(ホルンのマッピも簡単に鳴らせたんや。トランペットも鳴らすのもすぐのはずや。明日部長に言ってパート変えてもらおうかな。今やったらトランペットに一年生おれへんし、簡単に移籍できるはずや。)
次の日の放課後、三浦は音楽室で南川を見つけた。
南川は柏原・島岡と雑談をしていた。
「部長。ちょっと相談したいことがあるんですけどいいですか?」
「相談、なんや?」
「いえ、ちょっとここでは・・・」
「ん、まぁええか。もうちょっとで始まるからその後で聞くわ。島岡~、ええな?」
「了解了解、んじゃその時は個人練しとくわ。」
島岡は了承すると再び3人で雑談を始めたのであった。
「今日もよろしくお願いします。」
「「お願いします」」
いつもの練習開始の挨拶の後、三浦は南川に連れられ音楽室の下の部屋に移った。
その部屋は狭く普段使っていないのであろう、物置部屋と化していた。ベニア板の残骸や古いドラムセット、オルガンやエレキベース、アンプなど色々なものがあった。
「ここやったら誰にも聞かれへんやろ。なんや?相談って。」
「実は・・・ホルンからトランペットに移りたいと思いまして・・・」
「なんや、もう気変わりしたんかいな。まぁ、まだ入って3日目やから別にかまわんけど・・・理由くらいあるんやろ?言ってみ。」
三浦は、他の人たちはマウスピースが鳴ってすぐ楽器を持たせてくれたのに、自分はマウスピースが鳴るのに楽器を持たせてくれないことを南川に伝えた。
「なんや、そんなんが理由か。しょーもない理由やな。島岡にはその疑問ぶつけたんか?」
「いえ、まだですが。」
「それやったら、聞いてみたらええやろが、本人に。まぁ、催促してるみたいで聞き辛いかもしれへんが、あいつやったら笑って答えるやろう。」
しかし、三浦はなおも食い下がった。
「でも、あの人マッピ鳴って楽器触れるようになったん1週間かかったんでしょ。俺は1日で鳴るようになったんです。俺に嫉妬しているん・・・」
三浦の理由を聞いた南川は、その言葉が終わらないうちに怒鳴った。
「あほか!なんであいつが入って間もない奴に嫉妬せなあかんねん。今日かって『俺んとこに優秀な奴入ってよかった』とか言って喜んでたぞ。」
「え?!」
南川の言葉に三浦は心底驚いた。さらに南川の言葉が続く。
「あと、あいつのホルンの腕は半端やないで・・・そや一回あいつのソロ聞きにいこか。そんなしょーもない考えぶっ飛ばしてくれるで。」
そういうと南川はささっと席を立ち引き戸に向かう。三浦もその後ろに続くのであった。
島岡は渡り廊下でロングトーンをしていた。主に低音のロングトーンをしている。三浦の耳にもその音は深く重く感じられた。
南川と三浦の姿を確認した島岡はホルンを口から離した。
「なんや~もう、相談は終わったんか~」
「あ~それな・・・それより、島岡~、悪いけどちょっとこいつになんかのソロ聞かしてやってや。」
「なんやいきなり。まぁ、ええけど。なんにしよかなぁ。」
島岡は南川のリクエストの為の曲を考える。
「そやそや、『ホルン協奏曲』でええやん。吹けるやろ?」※1
「まぁ、いけるけど。」と島岡は答えると、ホルンを吹き出した。
中音から始まるそのメロディは優しくも深みがある。そして高音に差し掛かるとその音は澄んだ伸びのある音へと変わったのである。
「こんなもんでええか?」
たかだか10小節程度しかなかったが、三浦はその音に身震いした。
南川は三浦のそんな様子を見て、ニヤニヤしながら言った。
「いつもええ音させてんな~」
「褒めてもなんも出えへんで。」
「ああ、もうちょっとこいつ借りるで。すぐ返すから。」
そういうと南川は三浦を連れて先ほどの部屋へと戻ったのであった。
「どうやった?あいつの音は。」
「なんかこう、身震いしました・・・」
「まぁな、いつもは和音を重視して吹いてるからな、あいつは。そこがホルンの醍醐味と言ってたが。」
それを聞いた三浦はふとした疑問を口にした。
「そういえば、島岡先輩は中学からの経験者なんですか?」
「いや、あいつも俺らと同じで高校からの初心者や。」
南川の言葉に三浦は驚いた。たった1年間であそこまで吹ける様になることに。今まで自分が思っていた下らないことを思い出し赤面した。
「あいつみたいにうまくなりたいか?」
南川の問いに三浦はこくんとうなずいた。
「それやったらもうちょっと辛抱してみ。あいつも意気込んでたで。お前を俺以上の奏者にするってな。さぁ、話はここまでや、練習いこか。」
「はい」
三浦は元気よく返事をすると音楽室に向かうのであった。
※1 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの『ホルン協奏曲第一番』のことと思われる。『第1番』から『第4番』まである。
三浦はホルンを続ける決心をしました。果たして彼は島岡のような奏者になれるのでしょうか?