第99話 もう一人のホルン希望者
第99話 もう一人のホルン希望者
いつもの時間のいつもの渡り廊下・・・ホルンパートはいつもの様に並んで基礎練習を行っている。
左から三浦・松島・大原と続き、最後は新入部員の田川。そして田川の脇にはホルンが挟まられていた。
そう、三浦が初めて手にした『メロフォン』ではない。石村が以前に吹いていたホルンである。
彼女は昨日から楽器を持って練習することが許されたのである。
「さんしー」
三浦の声と共にロングトーンが開始される。いつもの様にFからFだ。田川はまだ下の音がB♭までしかでないのでその間はちょっと休憩だ。まぁ、これもあと数日もすればFまで出るようになるのであるが・・・
しかし、彼女の音感はピアノをやっていただけあってたいしたものであり、『入り』のピッチは素晴らしいものをもっていた。それ以外はまだまだであるが、まだ楽器を持って二日目。昨日も練習の途中から持ったのであるから実質1日なのである。
(音の入りはええなぁ~島岡先輩が居たら絶対、『お前天才ちゃうか~』とか言いそうだな・・・)
三浦は一番端に居る田川の音を聞きながらそう思う。そして彼らは一通り基礎練習のメニューを終えると教室に向かうのであった。
教室に着いても田川は基礎練習である。横には三浦が付き、去年島岡が三浦に対してしていたように、逐次適切なアドバイスを与える。
横では大原と松島がコンクールの課題曲である『すてきな日々』を用意する。『ヴィヴァムシカ』はまだ譜面が届いていないのでまだ先である。
そんな彼らを横目に、三浦は主にロングトーンを中心に田川と練習をする。
「ほら、肩が上がってるで。腹式もっと意識して。」
「は、はい」
三浦は一緒に吹きながら、彼女の一挙一動を見て注意をする。
すると廊下からがやがやと華やかな話し声が聞こえてくる。どうやら女子生徒たちの様だ。そして、教室の開けっ放しの扉にその姿を見ることが出来た。その集団はそこで足を止めており、三浦はふいにそちらを見る。
そこには犬山が居た。そしてその後ろには4人の女子生徒が居る。勿論、その4人とは誰一人三浦は面識は無い。しかし、その初々しさは新入生。どうやらクラブ見学に来たようである。
「ここがホルンパートよ。三浦君、この子たちクラブ見学だからホルンのこと色々話してあげて。」
犬山はクラブ見学者の4人にそう言った後、三浦に声をかける。
その三浦は一体何を話せばいいかと考える。クラブ見学でなおかつパートを回っているのであるから、全員初心者なのであろう。それに合わせた説明がいる。
「え~と、こんにちわ」
「「こんにちわ~」」
三浦の挨拶にその4人は一斉に挨拶をする。
「僕がこのホルンパートのパート長の三浦と言います。」
三浦はそう言って4人を見る。そこには本当に色々な新入生たちがいた。
まず初めに目を引いたのは長身の女の子。三浦より遥かに高く、丸谷を越え、山郷と並ぶほどだ。もしかしたら山郷より高いかもしれない。しかし、色白でかつ可憐な感じがし山郷とはまた違った印象を受ける。そして綺麗なロングヘアーが彼女を引き立てている。
そして、2人目。背は普通くらいなのであるが、髪もショートで気の強そうな瞳がインパクトを受ける。どこか揚子に近い雰囲気を持っている。
さらに3人目。三浦と同じ位の背の子であるが、見事なプロポーションで非常に色っぽい。どこか妖艶さも併せ持っている・・・とても1年生とは思えない子である。
最後に・・・この子が一番目のやり場に困る女子生徒であった。そこには二つのスイカがあった・・・そう、『スイカ』である。思わずそこに目がいってしまう。顔を見ればまだまだ幼い感じの子なのであるが、そのギャップは反則級である。
そんな彼女達を前にして三浦はホルンの説明をする。
「え~と、このホルンはあんまり馴染みの無い楽器だと思いますが、柔らかい音が特徴で、中音域でみんなを支えるのが主な役割になります。トランペットやトロンボーンみたいに派手なソロとかは余りありませんが、数が揃うとその和音が非常に綺麗で、『和音楽器』と良く呼ばれます。ちょっと1曲吹いてみますね。松島さん、大原~『グリンスリーブス』いける?」
「いけるで~楽譜もちゃんと用意しとる。」
「勿論、いけますよ~」
二人は三浦の言葉に返事をすると、楽器と譜面を持って三浦のところに移動した。田川もその演奏を聴く為に同じく移動する。
「では・・・」
三浦は二人が準備完了したのを確認するとホルンを縦に大きく振った。楽譜は去年の『夏合宿』で演奏したホルン4重奏を3重奏に編曲したものである。編曲は4重奏の編曲主であるブラントミュラーに日本滞在中にしてもらっていたのだ。
三浦が旋律を吹き、大原が副旋律・対旋律で答える。松島は主に伴奏だ。その息の合った演奏は優しげでとても心地よく、見学者の4人はもとより、犬山や同じパートの田川も思わずウットリしてしまう。
そして演奏が終わると6人は大きな拍手をしたのであった。
三浦たちが練習を終え音楽室に戻ると、先ほどの4人以外に更に二人の見かけない女子生徒の姿を見つけた。
一人はモデルの様な出で立ちで、背が高くかなり細い。トロンボーンを持ち、甲斐と話をしている。もう一人は逆に背が小さく手にはユーフォニウムを持っていた。どうやら今日新しく入った仲間であろう。
すると三浦たちを見つけた犬山がこっちにやってくる。一人の女子生徒を連れて・・・
「三浦君、ホルンにもう一人入ったからよろしくね。」
「え?そうなん?」
犬山の台詞に三浦は思わず聞き返す。まさかもう一人入ってくるとは思わなかったからだ。そして、三浦は犬山の後ろにいる女子生徒を見る。先ほどクラブ見学にいた色っぽい女の子だ。
しかし、犬山は三浦の聞き返し方に少し不満そうだ。
「そうなんって、こっちは大変だったんだから・・・4人共ホルン希望しちゃって調整大変だったんだからね。」
「え?ま、マジで?」
三浦はその言葉を聞いて驚く。そうなのだ、まさか金管楽器で一番マイナーであると思われるホルンに、希望者が殺到するとは思わなかったのだ。※1
「もう、自覚ないの?あの演奏で4人共感動しちゃって、私もだけど・・・それであんな風に吹きたいって・・・って何時までそうやって間抜け面してるの?」
犬山の言葉で一瞬我を失っていた三浦はあっちの世界から戻ってくる。
「そ、そうなんや・・・じゃぁ彼女が?」
「そう、さぁ挨拶して。」
犬山にそう言われた女の子は三浦と対峙する。
「えっと・・・『伊達 真樹』と言います。よろしくお願いします、三浦先輩。」
「お、美味しそうな名前だね・・・」
若干精神があっちの世界に行っている三浦は思わずボケる。
「ちょ・・・『伊達巻』じゃないですから。伊達 真樹です!!」
どうやらホルンパートに突っ込み役が一人増えたようである・・・
※1 そうなんです・・・学校では4本揃いますが、一般団体であると1本とか良くて2本です。演奏会などでは他の友好団体からエキストラを呼ぶのが殆どです。この小説に出てくる『今高ウインドオーケストラ』の様に4本揃うのは稀です。と、言いつつ、私が転々と在籍する楽団はなぜかホルンが揃いますが・・・不思議です・・・
ホルンパートに新たにもう一人新しい仲間が増えました。というか、新1年生は為ちゃんを除き全員女子です・・・う~ん、吹奏楽部らしくなってきました・・・