飛行魔法を使ってみよう
先生は高さの制限を事前に教えてくれた。
「飛んでいい高さは、先生の膝くらいまでだ。それ以上に飛んでも、高得点はやらないからな」
飛行魔法でもっとも大事なのは、安定した飛行。すなわち魔力の制御である。
私がもっとも苦手とすることでもあった。
果たして上手く飛べるのか、不安でしかない。
とりあえず、飛行道具を手にして集中しよう。
「ジェム、さっき預けた箒をくれる?」
お願いした瞬間、長い柄が差しだされる。が、手に取った瞬間、ブリザード号とは異なるつるりとした手触りにギョッとする。
「なっ、何よ、これ!」
差しだされたのはブリザード号ではなく、ジェム自身が変化した箒だった。
「ミシャ、どうしたんだ?」
「何か問題でもありましたの?」
「ジェムが魔法の箒に変化したの。それでびっくりして」
柄の先に小さな目がついていて、使ってくれ、と言わんばかりにキラキラ輝いている。
「使い魔が変化した飛行道具なんて前代未聞よ。今度試してあげるから、今日はブリザード号を使わせてちょうだい」
その言葉に納得してくれたのか、ジェムは脱皮するようにブリザード号をだしてくれた。
「ジェム、ありがとう」
お礼を言って、抜け殻のようにぺたんこになったジェムを撫でてあげると、元の球体へと復活した。
飛行魔法の練習は生徒二人が見守り、異常があったらすぐに先生へと報告する、という決まりのもとで行う。
誰からやろうか、と聞いてみたところ、エアが名乗りでてくれた。
なんでもエアは浮遊魔法が比較的得意なほうだったらしい。
「じゃあ、やってみるぞ!」
エアは自慢のフレイム号を地面に置き、板の上に乗る。
魔法の杖を握って、呪文を唱えた。
「――飛び立て、空中飛行」
ドキドキしながら、アリーセと一緒にエアとフレイム号の初飛行を見守る。
エアの体はフレイム号ごと浮いた。
みるみる浮上していき、先生の膝丈くらいの高さでピタリと止まる。
「せ、成功ですの!?」
「エア、すごい!」
私が褒めた瞬間、エアは両手をジタバタ動かし、最終的にフレイム号から落ちてしまった。きれいに着地したので、エアにけがはない。
「くそーーー、いい感じだったのに」
「ふむ、すばらしい飛行だった」
先生はエアを褒めていたものの、先ほどの飛行魔法は百点中十点という残念な評価だった。
「えっ、低っ! 先生の膝くらいの高さまで飛べていたのに!」
「先ほども言っただろうが。大事なのは魔力の制御であると。あのように体の均衡を崩すことすなわち、飛行の魔力に体がついていけてない証拠だ」
魔力で体のバランスを取るのも大事だという。
「あー、たしかに、飛行道具を使って空を飛ぶことだけに気を取られて、フレイム号に乗った自分の体については気にしてなかったな」
「次からは体を支えることも意識して、飛ばしてみるといい」
「先生、ありがとうございました!」
空中落下と評価十点というダブルパンチを受けたエアだったが、果敢に二回目に挑戦していた。先生に見られている状態ではあったものの、すさまじい集中力を見せている。
「――飛び立て、空中飛行!」
呪文を口にした瞬間、フレイム号はゆるやかに上昇していく。
先生の膝の位置くらいでぴったり止まり、飛行状態を維持していた。
エアはどうだ! とばかりに先生を見る。
「ふむ、すばらしい! ただ、着地も大事だ。やってみろ」
「はい」
着地はストーブなどで火力を下げるように、魔力の出力をどんどん絞っていくのだ。
エアとフレイム号は下降していき、無事、着地することができた。
「やった!!」
「ふむ。今回は文句なく、完璧な飛行だっただろう」
エアは嬉しそうな表情を浮かべていたものの、すぐにキリリとした表情へと戻り、深々と頭を下げていた。
先生がいるうちにアリーセも飛行魔法に挑戦したほうがいいのではないか、と視線を向けたものの、首を横に振っていた。
「ご、ごめんなさい。わたくしはまだ、心の準備ができていなくて」
「わかったわ。私が先にするから」
先生に一回見ていてください、とお願いしてから飛行魔法に挑む。
「リチュオルは前回、前々回と紙一枚分しか飛べていなかったな」
「ええ、そうなんです」
「頑張れよ!」
「はい」
ブリザード号に跨がり、集中する。魔力を意識すると、これまでと異なる感覚に気づいた。
魔力の流れが、手に取るようにわかる。
以前、ヴィルが滝の水が滝壺に打ち付けられるイメージだと言っていたが、それに近い大きな魔力を感じた。
その滝の流れを、自分の意思で制御するのだ。
今の私ならば、できるはず。不思議とそんな自信があった。
「――飛び立て、空中飛行!」
呪文を唱えると、一気にふわっと上昇した。
高さは先生の視線くらいだろうか。想像よりずっと高い。
「リチュオル、高いぞ! もっと低く飛べ!」
「はい!」
落ち着いて、高さを調節しよう。
蛇口を閉めるように、どんどん魔力を少なくしていけばいいのだ。
落ち着いて、ゆっくり……大丈夫、できるはず。
望み通り下降していき、先生の膝丈でピタリと止まる。
「おお、いいぞ! リチュオル、その調子だ!」
十秒ほど空中で止まったあと、ゆっくり降り立った。
「――!」
成功して膝の力が抜けたようで、その場に崩れ落ちてしまう。
エアとアリーセが体を支え、立ち上がらせてくれた。
「リチュオル、すばらしい飛行だった。急成長したのだな!」
「は、はあ」
自分でもびっくりするくらい、上手くいった。
ただこれは、私の実力ではない。
魔力の使い方を教えてくれたヴィルの指導もあったし、何より私の属性である雪と相性がいい、ブリザード号があったからだろう。




