スノー・ベリーの樹の実験
ジェムに見送られながら、私とヴィルはスノー・ベリーの樹を目指してでかけた。
リス軍団も列をなして一緒についてくる。
「ああ、そうだ。お弁当だが、とてもおいしかった」
「食べられましたか?」
「おかげさまでな」
本当は迎えにいってすぐにお礼を言うつもりだったらしい。
しかしながら、私がギャアギャア騒ぐので、言い出すタイミングを逃していたようだ。
「ありがとう。久しぶりに、食事を堪能できた」
「お役に立てたのならば、幸いです」
朝食も食べにきたらどうか、と誘ったものの、ヴィルは首を横に振る。
「寮の料理が食べられないのは好き嫌いらしいからな。少しくらいは食べたほうがいいのだろう」
「無理をしなくてもいいのでは?」
「いや、大丈夫だ。どちらにせよ、朝食は普段から紅茶とパンを一つ程度しか食べていなかったから」
なんでも朝が弱く、食欲が湧かないようだ。
「それよりも今はスノー・ベリーだ」
なんでもスノー・ベリーの糖度実験については、ヴィルが学校側に許可を取っているらしい。
さすが、仕事ができる男である。
「その代わり、レポートを提出するように言われたがな」
「抜かりないですね」
森の管轄はホイップ先生にあるという。
樹を凍えさせて実が甘くなるか、というとんでもない実験だが、ヴィルが申請したので許可をだしてくれたのだろう。
「ミシャ、レポートは私が書いておくから、安心するといい」
「いえいえ、私が書きますよ。私がやりたかったことですから」
「レポートなどやっている暇などあるのか? 予習だけでも精一杯だろうに」
ヴィルのほうこそ、レポートなんぞやっている暇などあるのか、と聞きたくなったが――きっと余裕があるので、このように言ってくれるのだろう。
「でしたら、一緒に書きませんか?」
「一緒に、だと?」
思いがけない提案だったのか、ヴィルは目を丸くさせる。
「ええ! 私がレポートをざっくり書きますので、ヴィル先輩は手直しをお願いします」
「完成したら、連名で提出する、というわけか」
「いえいえ! 最終的に確認するのはヴィル先輩ですので、私の名前は不要かと」
ヴィルの隣に名前を並べるなんて、おこがましいにもほどがある。
それに、二人の名前が並んだレポートが学校に長年保管されることを考えると、恐れ多いと思ってしまったのだ。
「しかし、ミシャも書くのだろう?」
「え、ええ」
「ならば、名前を書いておく必要がある」
それが責任だ、と言われると、素直に頷く他ない。
「わかりました。それでは、そのようにしていただけたらな、と思います」
ヴィルは満足げな表情で、こくこくと頷いていた。
そんな話をしながら、スノー・ベリーの樹がある場所を目指す。
ヴァイザー魔法学校は豊かな森に囲まれている。
それは生徒のプライバシーを保護するためだとか、侵入者避けだとか、さまざまな目的があると言われている。
森の中には種類豊富な樹木が植えられていて、スノー・ベリーの樹もその中の一本である。
「こちらです」
「なるほど」
ヴィルは高くそびえるスノー・ベリーの樹に触れ、樹上を眺めている。
「これは――樹齢八十年ほどの健康な樹だな」
「触れただけでそんなことがわかるのですか?」
「鑑定魔法を使って調べただけだ」
「あ、そう、だったのですね」
私の鑑定魔法を使ってスノー・ベリーの樹を調べてみたが、極めて健康、という状態しか見ることができず、樹齢まではわからなかった。
一応、鑑定魔法の成績はいいほうだったのだが、ヴィルは私よりもさらに精度が高いらしい。
ヴィル本人は「私の鑑定魔法など大したものではない」と言っていたのだが……。
「まずは魔力の使い方を習おう。ミシャ、今まで魔力をどうやってイメージし、使っていた?」
「コットンボールから糸を紡ぐような感じです」
「なるほど。そのやり方を使っていたとしたら、魔法が最大限に発揮されないわけだ」
なんでも四大属性を持って生まれる者に比べて、固有属性を持つ者達は魔力を多く持って生まれるらしい。
「固有属性を持つ者は、もっとイメージを大きくしてもいい」
「糸を紡ぐのを早めるような感じですか?」
「いいや、違う。その糸のイメージは捨てろ。もっと規模を大きくするんだ」
「規模を大きく……たとえば、どのようなものを想像すればいいのでしょうか?」
「そうだな」
ヴィルは腕を組み、しばし考えるような仕草を取る。
「滝……滝の水が滝壺に打ち付けられる様子を見たことはあるだろうか?」
「はい」
「それだ」
「え!?」
今まで糸をイメージして魔力を紡ぎ、魔法を使ってきた。
それなのに、いきなり滝をイメージしろだなんて。
「以前、共鳴状態を試したさいの感覚は覚えているか?」
「はい」
肌が粟立ち、背筋がぞくそくするようなあの感覚。
これまで魔法を使ったときには感じなかったものだ。
「その感覚を意識しながら、もう一度、試してみろ」
「雪魔法を、ですか?」
「ああ、そうだ」
私の魔力が暴走しないよう、ヴィルが手を繋いでくれる。
「もしも何かあっても、私がかならず鎮めるから、思いっきりやってみろ」
「はい!」
ヴィルと手を繋いでドキドキしていたが、目を閉じて雑念を追いだすと、驚くほど何も気にならなくなる。
私の中にある魔力に触れてみた。いつも感じるような、微弱なものである。
けれどもヴィルに言われたとおり、滝が滝壺へと打ち付ける様子をイメージさせ、魔力を解放させる。
「――しんしん降る、雪よ!」
呪文を唱える。すると、大きな魔法陣が浮かび上がったかと思えば、大粒の雪が降り始めた。
スノー・ベリーの樹の周囲だけ降らせるつもりが、かなりの広い範囲に雪が降り始めた。
「あ、こ、これは――!?」
「制御していたつもりだったが」
ヴィルが私を抱きしめると、雪魔法の魔法陣は消えてなくなる。
けれども降り始めた雪は止まなかった。
「ど、どうしましょう!?」
「少ししたら止むだろう。それよりも、魔力の使い過ぎで具合が悪くなっていないか?」
「いいえ、ぜんぜん」
「だったらいいのだが」
魔力を使い過ぎると命を蝕むことになるのだ。
そのため、ヴィルは私が魔力を使い過ぎないよう、ストッパーのようなものをかけていたらしい。
「魔力の三分の一以上を使うと、魔法を強制的に止めるようにしていた」
けれどもその魔法は発動されなかったらしい。
今も、空を見上げたら雪が降り続けている。
「いったい、どういうことなんでしょう」
「ミシャは大量の魔力を有していた、というわけだ」
「そ、そんなーー!」
自分のことなのに、まったく気づいていなかったわけである。




